はじめに
新型コロナウイルス感染拡大を受け、これまで「不況知らず」と言われてきた化粧品業界が大きな変換点を迎えています。マスク着用の日常化、不要不急の外出を控えるなど新しい生活スタイルへのシフトにより、マスクメイクが雑誌で取り上げられるなど消費者が化粧品に求めるニーズは大きく変わりつつあります。
一方、これまでは美容部員(以下、BC)がお客様1人1人にカウンセリングをしながら対面販売をしてきた百貨店や化粧品店では感染予防の観点からテスターにビニールカバーをかけ自由に使用できないようにしたり、BCがお客様の肌に触れ、実際に化粧を施したり色味や使用感を試すタッチアップをすることを自粛している企業も少なくありません。
また、4,000億円規模あると試算される化粧品市場も、新型コロナウイルス感染拡大により訪日観光客が激減。4月の訪日外国人旅行者数は前年同月比マイナス99.9%と化粧品のインバウンド需要も壊滅的な状況に陥っています。
この記事では、ウィズコロナ、アフターコロナにおける化粧品業界の現状把握とインバウンドに依存しない成長戦略について各社の取り組みをお伝えします。
化粧品業界の市場規模の変化
日本における化粧品業界の市場規模は、化粧品出荷ベースでの販売金額は984億5,759万円(2020年5月:経済産業省 生産動態統計より)、前年より391億円のマイナス(前年同月比71.6%)となっており5カ月連続の前年割となりました。百貨店や化粧品専門店は緊急事態宣言に伴う営業自粛を余儀なくされ、消費者は在宅勤務の増加やマスクを着用する生活スタイルの定着により、口紅やチークなどマスクで肌が隠れる部分のメイクアップ商品の動きが鈍くなっています。

※出典:経済産業省「生産動態統計」
訪日観光客99.9%減のインパクト
観光庁によると、2019 年の訪日外国人旅行者は過去最高の3,188 万人と7年連続で過去最高を更新。2019年の訪日外国人1人当たりの旅行支出は15万9千円と推計され、費目別には34.7%を買物代に費やしていました。
しかし、新型コロナウイルスにより世界中のマーケットがかつてない打撃を受ける中で、訪日外国人旅行者は2020年4月に前年同月比マイナス99.9%の2,900人まで減少。入国制限措置が緩和された現在においても、訪日外国人旅行者がすぐにコロナ以前の状況に戻るとは考えられず4,000億円規模あるとされるインバウンドの化粧品マーケットは、数年にわたり壊滅的なダメージを受けることが予想されています。

※出典:観光庁 訪日外国人消費動向調査 https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/content/001335741.pdf
化粧品関連企業の動向
化粧品関連企業の動向に目を向けると、コロナ下での極めて厳しい経営業績とウィズコロナ時代に向けた新たな取り組みが見受けられます。
「クレ・ド・ポー ボーテ」「マキアージュ」など幅広いブランドを有する資生堂はグローバルでの経済活動の停滞、企業収益や雇用情勢の悪化等による消費マインドが低下したことなどを受け、2020年第2四半期(2020年1月1日~2020年6月30日)の売上高が前年同期比26%減の4,178億円。地域別の売上高を見ると、売上構成比36%を占める日本事業の減収が目立ち前年比 31.9%減の 1,505 億円となりました。
緊急事態宣言を受けた営業自粛やBCがお客様に触れ商品を紹介するタッチアップが難しくなったことにより、百貨店などで販売する高価格スキンケア製品の販売が縮小したことも売上縮小の一因として考えられます。
一方、売上構成比23.9%の中国事業は早期回復傾向にあり、第2四半期は売上高1,000億とプレステージブランドを中心にプラス成長に転じEコマースの成⻑によりさらなる加速が期待されています。

「SHISEIDO」ストア(海南島)(画像は資生堂 決算説明資料からキャプチャ)
また、資生堂は新たな取り組みとして、2020年7月22日よりライブコマースを日本国内で本格的にスタートしました。BCが化粧品の特徴や美容法を紹介するライブ映像を配信し、それを見た消費者はチャット機能を使いリアルタイムでBCとコミュニケーションを取りながら商品を購入できるオンラインサービスです。
資生堂はコロナ禍での非接触型購買ニーズに対応できるよう「オフライン」と「オンライン」の強みを融合した顧客応対を柔軟に展開していく方針で、ライブコマース、オンラインWEBカウンセリングの対応プラットフォーム、ブランドの拡大を図っていくようです。

ライブコマースイメージ(画像は資生堂 ニュースリリースから)
化粧品だけでなく洗剤、衛生用品まで幅広い製品ラインナップを持つ花王の化粧品事業の売上高は、2020年第2四半期(2020年1月1日~2020年6月30日)において前年同期比21.5%減の1,099億円となりました。花王グループの化粧品事業は「SUQQU」「KATE」などメイク品の売上比率が高く、マスク着用の常態化が売上に影響している模様です。

事業セグメントと主な製品カテゴリー(画像は花王 決算説明資料からキャプチャ)
「コスメデコルテ」、「雪肌精」、「Visee」など幅広い価格帯・チャネルに対応したブランドを有するコーセーは2021年3月期第1四半期(2020年4月1日~2020年6月30日)における売上高が前年同期比26.5%減の600億5700万円となりました。
他社同様、新型コロナウィルス感染症拡大により、主要な販売チャネルでマイナス成長となったものの、期間限定の”ステイホーム キャンペーン”を展開し、通常Eコマースで販売をしないブランドをECサイトで販売するなど新たな取り組みが見られました。
また、同社はオウンメディア「Maison KOSE(メゾンコーセー)」にて2020年3月25日からバニッシュ・スタンダードが提供するアプリ「STAFF START」を化粧品業界で初めて導入。BCがメークやスキンケア商品の商品知識やメイクスキルを投稿し、消費者の商品購入につなげる活動を始めています。

アジア市場においては中国・韓国での免税市場中国・韓国を中心にEコマースが好調な結果、売上高は前年同期比12.1%増の167億400万円となりました。また、同社の代表的なブランドであり日本を代表するスキンケアブランドとして知られる『雪肌精』を誕生35周年を迎えたことを機に、初めて全面的なリブランディングを実施。リブランディングにあたり、ブランドロゴも従来の「雪肌精」からアルファベットの「SEKKISEI」とし、売上高海外比率の上昇とブランドのグローバル展開の加速を目指しています。

海外に目を向けると、ロレアルグループは2020年1月~3月の第1四半期の売上高は72億3,000万ユーロと減収ながらも、新型コロナウイルスへの対応に早々に着手し前年同期比4.8%減に抑えることができています。特に、中国事業はコロナ禍で店舗が閉鎖された環境で、オンライン販売に一層注力する戦略を採った結果、6.4%増と好調に推移しました。
また、同社は積極的なデジタル・トランスフォーメンションを進めており、ロレアル本社と中国のチームが共同で作成した「AIファンデーションアダプター」をアリババ系ECプラットフォーム「Tmall」の旗艦店に世界で初めて実装しました。この「AIファンデーションアダプター」はスマートフォンのカメラで顔を360度スキャン、AI分析を通じて自分の肌色に合ったファンデーションの提案を受けたり、実際に肌に塗らなくても自分の顔でシュミレーションができるバーチャルメイクサービスです。
ロレアルはオンライン消費の過程において豊かな体験を提供しつつ消費者のニーズに応えられる最先端のテクノロジーを追求しています。
新型コロナウイルスの収束がいつになるか先行き不透明な中、国内市場での不振をEコマースで補えるか、一足先に回復の兆しが見られる中国を中心とした海外での販売をいかに拡大できるか、顧客との接点を増やす為のデジタルマーケティングへの投資などが今後の鍵となりそうです。
ウィズコロナでも売れている美容商品、ウィズコロナで売れなくなった美容商品
新型コロナウイルスは、消費者の購買行動やメイクアップの方法にも大きな変化を与えました。ビフォーコロナの2019年は「透明感」「トーンアップ」などをキーワードに『肌をキレイに見せる』メイクやベースメイクが注目されていました。日本最大級の美容口コミサイト「@cosme」が発表する、『ベストコスメアワード 2019上半期新作ベストコスメ』では、1位がフェイスパウダー、2位、3位に口紅が続き、肌に塗り華やかに見せてくれるメイクアイテムが上位を飾りました。
一方、ウィズコロナ・アフターコロナの2020年上半期では自粛期間中の「おうち美容」「おこもり美容」をキーワードに『自らの肌からキレイになる』スキンケアが注目されています。@cosme『ベストコスメアワード 2020上半期新作ベストコスメ』でも、総合大賞に輝いたのは化粧水。ランキング1位~4位をスキンケアアイテムが占めました。
去年のランキングではスキンケアアイテムがトップ10に一つも入らなかったことを考えると、消費者が注目しているカテゴリーがメイク・ベースメイクから基礎化粧品へとシフトをしていることが伺えます。
また、夏場の蒸し暑い時期にマスクを日常的に着用する生活スタイルが定着したことにより口周りの「ニキビ」や「かゆみ」といった『マスク荒れ』による肌トラブルを訴える方が男女問わず増えています。肌荒れをきっかけにこれまでのスキンケアを見直したり、敏感肌用のスキンケアへの切り替えを検討するなど、スキンケアアイテムは底固く支持されウィズコロナでも売れている美容商品となっています。
では、ウィズコロナで売れなくなった美容商品はどんなアイテムが挙げられるのでしょうか?総務省が行った家計調査によると、口紅が去年の同じ月に比べ2020年6月はマイナス51%と大幅に消費が落ち込みました。同調査によると、化粧水の支出金額はほぼ変わらず横這いです。
口紅の消費が落ち込んだ理由として、ウィズコロナによりマスク着用が定着したことが挙げられます。マスクありきの生活が前提となった為、勤務時やデート時は目元を中心にアイシャドウで華やかにする「マスク映えするメイク」がトレンドになっています。
ウィズコロナで売れなくなった美容商品として口紅やチークなどが挙げられますが、こちらはマスクで隠れているので目から下のメイクをしなくなったという方や、マスク内の湿度が上がることによりファンデーションが崩れやすくなったり、口紅がマスクについて汚れてしまうのでメイクを控えているという声も増えています。今後のポイントメークは「マスクにつかない」や「化粧崩れしない」アイテムがキーワードとなりそうです。
海外の美容の様子
海外では店舗の営業や外出の規制など、国により状況は違うものの少しずつコロナ前の状況に戻りつつあります。しかし海外においても、多くの美容業界が実店舗に依存していた為、新型コロナウイルスの影響を受け売上高は減少しています。
元々、化粧品は香りや、色見、肌へのテクスチャ―など個人の好みが購入に大きく左右され、実店舗でテスターで試しながら購入をしたいというリアルな体験に価値を置く消費者が多いマーケットです。しかし、コロナ渦でショッピングモールや百貨店に行くことが出来なかった消費者は、結果として外出不要で商品が購入できるECサイトでのオンラインショッピングを選択する人が増えています。
消費者の購買行動が変化している中で、海外では宣伝の仕方にも変化が出ています。例えば、ライブコマースが盛んな中国ではキーオピニオンリーダーやインフルエンサーを企業が起用し、SNS上でプロモーションを展開したり、インフルエンサーがリアルタイムで商品を使いながら紹介をすることでオンラインでは伝わりきらない情報を補完しECサイトでの購入につなげる動きが盛んです。
ECサイトの活用やライブコマースは中国だけでなく、欧米諸国でも注目されており今後、海外の美容を牽引する役割を担うと期待されています。
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グローバルのメンズコスメ市場について解説した記事はこちら
まとめ
化粧品業界は新型コロナウイルスの影響を受け、従来型の実店舗に依存したビジネスからの転換が求められています。
マスクの着用や不要な外出を控えるなど消費者の行動が変わる中、デジタルマーケティングを活用したECサイトでの販売拡大や早期回復したマーケットへの重点投資などがウィズコロナ・アフターコロナを生き抜く鍵となります。
【参考】
統計表一覧(経済産業省生産動態統計)
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/seidou/result/ichiran/08_seidou.html
観光庁 観光白書
https://www.mlit.go.jp/statistics/file000008.html
資生堂 2020年12月期 第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)
https://corp.shiseido.com/jp/ir/pdf/ir20200806_710.pdf
資生堂 資生堂、消費者の購買意識変化を捉え、ライブコマースを国内で本格スタートhttps://corp.shiseido.com/jp/news/detail.html?n=00000000002941
花王 2020年12月期 第2四半期決算短信〔IRFS〕(連結)
https://www.kao.com/content/dam/sites/kao/www-kao-com/jp/ja/corporate/investor-relations/pdf/results-fy2020-q2-all.pdf
コーセー 2021年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4922/tdnet/1865939/00.pdf
コーセー メゾンコーセー
https://maison.kose.co.jp/staff/skincare/list.aspx
ロキシタン FY2020 Annual Report
https://group.loccitane.com/sites/default/files/2020-07/EW00973-AR.pdf
株式会社アイスタイル @cosmeベストコスメアワード2020 上半期新作ベストコスメhttps://www.cosme.net/bestcosme/archive/2020_half/grand/
株式会社アイスタイル @cosme2019上半期新作ベストコスメ
https://www.cosme.net/bestcosme/archive/2019_half/
総務省 <品目分類>1世帯当たり1か月間の支出金額,購入数量及び平均価格
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200561&tstat=000000330001&cycle=1&year=20190&month=12040606&tclass1=000000330001&tclass2=000000330004&tclass3=000000330005&result_back=1
BeautyTech.jp
https://beautytech.jp/n/nce65f4b59f22