ドイツでは、企業活動における人権及び環境リスクの対策として、サプライチェーン・デューディリジェンス法が施行されました。
該当企業のサプライチェーン全体に適用されるため、ドイツで直接ビジネスを展開していない企業も押さえておくべき法律といえます。
本記事ではドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法の内容や対象企業、罰則などを徹底解説します。
ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法とは?
ドイツで2023年1月1日に、サプライチェーン・デューディリジェンス法が施行されました。
同法は、ドイツを拠点とする一定規模以上の企業に対し、国内外の調達先・自社・取引先を含めたサプライチェーンにおいて、人権及び環境問題に関するデューディリジェンス実施を義務づける法律です。
デューディリジェンス(注意義務)とは、人権や環境汚染のリスクを特定し、それらに対する予防策や是正策を講じることを意味します。
背景
2011年に、国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認されました。2016年、原則に基づきドイツの連邦政府は、人権に関するリスクの最小化を目的とした「ビジネスと人権に関する国別行動計画」を策定します。
ドイツの国別行動計画では、企業が負うべきデューディリジェンスとして以下の5つの要素を定めています。
- 人権尊重の原則の方針書決定
- 人権に対する悪影響が存在する場合の調査手続きの導入
- 人権に対する悪影響の可能性を除去する措置とその効果の検証実施
- 報告書作成
- 苦情処理のメカニズムの導入
また国別行動計画の目標は、2020年末までにドイツに拠点を置く従業員数500人以上の企業のうち、50%以上が自主的にデューディリジェンスを導入することでした。
しかし、その後の連邦政府の調査によると、人権デューディリジェンスを自主的に実施していた企業は13~17%で、自主的な対応では不十分と判断されます。
そこでドイツは、サプライチェーン・デューディリジェンス法による法的規制の導入に踏み切ったのです。
サプライチェーン・デューディリジェンス法の対象企業
ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法の対象企業は、以下の2つの条件を満たす企業です。
条件① ドイツ国内に本店、主たる事務所、管理本部、登記上の事務所を置く企業
条件② ドイツ国内に3,000人以上の従業員を雇用している企業
従業員には、株式会社法のグループ会社の従業員や派遣期間が6カ月を超える派遣労働者、国外に派遣されている従業員を含みます。
なお2024年1月1日から従業員数が3,000人から1,000人に変更されます。
対象となる日本企業
ここで気になるのは日本企業の場合は、どのような企業が同法の対象になるのかでしょう。ドイツに管理機能を持つ支店があるなど、同法の条件を満たす場合はもちろん規制の対象です。
直接同法が適用されない企業であっても、取引企業やサプライチェーンの上流の企業が対象となる場合は、間接的に影響を受けることもあります。また取引先が適用企業の場合は、同法で定められている義務と同様の対応が求められます。
そのため、ドイツに支店がない日本企業でも、関係する可能性があるので該当企業と取引がないか確認が必要です。
人権及び環境のリスクの定義
サプライチェーン・デューディリジェンス法では、人権と環境のリスクが定義されています。もし下記のリスクのうちいずれかが発生した場合は、リスクの阻止のために是正措置を講じる必要があります。
・人権のリスク
人権のリスクの禁止事項は、児童労働、強制労働、団結権の侵害、労働条件の保護違反、労働安全衛生義務の不履行、土地の権利侵害などです。
・環境のリスク
環境のリスクは「水銀に関する水俣条約」や「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」に含まれる義務違反です。
※「水銀に関する水俣条約」とは、水銀の採掘から流通、廃棄に至るまでの適正な管理と排出削減を定めた条約
※「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」とは、有害性・難分解性・生物蓄積性・長距離移動性を持つ物質に対し、製造・使用の禁止や制限、削減などを定めた条約
デューディリジェンスの義務
対象企業はサプライチェーンにおいて、定められた人権及び環境関連のデューディリジェンス義務に十分な注意を払う必要があります。デューディリジェンスの義務は以下のとおりです。
1. リスク管理体制の構築
2. 企業内における監督責任者の選定
3. 定期的なリスク分析の実施
4. 方針書の公表
5. 自社事業領域及び直接供給者に対する予防措置の定着
6. 是正措置の実行
7. 苦情処理手続の構築
8. 間接供給者におけるリスクに関するデューディリジェンス義務の実施
9. 文書化及び報告
また文書化した資料は7年間保存する必要があります。同時に、会計年度終了後の4カ月以内にWebサイトで公開し、7年間無料で見られる状態にしなければなりません。
サプライチェーン・デューディリジェンス法の罰則
デューディリジェンスの義務に違反した場合、原則として最大80万ユーロ(日本円にして1億2,640万円※1ユーロ158円)の罰金が科されます。ただし平均年間売上高が4億ユーロ以上の企業の場合は、平均年間売上高の最大2%の過料が科されます。
加えて、17.5万ユーロ以上の過料が科された場合、当該企業は3年間、公共調達に参加できません。
なお連邦政府の法案改正により、同法の義務違反があった場合でも、企業は民法上の責任を問われないことが明確になっています。
EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案
ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法の考え方は、EUにも拡大し、2022年には欧州委員会で企業持続可能性デューディリジェンス指令案が採択されました。
世界的な流れを把握するために、ここではEUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案を紹介します。
同法案の対象は以下のとおりです。
●EU域内で設立された企業
・全世界での年間純売上高が1億5,000万ユーロより多く、年間平均従業員数が500人超の企業
・全世界で年間純売上高が4,000万ユーロを超え、かつ人権・環境の観点からハイリスクと指定された分野の売上高が50%以上を占め、年間平均従業員数が250人超の企業
●EU内で活動し、EU域外で設立された企業
・全世界での年間純売上高が1億5,000万ユーロより多い企業
・全世界で年間純売上高が4,000万ユーロを超え、かつ人権・環境の観点からハイリスクと指定された分野の売上高が50%以上を占める企業
つまり、EU域内の企業は従業員数の要件がありますが、EU域外の企業は従業員数の要件はありません。欧州委員会によると対象企業はEU域内企業で約1万3,000社、域外企業は約4,000社となる見込みです。
早ければ2023年末に、欧州委員会・欧州議会・欧州理事会の三者協議を経て、最終合意が形成されればEU指令として採択される可能性があります。
しかし、企業活動に与える影響が大きいとして、産業界からは懸念の声が上がるなど、本指令案の審議の動向が注目されています。
まとめ
ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法は、対象企業だけではなく、サプライチェーン全体に人権や環境リスクへの対応を求めている点が特徴といえます。日本企業においてもサプライチェーンの上流の企業が該当企業であれば、影響は避けられないでしょう。同法を把握したうえで、対策を講じる必要があります。