日本製鉄によるUSスチール買収は成功するか?製鉄産業の現状を解説

鉄鋼業の発展は日本の近代化に大きな役割を果たしました。1990年代半ばまで世界一を誇った鉄の生産量ですが、現在は中国やインドの台頭により世界3位に低迷しています。 

そのようななか日本製鉄がUSスチールの買収を発表し、話題を集めました。本記事では、製鉄産業の動向や日本の三大製鉄メーカーについて紹介します。

日本製鉄がUSスチールの買収を発表 

買収が成功するまでの主なハードルは以下の3つです。 

  • 各国規制当局の承認 
  • USスチールの株主の承認 
  • 労働組合との交渉 

もし買収に成功すれば世界2位の鋼鉄メーカーとなるものの、先行きは不透明な状態です。 

参照:JETRO「日本製鉄、USスチールを買収、鉄鋼の生産規模は世界2位に」 

アメリカ議員が買収に懸念を表明する理由 

一部のアメリカ議員が懸念を表明する主な要因は、鉄が「産業の米」と呼ばれるほど多くの産業において重要な物質のためです。例えば車や家電、建築物、造船、IT製品などに鉄は使われています。身の回りのありとあらゆる産業に使われているといっても過言ではありません。 

現代では半導体が「産業の米」と呼ばれることもありますが、鉄鋼業は現代においても製造業の中枢を担っている産業です。そのため、アメリカの産業基盤や経済安全保障への悪影響を懸念する議員から買収阻止を求める声が上がっているのです。 

また1901年創業のUSスチールは、かつては世界最大の鋼鉄メーカーでした。アメリカの自動車や家電といった産業を支えてきた象徴ともいえます。そのようなアメリカを代表する企業を買収するとなると、労働組合やステークホルダーの反対が予想されます。現に85万人の労働者が加入する全米鉄鋼労働組合(USW)は、買収に反対の立場です。 

日本製鉄がUSスチールの買収を目指す背景 

日本製鉄がUSスチールを買収する背景には、世界の鉄鋼業の動向が影響しています。ここでは、粗鋼生産量トップ3の中国・インド・日本の現状や課題、将来性について紹介します。 

なお3カ国の粗鋼生産量の推移は以下のとおりです。 

出典:日本製鉄「日本鉄鋼業と日本製鉄の概況について」 

1位:中国 

2022年の世界粗鋼生産量は18億7,850万トンでした。そのうち、中国は10億1,300万トンで世界の53%を生産しています。 

中国は国内の鋼材需要の拡大を受けて、これまで生産能力を拡大し続けてきました。しかし、新型コロナの流行や不動産市況の悪化により鋼材需要が縮小しています。そのため、現在の課題は過剰な生産能力により鉄鋼があふれてしまうことです。 

そこで中国は生産能力削減に取り組んでおり、2023年の生産量を10億トン以下に抑制するとみられています。しかし、それでも余った鉄鋼は海外に輸出されるため、国際鉄鋼市場の健全性を失う可能性が指摘されています。 

このことから、アメリカやヨーロッパでは安価な中国の製品で国内の鉄鋼メーカーが打撃を受けないように、中国の鉄鋼に対してセーフガードの発動や反ダンピング関税を設けているのです。 

2位:インド 

インドは人口の増加や都市化、インフラの整備などにより鋼材需要が高まっています。そのため、インド政府は2030年の粗鋼生産能力を3億トンにする目標を掲げています。 

インドの需要の取り込みや世界的なサプライチェーンの構築を目的として、日本企業によるインドへの投資が活発化しているのも注視すべきポイントです。例えば、日本製鉄は2022年にインド合弁会社に1兆円の投資をしています。ほかに、JFEスチールがインドの提携先と合弁会社を設立するなどが挙げられます。 

3位:日本 

日本国内の課題は、人口減少による内需の減少です。 

以下のように、輸出は増えているものの内需の減少分を埋めるほどではありません。 

出典:日本製鉄「日本鉄鋼業と日本製鉄の概況について」 

表からもわかるように、日本の鉄鋼産業は輸出のウェイトが大きくなっています。しかし、中国の安価な製品に押され輸出量を拡大するのも困難な状態です。 

そこで日本企業が成長するために注目されているのは、現地の企業と提携し各国でサプライチェーンを構築する方法です。日本製鉄のインド合弁会社への出資やUSスチールの買収はその一環といえるでしょう。 

日本の強みは高級鋼材 

日本が世界で強みを持ち、中国・インドと差別化を図れる分野に高級鋼材があります。高級鋼材とは、付加価値を加えた鋼材のことで、具体的に特殊鋼や高張力鋼板です。 

高張力鋼板はハイテン材とも呼ばれ、高強度鋼の総称です。例えば、自動車の車体の強度を確保するのに使われています。そのため国内の自動車産業は、日本の製鉄メーカーによる自動車用ハイテン材の開発に支えられてきたといっても過言ではないでしょう。 

特殊鋼とはクロムやニッケルなどを配合し、用途に応じて開発する特殊な鋼材のことです。 

このように、日本の製鉄メーカーは技術力の高さを生かした製品に強みがあります。 

日本の三大製鉄メーカー 

国内の製鉄産業を知るうえで外せないのは、日本の三大製鉄メーカーです。日本の三大製鉄メーカーは、日本製鉄・JFEスチール・KOBELCO 神戸製鋼の3社です。各社の特徴や取り組みについて紹介します。 

日本製鉄 

出典:日本製鉄 

日本製鉄は、日本で最大手の製鉄メーカーです。2022年度の連結売上収益は7兆9,755億円で、製鉄事業の売上高は7兆2,455億円でした。日本国内と世界15カ国以上に製造拠点を持ち、グローバルに展開しています。 

日本製鉄の海外戦略の特徴は、需要地での一貫製造拠点・下工程拠点の拡充を重視している点です。一貫製造拠点とは高炉を持つ製鉄所のことで、高炉一貫製鉄所とも呼ばれます。また鉄鉱石を高温で融解・還元してから固めるまでが「上工程」、最終的な形状や性質を持つ製品にする流れが「下工程」です。 

これらの戦略により、グループ全体で1年間に粗鋼が約1,900万トン、鋼材が約3,700万トンの生産能力を保有しています。 

JFEスチール 

出典:JFEスチール 

JFEスチールは日本を代表する高炉メーカーで、2003年に川崎製鉄と日本鋼管が統合し設立しました。2022年度の売上高は5兆2,687億円でした。グループの海外拠点数は22カ国117拠点、韓国・中国・タイなどを中心に進出しています。 

海外戦略の特徴は、増大する新興国需要を取り込むことを目的に、輸出と現地生産により販路を拡大していることです。以下のように中国やインド、アメリカ以外にも世界中で現地生産・販売拠点を広げています。 

出典:JFEスチール「事業概要」 

KOBELCO 神戸製鋼 

出典:KOBELCO 

KOBELCO 神戸製鋼の特徴は、製鉄事業以外も幅広く事業を展開していることです。具体的には素材部門・機械部門・電力部門を経営の柱としています。三大製鉄メーカーのなかでは、製鉄事業の比率が低い企業といえます。 

2022年度の売上高は2兆4,725億円で、鉄鋼アルミ事業による売上は1兆1,051億円です。つまり鉄鋼事業の比率は約44%となります。同社の強みは鋼材とアルミ板などの異材接合技術を有していることです。 

日本製鉄のUSスチールの買収は実現できるか 

直近の製鉄産業の話題は、日本製鉄によるUSスチールの買収です。買収については、一部のアメリカ議員や全米鉄鋼労働組合から懸念や反対が表明されています。そのため、実現できるかは不透明な状態です。 

もし実現すれば、日本製鉄は世界2位の鉄鋼メーカーに成長できるため、今後の動向に注目してみましょう。 

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