化学業界の製品と聞いて、どのような商品を思い浮かべるでしょうか。
私達の生活で身近な化学製品と言えば、「最終製品」と呼ばれる消費者が直接手に取る洗剤や化粧品が挙げられます。
しかし、化学メーカーで生産している製品は、最終製品ではなく「中間材料」が多いことはあまり知られていません。
ここでは、あまり知る機会のない化学業界のビジネスモデル、主な化学品メーカー企業、今後の化学業界のビジネスチャンスについてご紹介します。
日本における化学メーカーとは
化学業界は、川上・川中・川下にそれぞれ役割が分けられており、ビジネスモデルが大きく異なります。
https://www.bk.mufg.jp/report/indlook2016/Global_Sector_Strategic_Analysis_Chemical.pdf
川上
原油や天然ガスを精製。エチレン・ナフサ・ベンゼンなどの基礎製品を生み出す
※川上を担う企業は川中と川下を一貫して行う総合化学メーカーがほとんどです。
例:三菱ケミカルホールディングス、三井化学、住友化学、旭化成など
川中
基礎製品を原料とし、ポリエチレンやポリスチレンなどのプラスチック、合成ゴムや合成繊維などの中間製品などを作ります。これらは「誘導品」とも呼ばれています。
例:化学繊維メーカーの東レや帝人、合成ゴムを主力とするJSR、半導体に使われるシリコンウェハーなどを生産している信越化学工業など
川下
中間製品から最終製品を生み出します。化粧品やトイレタリー、ガラス、電子部品、自動車タイヤ、写真用フィルムなど幅広い分野のメーカー
例:花王、ライオン、P&G、ユニ・チャーム、資生堂など
総合化学メーカー一覧
三菱ケミカルHD
基礎化学品、機能商品、電子材料、医薬品等幅広い製品を手掛けて、バランス良く収益を上げている企業です。
特筆すべき製品はお店の看板や水族館の水槽に用いられるアクリル樹脂に欠かせない「MMAモノマー」。
世界シェアの40%を占めています。
住友化学
海外売上高比率が60%前後。海外における比率が高い点が特徴です(三菱ケミカル、三井化学は約40%強)
スマートフォンの部品などを手掛ける情報電子化学事業、農薬や飼料を手掛ける農業関連事業が他社にない強みです。
積極的に海外投資をしており、今後十分に回収できるかどうかが焦点となっています。
三井化学は染料などの原料となるフェノールや薬などの原料となるアセトンなどの原材料を扱う基盤素材が売上の約半分を占めています。
特に、農薬などを扱う健康・農業関連事業は国内1位。農業事業の更なる拡大を図るために、発展途上国を始めとした穀物需要増加に対応していきます。
富士フイルムHD
写真・映像関連製品の製造で名の通った精密化学メーカーで、傘下に富士フイルム、富士ゼロックス等を持っています。
以前の主力である写真・映像関連製品は、デジタル化に直面し、縮小傾向になっています。
近年は、これらの事業で培った技術を活かして高機能材料やヘルスケア事業に注力しています。
旭化成
伝統的な化学工業製品だけでなく、電子材料等、住宅、医薬品などの幅広い事業を抱えています。
「サランラップ」などの日用品や、住宅事業の「へーベルハウス」は、誰もが一度は耳にしたことのあるでしょう。
このような最終製品も数多く手掛けています。
三井化学
汎用性の高い石油化学製品の比率が高い三井化学は、ヘルスケア事業、モビリティ事業、フード・パッケージ事業、基盤素材事業も展開しています。
特筆すべきなのは、メガネレンズ事業。プラスチックレンズとして世界で最高レベルの屈折率を実現し、現在国内外の高屈折率レンズ材料シェアを圧倒的に占めています。
化学業界の動向
化学製品の2014年におけるグローバル市場の規模は、約5兆4000億ドル(約570兆円)でした。
同年のデータでは、米国は世界の化学品市場の17%を占め、売上高にして7560億ドル(約81兆円)となっています。
出典: 三菱UFJ銀行「グローバルにおける化学市場の見通し」
経済産業省の産業別統計表によると、日本の2017年度における化学業界の市場規模は約28.7兆円でした。
化学業界の過去の推移を見ると、2007年から09年にかけて減少となっています。
09年から12年までは横ばいで推移し、13年以降は増加に転化。07年まで化学業界の好調を牽引してきたのは、中国などのアジア市場における需要拡大の影響によるものです。
このことにより、化学大手5社は08年3月決算において、過去最高の売上高を記録し、業界規模も順調に拡大してきました。
世界市場で戦う日本の化学メーカーでは、下記のランキングに三菱ケミカルHD、三井化学、住友化学が入っています。
https://www.sbbit.jp/article/cont1/30165#&gid=null&pid=1
原油価格との関係
原油価格は化学業界企業にどのように影響するか
2019年9月、サウジアラビア東部のアブカイクとフライスにあるサウジアラムコの石油生産プラントを標的とされたドローン攻撃の際、原油価格に影響がありました。世界の石油生産量の約5%が減少し、日本の多くの化学メーカーが減益を強いられました。
化学メーカーの売上や利益は、原油価格に大きく左右されるため、化学メーカーのビジネスにおいて最重要な要素です。下記の「原油価格と為替レートが製造業の生産者価格に及ぼす影響」の表をご覧ください。
原油価格がが50%下落し、為替が円安へ 20%推移した場合、製造業 55部門のうち 41部門で生産者価格が上昇。14部門で生産者価格が下落する結果になっています。
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je15/pdf/p01022_2.pdf
新型コロナウイルス感染拡大で下落した原油価格
新型コロナウイルスの感染拡大も原油価格に影響を及ぼしています。世界中に拡大する中、石油化学品市場の先行きは見極めが難しいと言われています。
石油需要後退観測だけではありません。
石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国による「減産協議」が合意に至らなかったことも影響し、原油市況が大幅に下落し、サウジアラビアが販売価格を引き下げました。
このことで原油の下げ幅が一時30%にも上りましたが、これは1991年以来の最大下げ幅でした。
化学業界の主な商材
化学業界の主な商材は下記の2つに分けられます。
①基礎化学品
加工度と付加価値が低い。少品種大量生産を特徴とする。
②機能化学品
加工度と付加価値が高い。多品種少量生産を特徴とする。
https://www.jmac.co.jp/consulting/industry/material.html
次にそれぞれを詳しく説明します。
基礎化学品
石油、鉱石、工業塩などの天然資源に対して簡単な化学反応を加えて製品を製造しています。
基礎化学品には、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの合成樹脂、酸素や窒素などの産業ガスが含まれ、加工プロセスが比較的単純です。そのため、各企業の製品の品質に大きな差は生まれにくく、企業間の価格競争が激しい傾向にあります。
各社とも原料のコスト削減や製造効率の向上に取り組んではいるものの、収益を生みにくい事業になっているのが実情です。
このような厳しい価格競争の中で、国内のエチレンプラントは停止が相次ぎ、生産能力を段階的に軽減されています。
その代わりに、自らの技術的優位を活かして、各社の得意とする分野の「機能化学品」へ移行する流れが生まれています。
機能性材料
光学材料、磁性材料、触媒、粒子、導電・絶縁材料、伝熱・遮熱材料、繊維、シート、膜、フィルムなどが機能性材料です。機能性化学品は先に述べた基礎化学品と比べてマーケットの伸びが期待されています。
リチウムイオン電池や液晶ディスプレイの素材に用いられる電子材料では、日本の化学メーカーは高いシェアを占めています。
世界における化学品市場規模全体に占める機能性化学品のシェアは、2014 年時点で約12%でした。
汎用化学品市場が原油価格の高騰により膨らんでいることや、新興国における機能性化学品の普及が初期段階であることを見れば、既に一定の存在感を示しています。
2018年のNEDO技術戦略研究センターの調査では、2015年における世界市場規模は169兆円でした。
https://www.nedo.go.jp/content/100888375.pdf
日本の化学業界の今後のビジネスチャンス
新型コロナウイルスの感染拡大によって、自動車業界は3〜5月において、世界各地で工場の操業が停止しました。生産自体は順次再開したものの、外出制限や景気悪化によって新車販売は大きく落ち込んでいます。
市場調査会社IHSマークイットの予測によると、2020年の世界新車販売は昨年比で2割減るとされており、今後収束に時間がかかれば需要減少が避けられない状況です。
しかし、コロナ渦が収束していけば、一気にその需要が高まるのではないかとの期待も十分にあります。そしてEVの時代は目の前に来ています。
日本が世界市場でシェア拡大が期待されている2つの商材を見てみましょう。
EV車の高機能素材・材料
https://toyokeizai.net/articles/-/359003
化学メーカーは自動車関連分野に力を入れてきましたが、そこには生き残りをかけた差別化戦略がありました。化学・繊維は中国が勢いを増し、アジア勢の台頭が著しい中、価格だけで勝負が決まる傾向が主流となっていました。
太刀打ちできない日本企業は、「脱汎用」を目指し、品質で勝負できる高機能素材・材料へ移行してきました。そのうちの1つが自動車用途です。なぜ日本の化学メーカーは差別化に自信を持っているのでしょうか。
理由は主に下記の2つが挙げられます。
- 自動車用途の素材や材料は高い品質と信頼性が要求される
→中国企業より品質を保ってきた日本企業の強みが発揮しやすい - 素材転換の追い風。
環境規制が進み、自動車業界は燃費改善に向けて車体軽量化やHV・EVを強化。
軽量素材や車載電池材料だけでなく、安全性や快適性などに寄与する商材の需要拡大が確実となっている。
日系自動車業界だけでなく欧米の自動車産業との取引拡大も期待できる。
リチウムイオン電池
https://www.sankei.com/life/photos/191009/lif1910090041-p2.html
日本の化学メーカーは、リチウムイオン二次電池の主要4部材と言われる正極材、負極材、セパレーター(絶縁材)、電解液において世界でプレゼンスを示しています。
中でもセパレーターは中国が追い上げていますが、旭化成や東レなど日本企業が過半のシェアを握っています。
技術的にも優位性を保っているため今後も世界のシェア獲得に期待がかかっています。
化学業界の歴史と環境への意識
化学業界と環境問題の経てきた歴史は長く、化学メーカーは「企業のあり方」について常に直面してきました。環境問題という視点で、これまでどのような歩みがあったのかを見てみましょう。
戦後
第 2 次世界大戦により一時衰退を余儀なくされましたが、戦後、窮乏する国民の復興を支えたのは化学肥料工業と合成繊維工業でした。
1950 年代からの行政主導
石油化学の導入を経て、日本の化学業界は本格的な勃興期を迎えます。各地に大規模な石油化学コンビナートが設立されました。日本全体の工業の発展と高度経済成長と国民の生活の幅な向上を支えました。
発展の弊害「公害」「環境汚染」
一方で、急激な発展のひずみが公害問題や環境汚染に発展。1950 年代後半から1970年代において、化学産業からの排水や排ガスを原因とする四大公害病が発生。石油化学コンビナートにおけるプロセス事故、原油等の流出による海洋汚染なども続発し、化学業界に対する視線は厳しいものとなりました。
1970 年代前半の 2 度のオイルショック
原料・エネルギーコストの大幅な上昇に見舞われます。元々資源を持たない日本の化学メーカーは存亡の危機という局面に立たされます。
その後も化学業界にとって厳しい状況がしばらく続きましたが、各企業は耐え抜くために製造技術の向上によるコストダウンや、環境に配慮するための排水・排ガス処理技術の向上を図ってきました。
近年、SDGsやESG(環境や社会対して積極的な取り組みをする企業へ投資すること)が強く叫ばれるようになり、今後さらに環境対応が加速していくでしょう。
次に、化学メーカーとしてこれらに真摯に向き合うことで評価されている住友化学の取り組みをご紹介します。
環境問題への取り組み
住友化学の環境への対応は、その他多くの日本企業の中でも高く評価されています。
https://www.nikkei-r.co.jp/column/id=7352
具体的にどのような取り組みをしてるか、簡単にご紹介します。
SBT(Science Based Targets)
2015年のパリ協定で「地球の平均気温上昇を2℃未満にする」という目標に対して、グループのGHG排出量を2030年までに30%、2050年度までに57%以上を削減することを定めています。
https://www.sumitomo-chem.co.jp/ir/library/annual_report/files/docs/scr2019_10.pdf
リサイクル
化学反応で廃棄物を基礎原料に戻し、エネルギーを使用せずに触媒技術でリサイクルを可能にする「ケミカルリサイクル」を重要視しています。
このことを推進することで、石油資源の使用量と廃プラスチック排出量を削減することが可能です。
■最後に
日本の化学業界がどのようなことを行っているか、具体的にイメージしていただけましたでしょうか。
今後の化学メーカーの新しいビジネスチャンスとして、「バイオ事業」も注目されています。
付加価値の高い製品の比率を高めるためにサントリーやアサヒグループホールディングスもこの領域に乗り出しています
また、斬新な技術を持つベンチャー企業と連携するケースも増えているようです。
関連コンテンツ
化学業界のこれからの付加価値を付与する取り組みについてプルーヴ社でまとめたホワイトペーパーです。ご関心ある方はぜひダウンロードください。
<参考>
https://japan.zdnet.com/pickup/sfdc_201808/35124556/
https://net.keizaikai.co.jp/archives/35705
https://www.rim-intelligence.co.jp/news/asian-viewpoints/1536693.html
https://diamond.jp/articles/-/215204
https://net.keizaikai.co.jp/archives/35705
https://01intern.com/magazine/archives/11720
https://iroots-search.jp/14518
https://www.sumitomo-chem.co.jp/ir/library/annual_report/files/docs/scr2020_11.pdf
https://www.nikkakyo.org/system/files/sdgs_TFreport2017.pdf
https://jobhouse.jp/factory/columns/382
https://01intern.com/magazine/archives/11720