コロナ禍で人々の生活が急変する中、旧来型の販売方法からの脱却が待ったなしで求められています。現在、各業界のDXへの取り組みは加速していますが、化粧品業界においても同様です。
化粧品業界では、AIやARなどの領域で企業とのコラボレーションが進み、テクノロジーにより店頭での購買に代わる新たな体験を提供するブランドも出てきています。
Aesop(イソップ)やGuerlain(ゲラン)などの有名ブランドもバーチャルコンサルティングに対応し始め、ロレアルやMAC、エスティ ローダー、ベアミネラルは、オンライン上で自分の画像を使用して商品の色味などを確認できる「バーチャルトライオン」のサービスを提供しています。
このような企業の中には、試みがうまくいき、購買率が40%以上も増加しているケースもあると言われています。
ここでは新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けた化粧品業界各社のデジタル戦略についてご紹介します。
コロナウイルス感染拡大後の世界の化粧品市場
2008年の不況後、化粧品業界は2年ほどで立ち直り、回復力のある業界と見なされていました。18年、英国だけで約3兆7,420億円の消費支出を記録し、その後は順調にゆるやかな伸びを見せていました。
しかし、現在は未曾有の事態に陥っています。20年5月、コンサルティング大手のマッキンゼーが発表したレポートでは、新型コロナウイルスの影響によって20年の世界市場の収益は最大30%にまで落ち込む見込むと予測されました。
全世界の化粧品ショップ約3分の1を占める実店舗が閉鎖に追い込まれ、消費者支出も減少したためです。実店舗での購入体験を重視してきた伝統的な高級ブランドや新鋭ブランドも、オンラインショッピングの潮流に追いつくために、直販サイトに移行しています。
しかし、このような危機に直面している化粧品業界ですが、驚くべきことにその見通しは楽観的に変わってきています。マッキンゼーは20年5月に出したレポートの後に、業界の売上減少の予想値20~30%から15~20%に修正しています。
そのデータによれば、中国での小売の売上は19年を超えるとされており、世界市場においては、21年には19年のレベルに回復すると予測されています。
その理由は、前例のない環境下でデジタルシフトが起きており、この変化の波の中でも消費者は購買意欲を示していることが挙げられます。
コロナ危機を迎えた化粧品業界の壁
https://frontier-eyes.online/newlifestyle_cosmetics/
経済産業省の生産動態統計では、日本国内の化粧品出荷金額は消費税増税直後の2019年10月を境目に、前年同期比減少に転じています。
20年の感染拡大による訪日客の減少が顕著になった3月には、同6.6%減少幅が拡大し、緊急事態宣言発令後の4月は、同25.7%の大幅減少となりました。外出自粛やマスク着用の影響があったため、カテゴリー別ではメイクアップ製品が特に大きな落ち込みを示しました。
激化するオンライン化粧品市場
化粧品は、高価格帯が百貨店などの専門店、低中価格帯がドラッグストアやスーパーで購入されるという特徴があるため、価格帯によって販路が分かれています。化粧品業界各社のECの直販対応は遅れていました。
経済産業省によると、19年のEC化率が、家電では33%、家具では23%となっていますが、化粧品(医薬品含む)のそれは6%と非常に低かったのです。
デジタルにおけるマーケティングでは、デジタルに精通した百貨店のウェブサイトや、マルチブランドの小売業者が先行しています。
これらの企業は、会員にポイント特典や、定期的な割引を提供しているため、消費者が比較したり、幅広いラインナップから選択できるような取り揃えがあります。新規でデジタル市場に参入した各社ブランドの中には、このような価格のプレッシャーに耐えかねてオンラインで値下げする企業が多く現れているようです。
セルフケア製品がメイクアップ用品を上回る
買い物の方法が変化すると同時に、購入される商品にも変化が現れています。着心地の良い衣服が売れるように、感染拡大以降、美容業界でスキンケアやヘルアケア、ボディケアなどの「セルフケア」商品の売上が好調です。
NPDグループによると、米国で化粧をする女性の約7割が、コロナ禍によるライフスタイルの変化で「以前より化粧をしなくなった」と回答しています。
マッキンゼーの概算では、今年の第1四半期の化粧品の売上は、約7割減少しているようです。日常的な必需品に近いスキンケア製品、マスク着用と手指の消毒による肌荒れ予防のスキンケア製品は、緊急事態宣言後も堅調に推移している。今後はスキンケア領域においても、オンラインを利用した販売促進の対策が出されるでしょう。
ライブコマースへの動き
傘下にAR技術開発を持っているModiFace社は、化粧品ブランドのロレアルを有しています。4月、スマホカメラを使用した「AIファンデーションアダプター」と呼ばれるバーチャルメイクアップサービスを実用化しました。
顔をスマホのカメラで360度スキャンし、解析したデータを元にして、AIがその人にとって最適なファンデーションの色をお勧めする仕組みです。
また、ロレアルはビデオ通話や動画プラットフォームのSNAP社を持っており、製品によってメイクを加工するサービスを提供しています。
中国、ECチャネルの力で5月にはコロナ前の水準
中国のオンライン販売の成長率は、日本を大幅に上回っています。着目すべきなのは、売り上げが高いものが高価格帯を含むスキンケアだけに限らず、メイクアップも売れているという事実です。
日本を始めとして、世界各国ではマスク着用によってメイクアップの売上が低迷していますが、中国の取り組みは何が違うのでしょうか。考えられる要因を2つ挙げます。
KOLよりメーカーによる直接の情報提供
従来から、中国の化粧品市場においてはKOL(Key Opinion Leader)と呼ばれるインフルエンサーによるオンライン動画配信が、消費者の購買行動に影響を与えてきました。
多くのメーカーECチャネルでは有力なKOLを用いてライブコマース配信を行って、新製品などの積極的な販促をしていました。しかし、現在KOLの配信よりも、今まで顧客と接触しなかったブランド責任者の需要が増えています。
その理由は顧客が、「インフルエンサーは宣伝が多い。正直な話を聞きたい。」という意見があるようです。そのため、最近ではメーカーによる直接の情報提供や、ブランドマーケティングによるライブコマースが増加しています。
実店舗が休業となる中、美容部員が店舗毎のアカウントでWeChat(微信)を使った双方向のライブ動画を配信したり、gooben(果本)などの現地有力メーカーもデジタルマーケティングを積極的に進めています。
ARメイクアプリ
https://beautytech.jp/n/n276b8434f71c
小売においては、AR導入が進んでいることもメイクアップの売上につながっています。アジア最大の医薬品・美容品の小売店・ワトソンズは、中国エリアにおいて、台湾のパーフェクト社のARメイクアプリ技術を用い、ARスマートミラーを導入ています。このバーチャルメイクサービスによって、100種以上の化粧品を使用した場合のメイクの仕上がりを、瞬時にミラー型モニターに映すことができるようになります。
上記の2点が中国でメイクアップの売上が伸びている要因と言えるでしょう。
日本の化粧品業界のDX動向
2021年4月~9月のコーセーの連結決算は、売上高が前年同期比23.7%減の1302億円となりました。国内のロックダウンの影響だけでなく、多くの顧客を持つ中国市場が低迷してしまったからです。
コーセーは、コロナ禍によって消費の環境変化を踏まえ、リスク回避することなく、積極的な事業の最適化に乗り出しています。
DXを加速するために既存のプラットフォームを生かし、オンラインとオフラインの両軸で顧客体験を追究していく方向です。スタッフによるスキンケアアイテムやメイクの情報発信を始め、ECとも連携を強化しています。
次に、DXの導入を加速させている資生堂を見てみましょう。
資生堂は、新型コロナウイルス発生以前から、ライブストリーミングへの取り組みを強めたことによって、ECや店頭での購入を拡大させていました。資生堂のDXの取り組み開始は競合に先駆けて早く、実は12年に、自社ECサイトを開き、美容情報を発信して新たな顧客層の開拓を目指してきました。しかし、国内約9000人の美容部員の手厚いカウンセリングが購買に着実につながってきたことや、急増した訪日客の対応もあったことから、デジタル化の対応がそれほど緊急ではありませんでした。
そのため、21年にデジタル化の話が持ち上がったもののそれほど進展せず、感染拡大前、資生堂のEC比率は13%程度と,それほど高くありませんでした。
しかし、コロナウイルス感染拡大後、20年12月期は、一転して300億円の最終赤字に転落し、デジタルを活用した事業モデルへ大々的な変換していくことになりました。IoTの広がりとコロナ禍による「新たな生活様式」の中で、新しいニーズが創出されていることに注目し、現在、30〜50のDXのプロジェクトが動いています。
https://www.onecareer.jp/articles/2461
大きく反響があったのは、デパートで接客を受けることのできない方がチャットで相談ができるライブコマースです。2020年7月、三越伊勢丹ECサイト「meeco」と連携した取り組みが始まり、視聴者は40万人を超え、全ブランド合計の売上高は前年比の2倍となりました。
※三越伊勢丹の「ミーコ」と協働した国内ライブコマース
https://www.wwdjapan.com/articles/1100502
店舗に限られていた顧客とのコミュニケーションは、デジタルの活用で地理的な制約は取り払われ、今後9000人の美容部員をこのプラットフォームで活躍させたい方向です。資生堂はすでに中国市場でライブコマースを開始し、ECの売上は好調のようです。
https://oi.nttdata.com/program/forum/history/20201118/pdf/02_SHISEIDO_Digital.pdf
ビッグテックによる化粧品AR参入
YouTube
米Google傘下のYouTubeは、2020年6月、YouTubeクリエイターが紹介するコスメを、動画を見ながら一緒に自分の顔で試すことのできる新機能「AR Beauty Try-On」を発表しました。現在人気コスメブランドのM・A・Cなどが参加しています。
https://vrscout.com/news/youtube-ar-beauty-try-on/
クリエイターが「AR Beauty Try-On」の機能を動画に追加すれば、YouTubeのモバイルアプリで動画を再生している間に、画面下部に前面カメラで写した自分の顔が表示されます。例えば口紅であれば、紹介中の色を選択できるようになっており、選択した色を自分の顔につけることができます。
YouTubeによると、一部のコスメブランドとのテストにおいて、視聴者の30%がこの機能を有効にし、平均80秒以上バーチャルなコスメを体験したようです。動画にオンラインショップへのリンクを付ければ、商品の売上にもつながります。
Amazon
日本のAmazonも、バーチャルでメイクアップアイテムを試せる機能「バーチャルメイク」を導入しています。大手化粧品会社のロレアルグループ傘下であるモディフェイスと協業し、モディフェイスのAI技術とAR技術を活用したサービスです。
https://www.fashionsnap.com/article/2019-06-05/amazon-modiface/
使える画像は自撮り画像だけではなく、サイト側で提供されるモデルの写真も選べ、その場で撮影した画像、動画で効果を試せるライブモードも利用できます。
6月時点で使えるアイテムは、日本ロレアル、資生堂、花王、カネボウ、コーセーなどの計18ブランド、890点以上のリップ商品です。他ジャンルのアイテムはまだありませんが、対象カテゴリーやブランドは今後拡大予定だということです。
日本で先駆けたバーチャルメイクアプリ
日本では「YouCam(ユーカム)メイク」というバーチャルメイクが、他社に先駆けて百貨店などに導入されてきました。ARとAIを使い、「自然な仕上がり」のバーチャルメイクにこだわったサービスで、単なる画像加工ではない使用する人の顔に再現性の高いメイクを施せることです。
YouCamメイクのアプリ版は、2014年8月に開始されて以降、現在のエンドユーザー数は4億以上とされています。
https://bae.dentsutec.co.jp/articles/makeup/
最後に
新型コロナウイルス感染拡大によってDXへの大変革を求められる化粧品業界の動向についてご理解いただけましたでしょうか。サービスをうまくDXに移行できた企業には売上が向上したとの成功事例も多いようです。
DXへの投資は企業にとっての負担になりますが、コロナ禍がまだ長期的に続くと見れば、メリットのある施策となるでしょう。
<参考>
https://wired.jp/2020/12/07/beauty-industry-cosmetics-pandemic/
https://www.onecareer.jp/articles/2461
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000057922.html
https://www.stores.co.jp/articles/8693
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1906/20/news069.html
https://news.livedoor.com/article/detail/16579491/
https://beautytech.jp/n/n276b8434f71c