
WTO(世界貿易機構)の機能不全が指摘されており、日本も以前からWTO改革の必要性を訴えていました。そして、近年ではその機運が一層高まり、その動向に注目が集まっています。本記事ではWTOの概要や抱える問題点、改革案について解説します。
WTOとは
WTOとは、国家間の貿易ルールを取り扱う唯一の国際機関です。本部はスイスのジュネーブにあり、166カ国が加盟しています。役割と歴史は次のとおりです。
役割
WTOの主な役割は次の4つです。
- グローバルな貿易ルールの運用
- 貿易障壁の引き下げ・撤廃
- 加盟国が貿易ルールを守っているかの監視
- 国家間の貿易に関する紛争の解決
つまり、WTOはこうした機能を通じて、加盟国が公平に参加できる「開かれた貿易システム」の構築を目指しています。
歴史
WTOは、1948年に発足したGATT(関税と貿易に関する一般協定)に代わり、1995年に設立されました。GATTは一般協定で、主に物品の貿易のみを対象としていました。一方、WTOは国際機関です。また、サービスや知的財産権、農作物の自由化なども対象に含まれます。つまり、WTOはGATTを発展・拡大させた組織です。
そして、2001年には中国、2012年にはロシアが加盟しました。現在では、166カ国が加盟する世界最大級の国際機関となっています。
WTO改革の動き
WTO改革の必要性は、2018年に日本、カナダ、EUなど13カ国による閣僚会合において示されました。この時点で機能不全に陥る懸念があったためです。
2022年の第12回WTO閣僚会議では、改革に取り組む方針が成果文書に明記されました。さらに、2024年2月のG7貿易相会合では、紛争解決制度改革などに関する共同声明を発表。このような中で開催された2024年の第13回WTO閣僚会議では、漁業補助金や農業ルールの改革が議題となりました。しかし、一部加盟国の反対により合意には至りませんでした。
現在は、2026年3月に開催予定の第14回閣僚会議に向けて、WTO改革の議論が広がっています。
現状のWTOの問題点
WTO改革の動きが活発になっている理由は、深刻な機能不全に陥っているためです。ここでは、WTOが抱えている主な5つの問題点について紹介します。
問題点① WTO紛争案件の増加
WTOの加盟国は166カ国にまで拡大しており、それに伴い紛争案件の数も増加し、内容も複雑化する傾向にあります。
実際、GATT時代の1948年から1994年に扱われた紛争案件は314件で、年平均にすると約6.8件でした。これに対して、WTO発足後の1995年から2021年までには607件の紛争案件が提起されており、年平均で約23.3件でした。
このような紛争の増加には、加盟国の拡大に加え、一部の国の越権行為が要因とされています。
参考:外務省「世界貿易機関(WTO)紛争解決制度とは」
問題点② 上級委員会の機能停止
WTOにおける紛争解決の手続きは、まず当事者の国同士による二国間協議から始まります。それでも解決に至らない場合は、WTOの貿易ルールに基づき、客観的な判断を行う小委員会で審議されます。さらに、小委員会でも紛争が解決しない場合には、上級委員会開催され、最終的な判断が下される仕組みです。
しかし現在、米国は「上級委員会が本来の権限を超えて新たなルールを作っている」として、上級委員の任命を阻止しています。その結果、上級委員の数が不足し、2019年12月以降は上級委員会が開催できない状態です。そのため、多くの紛争案件を解決できず、処理が滞っています。
この状況は、以下の紛争解決件数のグラフからも明らかであり、特に2019年以降WTOの機能不全が深刻化しています。

出典:経済産業省「国際経済紛争解決に向けたWTOの戦略的活用及び2022年版不公正貿易報告書の概要」
問題点③ 途上国への優遇制度
WTOの貿易ルールには、途上国を対象とした優遇制度が設けられています。この優遇措置は「特別かつ異なる待遇(S&DT)」と呼ばれ、農業分野の国内補助金といった例外措置が認められています。
しかし、この制度の問題点は、途上国かどうかの判断が自己申告で行われていることです。
つまり、経済が発展した国や地域でも、途上国として申請すればこれらの優遇制度を受けることができます。中国やインドも途上国として申告しており、経済大国が優遇措置を受けることに対して、国際的な批判が高まっています。
問題点④ 中国の産業補助金
WTOが直面している問題の一つに、大国による越権行為を十分に規制できていないことが挙げられます。その一つが、中国による産業補助金を通じた自国産業の保護政策です。
中国は2018年以降、製造業の強化を目的として、40兆円から140兆円規模の補助金を投入してきたとされています。このような大規模な支援により、安価な中国製品が国際市場に大量に流通し、各国の産業が深刻な打撃を受けている点が問題視されています。
問題点⑤ 米国の関税政策
大国による越権行為は中国だけでなく、米国についても指摘されています。それは相互関税政策です。WTOの貿易ルールでは、一方的に関税を引き上げる行為は規定違反です。さらに、自動車やアルミニウムといった特定産業や製品への追加関税も違反の可能性が指摘されています。
米国の関税政策については、「米国の関税問題の現状とASEAN各国の対応」の記事をご参照ください。
実現が期待されるWTO改革案

日本が推進している主なWTO改革案は以下のとおりです。
- 紛争解決制度の改革
上級委員会の機能停止を受けて、新たな紛争解決の手段として設置されたのが「多国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)」です。これは、上級委員会が正常に機能するまでの暫定的な措置であり、日本も2023年にこの枠組みに参加しました。実際に、MPIAを通じて紛争が解決された例もありますが、参加国が少なく、その効果は限定的です。日本はこの制度を有効な代替手段と位置づけ、さらなる参加国の拡大を目指しています。
- 漁業補助金
SDGs(持続可能な開発目標)では、過剰な漁獲につながる補助金の禁止を掲げています。しかし、WTOではこの分野に関する明確なルールが十分に整備されておらず、改革の主要課題の一つです。日本も、特にシラスウナギの乱獲を抑制する必要性から、漁業補助金に関するルールづくりを重要な課題と捉えています。
- 途上国優遇制度の見直し
日本は自己申告で途上国としての待遇を得られる途上国優遇制度を問題視しています。途上国としての待遇は、「真に必要な国が最小限の分野のみに適用されるべき」というのが先進国の多くの意見です。
WTO改革の動向に注目しよう
日本政府は紛争解決制度の再構築、漁業補助金や途上国優遇制度の見直しなど、WTO改革を推進しています。こうしたWTO改革の実現は、日本企業にビジネスチャンスをもたらします。不当な補助金や不透明な貿易慣行が是正されれば、日本企業が国際市場で公平に競争できるためです。
2026年3月に開催予定の第14回WTO閣僚会議に向けて、各国の交渉が本格化すると見られています。今後のWTO改革の動向に注目しましょう。