
海外事業の成否を左右する要素の一つが、市場規模をどれだけ正確に把握できているかです。市場を過大に見積もれば投資が裏目に出る恐れがあり、反対に過小に評価すれば成長機会を逃しかねません。こうした判断ミスを防ぐために重要なのは、「市場規模の解像度」を上げることです。本記事では、海外事業における市場分析の基本的な考え方と、その具体的な方法をわかりやすく解説します。
なぜ海外事業では市場規模を見誤りやすいのか
国内市場と比較して海外市場は情報収集の難易度が高く、誤った前提で事業判断をしてしまうケースが少なくありません。その背景には、主に以下のような課題があります。
- デスクリサーチに偏りやすい
- 現地の一次情報を十分に得にくい
- 市場や競合に関する情報が限られる
- 現地特有の文化や価値観への理解が不足しやすい
国内であれば、実際に現地へ足を運び、顧客や競合、店舗の様子などを直接確認することはそれほど難しくありません。しかし海外では、渡航コストや時間の制約、さらには言語の壁などにより、現地の生の情報に触れるハードルが一気に高まります。
その結果、十分な情報を得られずに市場規模を見誤ってしまうのです。こうした認識のズレは、戦略判断の誤りに直結し、事業失敗の確率を高める要因です。
海外事業の成功率を高める「市場規模の解像度」とは
市場規模の解像度とは、市場をどれだけ正確かつ具体的に捉えられているかを示す考え方です。解像度が低い状態とは、市場を大まかにしか把握できていない状態を指し、反対に解像度が高い状態とは、ターゲット市場の実態を明確に捉えられている状態を意味します。
もう少しわかりやすく、EV市場を例にして解説します。
EV市場は世界規模で拡大しており、Fortune Business Insightsの「電気自動車市場分析 2024-2032」によると、2023年の世界の市場規模は5,004億8,000万ドルでした。2032年には、1兆8,910億8,000万ドルに達する見込みです。このようにEV産業は成長領域ですが、世界中に同じようにビジネスチャンスが広がっているわけではありません。
その理由は、EVの普及率は地域ごとに大きく異なるためです。例えば、中国では普及率が48%と約半数に達している一方、日本ではまだ一桁台にとどまっています。さらに新興国の中には、インフラや所得水準の問題から日本以上に普及が進んでいない国も多くあります。
つまり、市場規模の解像度が低いと全体ばかりに目が行き、どの地域にどれだけの需要が存在するのかを判断できません。そこで役立つのは、市場を次の3つのレイヤーで捉える考え方です。
レイヤー① 全体市場
全体市場とは、対象となる商品やサービスの全体の市場規模を指します。先のEV産業を例にすると、世界市場規模がこれにあたります。市場の大きさや成長性を把握する指標として有効です。ただし全体市場は、実際に参入して獲得できる規模と大きくかけ離れています。既存の市場シェアを100%獲得することは、ほとんどの市場において現実的ではないためです。
レイヤー② 狙う市場
狙う市場とは、全体市場の中から自社の事業領域やターゲット顧客に合致する範囲だけを切り出した市場を指します。例えば海外進出の場合、全体市場は「進出先の市場規模」です。そこから自社の商品やサービスに合わせて、「地域・用途・価格帯・顧客属性などの条件で絞り込んだ市場」が狙う市場です。
このレイヤーを明確にすることで、参入する市場の大枠が見えてきます。しかし、狙う市場を根拠に経営判断をしてしまうと、売上予測が楽観的になりやすく、投資回収が困難になる可能性が高まります。そこで重要になるのが、3つ目のレイヤーである実際に取れる市場です。
レイヤー③ 実際に取れる市場
実際に取れる市場は、狙う市場の中でも自社の強みや認知度、競合状況などから現実的に獲得可能な市場規模のことです。この市場規模を把握することで、実態に即した経営判断がしやすくなります。
このように、市場規模を3つのレイヤーで段階的に捉えることで、市場に対する認識のズレを修正できます。
海外市場分析に使える「TAM・SAM・SOM」とは

3つのレイヤーで市場を整理する際に有効なのが、TAM・SAM・SOMのフレームワークです。これは市場規模を段階的に絞り込む考え方で、市場全体のポテンシャルから、実際に獲得可能な市場規模を把握するのに役立ちます。TAM・SAM・SOMの3つの要素は、先に紹介した3つのレイヤーと対応しています。
TAM:全体市場
TAM(Total Addressable Market)とは、自社の商品・サービスが理論上、提供できる最大の市場規模を指します。物理的あるいは地理的な制約や競合状況を考慮せず、全ての潜在顧客にアプローチできた場合の市場規模です。つまり、3つのレイヤーの全体市場に相当します。TAMは市場のポテンシャルを測るために使われることが多く、事業の可能性を知るうえでも役に立ちます。
SAM:狙う市場
SAM(Serviceable Available Market)とは、実際にアプローチできる市場規模のことです。具体的には、自社の製品やサービスで対応できない市場をTAMから引いた残りの市場です。つまり、3つのレイヤーの「狙う市場」に相当します。
SAMは一般的に次のような評価軸で、アプローチ可能な市場を絞り込みます。
- 地理的制約
- 技術的制約
- 法的制約
- 価格帯
SAMは、ターゲット市場やターゲット顧客の選定、中長期計画の立案などに活用されています。
SOM:実際に取れる市場
SOM(Serviceable Obtainable Market)とは、SAMの中でも現実的に獲得可能と見込まれる市場規模のことです。つまり、3つのレイヤーでいう「実際に取れる市場」に該当します。
SOMは、一般的に以下の評価軸で、SAMの市場をさらに絞り込みます。
- 自社の強み
- 自社のリソース
- ブランド認知度
- 販売チャネル
- 競合状況
SOMは、事業の見通しを把握しやすくなることから、事業計画の立案や資金調達などに活用されています。
TAM・SAM・SOMの計算方法と注意点

TAM・SAM・SOMの算出方法は次の2通りです。ここでは、各方法とその注意点について解説します。
トップダウン
トップダウンは、TAMを算出する際によく用いられる計算方法です。具体的には、公的統計や業界レポートなどの公開データから市場規模を取得します。また、個別の市場データが存在しない場合には、より大きな市場規模に想定シェア率を掛け合わせて、おおよそのTAMを推計することも可能です。
トップダウンの注意点は、算出される数値が大まかな概算になりやすい点です。加えて、公開データを使用する際には、その情報が最新のものであるかどうかを確認する必要があります。
ボトムアップ
ボトムアップは、SAMやSOMを算出する際によく用いられる計算方法です。具体的には、「一人の顧客から得られる平均的な収益」と「アプローチ可能な顧客数」を掛け合わせてSAMを算出します。このように、一人の顧客の収益を積み上げて算出するのが特徴です。
この計算方法は、実態に即した市場規模を把握しやすい一方で、ターゲット顧客数を正確に把握するための調査が必要です。
市場規模を3つのレイヤーで捉えることが成功の秘訣
海外事業を成功に導くためには、市場規模を「全体市場・狙う市場・実際に取れる市場」の3つのレイヤーで捉え、段階的に解像度を高めていくことが重要です。TAM・SAM・SOMの考え方を活用すれば、市場のポテンシャルと現実的な売上規模を把握でき、より精度の高い事業判断が可能になります。海外進出を検討する際は、まず市場規模の解像度を上げることから始めましょう。
一方で、SAMやSOMを正確に算出するには、現地に即した市場調査や消費者調査が欠かせません。プルーヴでは、豊富な海外調査で培った経験を基に、実務に生かせる調査や分析を支援しています。「市場規模の解像度」に課題を感じている企業様は、ぜひ一度ご相談ください。
