インターネットを使用していると自分の閲覧履歴に関連した広告が表示される、興味のある商品情報が送られてくるなどは今や当たり前となっています。ECサイトの利用、ネットサーフィンといった行為が知らない間に分析されているためです。
日本ではGoogle、Yahooなどの検索ツールやPardot・サトリ・MarketoといったSaaS(Software as a Service。ソフトウェアのクラウドサービス)モデルのデジタルマーケティングツールがネットユーザーの分析を行っていることはよく知られています。
https://marketimes.jp/saas-industry-report/
日本のSaaS市場は13%の年間平均成長率で成長しており、2024年には市場規模約1兆1200億円へ拡大する見通しです。
世界各地でもSaaSへの関心は高く、市場規模は拡大しています。
ではお隣の中国ではデジタルマーケティングにどのようなツールが採用されているのでしょうか。
日本との違いはどういったところでしょうか。知っておいて役立つ情報をまとめました。
中国のネット環境
グレートファイアーウォール(防火長城)
中国のインターネット事情は特殊です。中国ではグレートファイアウォールと呼ばれる国家レベルのファイアーウォールでネット検閲システムが設置されており、FacebookやTwitter、インスタグラム、LINE、Youtubeなど海外のサイトへのアクセスが遮断されています。
このグレートファイアウォールによって、中国式SNSが独自に発展し日常生活でもビジネスでも現代中国人にとって欠かせないものとなりました。
月間アクティブユーザー数約12億人を持つWeChat、同約5億2000万人のWeiboなどのツールが中国デジタルマーケティングでも主流となっています。
SNSがマーケティングの主流
中国では日本や欧米ほどテレビを見る文化が発達しておらず、テレビでの広告効果は限定的なため、消費者はSNSでトレンド情報を入手し、ECサイト、KOL(Key Opinion Leader)のライブコマースなどから直接購入するパターンが多いとされています。
コミュニケーションツールとしてスタートしたテンセントが運営するWeChat。
「WeChatPay」と呼ばれる電子決済機能を有し、買い物の決済や公共料金の支払いにも利用され、2016年からスタートしたWeChat内で起動が可能な「小程序(ミニプログラム)」の利用者も増えています。
モーメンツ広告
本ツールへの広告は主に3種類あります。まずは「朋友圏広告(モーメンツ広告)」と呼ばれる機能です。
LINEのタイムラインに相当する、ユーザーの「朋友圏(モーメンツ)」上に「友人の投稿」と同様の形で広告を掲載できます。
モーメンツ広告の一例
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1686470107222904992&wfr=spider&for=pc
公式アカウント広告
「公众号广告(公式アカウント広告)」は、公式アカウント(予め広告の表示に同意し、50,000人以上の読者を持つ購読アカウントが投稿した記事のこと)の下部にバナー、テキストなどの形式で表示される広告を指します。
公式アカウント投稿記事と関連するPR広告の例
https://zhuanlan.zhihu.com/p/142176313
公式アカウントが投稿した記事に関連する業界のPR、アプリ広告、クーポン広告、キャンペーン広告など広告の種類は複数存在します。公式アカウントは広告表示に同意することで広告収入を得ているのです。
PR広告の例
https://zhuanlan.zhihu.com/p/142176313
ミニプログラム広告
WeChatの中で起動する「小程序(ミニプログラム)」内に投稿される広告のことです。このミニプログラム、要は「アプリの中のアプリ」です。以下は中国のECプラットフォーム「拼多多(ピンドウドウ)」のミニプログラムの画面です。
商品の閲覧、購入までをミニプログラム内で完結でき別アプリのインストールが不要となります。
ピンドウドウミニプログラムの画面(筆者スクリーンショット)
バナー広告、インセンティブ広告(動画再生)、ポップアップ表示広告などの方式で広告が展開されます。
ミニプログラム内で登場した広告例(筆者スクリーンショット)
Weibo(ウェイボー)
新浪微博(シンランウェイボー)が運営する中国最大のソーシャルメディアプラットフォームで「中国版twitter」と呼ばれるWeibo(ウェイボー)。日本ではZ-ホールディングス株式会社が運営しています。
8億人のユーザー数、1日あたりのアクティブユーザー数(DAU)2億300万人、1日あたりの投稿数1億3000万件、企業公式アカウント数140万件など、非常に大きな市場規模を有しています。
画像:微博日本公式サイトより
140文字の字数制限、リツイート機能、企業や著名人の公式アカウント(公式アカウントマークがつきます)と一般アカウント(微博会員マークがつきます)があることなど、twitterとの類似点もあります。
ユニクロのウェイボー公式ページ(水色Vマークが公式アカウントマーク)
操作が容易で、140文字という字数制限からブログなどよりも作成にかける時間が短時間で済むことや、ユーザーがすぐに反応できることから双方向型のコミュニケーションができること、低コスト、ターゲット性に優れるなどの強みがあります。
近年、越境ECやインバウンドプロモーションの広報戦略としてウェイボーを利用する日本企業は増加傾向にあります。公式アカウントでは一般アカウントでは利用できないアカウントページのカスタマイズ、ウェイボー抽選キャンペーンプロモーション、決済機能を利用したEコマース展開、各種広告配信サービス利用などが可能となります。
また、別途費用が必要ですが公式アカウントの詳細分析機能もあり、「閲覧者数」「フォロワー分析」「投稿分析」「競合アカウント分析」などのサービスを提供しています。このほか、クライアントの予算、ニーズに沿ってKOLを選定し提案するサービスも行っています。
画像:微博日本公式サイトより
存在感を見せ始めたSaaSサービス
主にSNSを用いてマーケティングを展開する中国ではソフトウェアにお金を払うという感覚が希薄で、消費者も買い物は口コミやKOLのライブ配信から購入することが一般的だったため、SaaS業界の成長率は低空飛行状態でした。
https://www.yixieshi.com/146146.html
2018年に中国工業情報化部が「企業のクラウド利用の推進に関するガイドライン(2018~2020年)」(中国語名「推动企业上云实施指南(2018-2020年)」などクラウド利用促進策を打ち出し、SaaSサービスへの需要が喚起され始め、前年比成長率47.9%と高くなります。
2020年は新型コロナウイルスの影響で「人との接触を減らしていかに事業を拡大させていくか」が多くの企業にとって課題となりました。SaaSサービスを導入して効率のいい事業運営を模索した企業が増え、前年比成長率47.3%と高い水準を保持しています。
https://www.yixieshi.com/146146.html
SCRM
中国国内で成長著しいSaaSサービスはモバイルEC事業者向けのSCRM(ソーシャル顧客管理システム)と呼ばれるサービスです。「ソーシャルメディアを用いた顧客管理でエンゲージメント構築を促進する活動」を指します。
中国の小売はモバイルEC、SNSを軸に急激に成長したことから、これらのプラットフォーム上での消費者の購買行動を分析し、潜在顧客の発掘やキャンペーンの提案等を行うサービスが増えました。具体的な事業者を見ていきましょう。
致趣百川
SCRMの代表格ともされる致趣百川(BesChannels)。企業の公式サイト、WeChat、イベント、コンテンツ、郵便などオン・オフラインを合わせたあらゆる場面で新規顧客の獲得、PR、トラッキングのためのツールや戦略をユーザーに提供します。
BesChannels公式サイトより
同社サイト(中国語)に掲載の案件例を紹介します。米業務用清掃機メーカーの中国法人に対し支援を実施。この会社では商品の種類が多岐にわたり、営業は外出先でiPadを持ちながらWi-Fiを利用し社員専用サイトにある商品情報を顧客に見せ紹介していました。
https://www.scrmtech.com/album/view/cat_30/362.html
そこでBesChannelsのマーケティングオートメーションシステムを利用します。WeChat内に社員のみが閲覧可能なコンテンツセンターを立ち上げ、スマートフォンからどんな商品内容でもいつでも入手でき、必要に応じて顧客に送信できるようになりました。
さらに、これまでサーチエンジンで顧客を開拓し、イベントなどのオフライン活動で顧客を獲得していましたがコロナ禍を機に顧客獲得方法を見直します。TikTokでライブ配信を行い、配信当日にBesChannelsの同システムによりファン、会員へ招待状を送信しました。
業務用清掃機は高額なため、TikTokで興味を持った顧客は直接ホットラインへ電話し営業と直接話し購入する方式を取り、コンバージョン率向上に寄与しています。
同社はマイクロソフト、Lenovo、ユニリーバなど世界的に著名な企業にサービスを提供した実績を持ち、今後の中国のSaaSをけん引すると期待されています。
JINGdigital
2014年に設立したJINGdigitalという会社は、WeChat内のエコシステム(経済圏)を基に潜在顧客の獲得、コンバージョン率の向上、顧客分析などを行うサービスです。
同社公式サイト
2020年のマーケティングテクノロジーツールカンファレンス「MatTech」で毎年公表されるテクノロジーツールの「カオスマップ」に登場し中国でも話題なりました。
https://chiefmartec.com/2020/04/marketing-technology-landscape-2020-martech-5000/
さまざまなチャネルを通じてブランドのWeChatフォロワーとなった顧客とチャットボットを介した自動会話による会員登録への誘導、行動分析、顧客イメージの構築を通じて、潜在顧客からリピーターになる過程の一つ一つでアプローチ方法を提案してくれます。
チャットボットを通じた会話例
https://www.jingdigital.com/articles/5957/
例えばフランスのあるブランドはWeChatのフォロワーと同社のサービスである自動会話を通じて、2週間で会員登録者数を約40%増やしました。同社サイトによると、国内外のハイブランド、小売り、教育サービスなど200社にサービスを提供しています。
主要検索サイト百度について
GoogleやYahooなどが規制されている中国では自国の検索エンジンの利用が一般的です。中でも百度(Baidu)は中国最大規模の検索エンジンで、国内シェア率は70%を超えます。
日本でデジタルマーケティングツールとして広く利用されているのはGoogle Analyticsなどですが、中国ではバイドゥ指数を用いたマーケティングがよく知られています。
バイドゥ指数
例えば「乾燥機(干燥机)」というキーワードを元にどのくらい検索されているかを見ると、下図のように日付ごとに検索ボリュームの推移を見ることができます。推移は週、月、年といった単位で見ることも可能です。
関連キーワード、ニーズ
次に、「乾燥機」の関連キーワードとそのニーズを検索すると「烘干机(乾燥機)」「干燥机设备(乾燥機設備)」「空气干燥机(空気乾燥機)」などが出てきます。オレンジ色は検索傾向が強く、緑は同傾向が弱まっていることを示します。
こちらは2017年9月時点での検索画面なので直近での検索件数は「烘干机(乾燥機)」が最も多かったことがわかります。サイト運営者は文章構成の際にこれらの情報からSEO対策の検討が可能です。
また、2種類のワードの同時検索もできます。以下は「ofo」「摩拜单车(モバイク)」のトレンドを月ごとに検索した画像です。水色がofo、緑がモバイクですが、モバイクの検索ボリュームが大きいことがわかります。
メディア指数
バイドゥ新聞(ニュース)の中での注目度合いを示すデータが以下です。各メディア記事で「ofo」「モバイク」というワードがどの程度触れられたかを示します。こちらはバイドゥ指数との直接の関連はないようなので、PRの際の参考数値ということになります。
地域別分布
以下は「日本留学」というワードが検索された地域分布を示した図です。山東省が最も多く、次いで河北省、江蘇省と続きます。
この他にも検索者の男女比率、年齢などを分析することが可能です。
これだけの内容でも、充実した分析内容を提供してくれるツールであることがうかがえます。ただ、アカウントを登録しないと使えないというところがデメリットとして挙げられます。
原則、バイドゥ指数の利用にはバイドゥアカウントが必要ですが現在(2020年12月末)中国の電話番号以外は登録ができない仕様になっており、注意が必要です。
最後に
いかがでしたか?中国でビジネスを展開する際はネット規制やSNSの活用術など、事前に押さえておくべき点が多数あります。少しでも今後のビジネス展開の参考になれば幸いです。
<参考URL>
https://zhuanlan.zhihu.com/p/83354173
https://www.chinaz.com/2020/0426/1130275.shtml
https://www.atglobal.co.jp/strate/12380#weibo
https://thinkcontent.jp/top-martech-trends-2021
https://www.digima-japan.com/knowhow/china/16105.php
https://marketing.itmedia.co.jp/mm/articles/1710/05/news020.html
https://liskul.com/china-marketing-30783
https://honichi.com/news/2020/05/19/wechatdata/
https://www.bloomstreet.jp/digital-marketing-service-for-china/
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/96f348313f1acdad.html
https://www.cbn.co.jp/archives/4552
https://honichi.com/news/2020/04/16/yamayatakeshi/
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1671653437663935197&wfr=spider&for=pc
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1686470107222904992&wfr=spider&for=pc
http://china-marketing.jp/article/detail23/
https://zhuanlan.zhihu.com/p/142176313
https://www.jingdigital.com/articles/9046/
https://note.com/toshi757/n/n1a17e6fd8d3d
https://adv.asahi.com/keyword/11053408.html
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1686584632958850680&wfr=spider&for=pc
http://news.iresearch.cn/yx/2020/11/347482.shtml
https://honichi.com/news/2020/08/25/wechatadvertisement/
https://marketimes.jp/saas-industry-report/