はじめに
イスラム教発祥の地であるサウジアラビア。数あるイスラム教国の中でも、非常に戒律が厳しい国として知られています。
それを理由付けるニュースとして昨年8月、サウジアラビアのこんな国王令が発令されたことが話題になりました。
“サウジアラビアの女性が男性の許可なく海外旅行に行くことが可能となった”
この国王令が発令されるまで、女性はパスポート申請や海外旅行の際には夫か父親といった男性親族の許可が必須でした。
近年徐々に女性の権利は拡大傾向にありますが、未だ女性は外へ気軽に運動をしに行く事ができない、自転車に乗ることができないなど、女性が禁止されていることがたくさんあります。
このように日常生活上様々な場面で制限されているため、サウジアラビアでのビジネスを検討する際の懸念として、女性が現地でどのように扱われるのか。
またどう振る舞えばいいのかと気になる企業も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は我々の経験を基に、サウジアラビアのビジネスシーンにおける女性の存在についてお伝えします。
※本記事は、2019年9月28日に発表されたサウジアラビア王国への観光ビザ開始前の視察をもとに作成しています。
サウジアラビアとは
サウジアラビアと聞くと厳格なイスラム教のイメージが強いと思います。
何故なら上記のニュース以外にも女性への宗教的束縛に関して日本でもたびたび取り上げられており、9.11アメリカ同時多発テロ事件を実行したイスラム過激派テロ組織アルカイダとサウジアラビアの関係性などで有名だからです。
このようにニュースでは時々取り上げられますが、国の全貌はあまり知られていません。そんなサウジアラビアとはいったいどのような国なのでしょうか。
今回この国のビジネスシーンにおける女性の立場を理解するためにもまずはサウジアラビアの国・宗教といった基本的な部分から理解を深めていきましょう。
まずは地理情報です。サウジアラビアは中東・西アジアのアラビア半島に位置しています。
首都リヤド
首都はリヤド。隣接している国は2003年に起きた大きな戦争地で有名なイラク、ヨルダン、リッチなイメージ・ドバイのあるアラブ首長国連邦など計7か国です。
外国人女性が多い
人口は世界銀行の調査によると2018年時点で3,370万人。
このうち女性は1020万人です。その中でも400万人は外国人女性が占めています。
このように外国人女性が多い理由にはこの国の石油ビジネスが関係しています。
経済では石油をはじめとした燃料の輸出がサウジアラビアのGDPを支えています。
原油埋蔵量ランキングでは世界トップのベネズエラに続き、第2位の埋蔵量誇っており、中国、日本といった世界中の国々に輸出しています。
このことから「石油大国」として日本でも知られています。
こうした盛んな石油ビジネスで海外からの出稼ぎ労働者が数多くいることから外国人女性がサウジアラビア女性人口の約4割を占めているのです。
宗教では全人口の99%がイスラム教ワッハーブ派であり、そのうち1%は主に出稼ぎ労働者の外国人が信仰するキリスト教などの他宗教です。
イスラム教とは
サウジアラビアはイスラム教の聖地メッカがあることでも知られ、世界中のムスリム(イスラム教徒)にとって憧れの地でもあります。
こうしたこともあり、サウジアラビアは同じイスラム教国と比べても独特な文化があります。
この章では比較のために、まずイスラム教そのものがどのような宗教なのかという点をお伝えしていきます。
教典コーラン
イスラム教は主神アッラーを敬い、預言者であるムハンマドを通して神の命令が書かれた教典コーランに基づいて生活をする宗教です。
コーランには六信五行という基本ルールがあります。
六信とはある6つの存在を崇拝しなければならないとされているものを表します。
その6つは神、天使、啓典、預言者、来世、天命です。
一方で五行とはムスリムが行うべき5つのことを表します。
その5つは信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼です。
信仰告白では何を告白するかというと「主神アッラー以外に神はおらず、ムハンマドは神の使徒なり」とアラビア語で唱えることです。
そして礼拝は清潔な場所もしくは神聖なモスクで1日5回メッカの方向に向かって礼拝することを意味します。
時間も定められており、夜明け、正午、午後、日没、夜の5回です。
喜捨とはお金や農作物など自信の財産としているものの一部を貧しい人へ分け与える事。
断食とはイスラム歴のラマダンと呼ばれる月に1か月間、日の出から日の入りまでの間飲食とその他すべての欲望を断つことです。断食は信仰をより深めるため、そして貧しく飯が食べられない人の気持ちを理解するために行います。
五行の最後である巡礼は、ムスリムは一生に一度聖地であるメッカを巡礼する事であります。
このようにイスラム教ではすべきことが定められており、これに従って日常生活をします。喜捨や断食のように貧しい人を救う精神を大切にしている宗教であることもわかります。
また、この六信五行以外にイスラム教が掲げている代表的なことは、食と女性保護です。
食に関してはアッラーが食べてはいけないと定めたものを食することは禁じられています。
禁じられている食べ物の中で代表的な2つは豚とアルコールです。
豚はイスラムの中で非常に不浄な存在として扱われているため、食べてはいけないとされています。アルコールは祈りを忘れたり、悪事を起こさないようにするという理由で認められていません。
そのため、飲酒は勿論アルコール消毒を使用することも原則できないとされています。しかし、アルコールに関しては人によって考え方が異なる場合があります。
女性保護という面での服装
そして女性保護という面では、ムスリムの女性は自分の美しい部分を親族以外の男性に見せてはならないとされています。
そのため、肌を露出しないよう全身を出さない服装をする必要があります。
長袖長ズボンまたはロングスカートを身にまとい、頭を覆うヒジャブ、目以外の顔全体も覆うニカブ、目をも網状の布で覆うブルカというものを身に着けます。
以上が理解すべきイスラム教の基本的な部分となります。
ではサウジアラビアは他のイスラム教国に比べてどういったことが異なっているのでしょうか。
イスラム教の基礎を理解したところで、この女性保護という側面で本題であるサウジアラビアの女性の立場についてみていきましょう。
あらゆる場面で制限される女性の権利
それは女性の権利の制限です。
保守的とは言えども、社会で働いている女性もいますが、基本的には私的領域にのみ関わることが許されており、政治経済は男性を中心に執り行われているのが現状です。
原則的に男女の同席は避けるべきとされ、オフィスビルでさえも男子校・女子校のように男女で棟や部屋が分かれているのが一般的です。
以下の写真の通り、街中のレストランも入口から「シングル」と「ファミリー」に分かれており、シングルは独身の男性のみ入ることが許されます。
女性の場合はファミリーとしてのみ入店が可能で、保護者の男性が付き添っていないと店に入れませんでした。
※2019年12月にこの規制は撤廃されました。
こうした外出時における民族衣装着用を女性だけに規制しているという点に、世界各国から「女性への人権侵害である、差別である」といった批判が多々ありました。
客観的に外の世界からサウジアラビアのこうした状況を見てみると、「差別である」といった認識を持つ方が多いでしょう。
しかし、上記のように女性が制限されているのは、イスラム法(シャリア)厳格に基づいた政治・社会体制をとっていることが原因の一つです。
イスラム法とは教典コーランとムハンマドの言行そのものを法源とする法律のことです。
この法には犯罪の種類に合わせ、決められた処罰があります。
例えば、殺人や強姦、麻薬使用、結婚した女性の不倫、同性愛行為などは死刑と定められていたり、窃盗の罪では手首を切断するという規定も記されています。
このイスラム法に書かれている事柄だけを厳格にしているため、書かれていないことについては不徹底な傾向が強いのが事実です。
例えば、国連が問題としてよく取り上げている18歳未満の児童婚については、イスラム法では男子12歳以上、女子9歳以上という年齢で結婚が可能だとされているため、幼い子どもが婚姻関係を結ぶといった事例も沢山あります。
そして女性への制限・不平等に関してはコーランに「女性は男性よりも劣位にあるため、男性によって保護されるべきである」と書かれています。
上記の事例のようにこの女性への宗教的束縛もこうした厳格な法にずっと基づいているため未だ深く残っているのです。
その一方で他の多くのイスラム教国の政治、社会体制における法は西洋などから取り入れた実定法(実証法)が適用されています。
これは、政治・社会において判例や慣習などの経験的事実に沿って成立した法であるため、場合に応じたものとなっています。
そのため、同じイスラム教国でもこのように差が出てしまうのです。
以上のことから、サウジアラビアの女性が制限されている理由と他のイスラム教国との比較がおわかりいただけただろうと思います。
それを踏まえて、ビジネスシーンにおける女性の立場はどのようなものか見ていきましょう。
当社社員(男女2名のコンサルタント)が実際にサウジアラビアのビジネスへ
プルーヴ社員が実際にこの国でのビジネスシーンにおいて実感した、女性の立場をお伝えします。
プルーヴでは、男女二名のコンサルタントがサウジアラビアを訪れました。
先述したようにサウジアラビアでは原則的に男女が同席不可とされていますが、今回は女性社員も男性社員と一緒にミーティングルームに入ることができました。
名刺交換や商談も滞りなく進み、「女性だから」という理由でビジネスを進める上で特別な制限をかけられるようなことはありませんでした。
ただし、それは彼女がムスリムではない「外国人」だから、あるいは「男性社員と一緒」だったから、という可能性も否めません。
特に後者の場合、男女が一緒にいる=女性は必然的に男性の伴侶(パートナー)として見られることもあるようです。
今回はあくまで男性社員のパートナーとして見られていた(男性とセット扱いされた)からこそ、丁重に扱われたのかもしれません。
もし訪れたのが女性社員のみだったら、おそらく状況は変わっていたでしょう。
また、たとえ外国人であっても女性の肌の露出については厳しく、女性社員は現地ではずっとアバヤを着て過ごしていました。
ムスリムでなければ頭まで覆う必要はないとのことですが、女性が訪れる際はできれば飛行機を降りた瞬間からアバヤを着用していた方が無難です。
商談などで相手からの印象をよくするためです。価値観、文化の違いを理解して相手の文化に合わせることも重要です。
女性視点によって初めて見える世界
女性が訪れる際にはさまざまな注意が必要なサウジアラビアですが、今回あえて男女で訪問した理由は、男女それぞれで見えるサウジアラビアの世界を視察できるからです。
サウジアラビアでのビジネスを検討する際、女性の権利が制限されていると知っていればこそ、男性社員を現地に行かせようと考える企業は多いと思いますが、必ずしもそうする必要はありません。
現地の事情に合わせるのであれば、確かに男性が対応した方がスムーズな場面もあるでしょう。
しかし、それだけでは見落としてしまうことや、そもそも見ることすらできない場所もあり、女性を含めて訪れることで初めて見える世界があると知っておく必要があります。
サウジアラビアではほとんどの場所が男女別で分かれているため、女性でなければできないことや行けない場所が存在するということです。
例えば、家庭訪問や女性消費者へのヒアリング、ファッション・美容といった女性中心のマーケット調査に関しては、男性だけでは対応できない可能性もあり、業種や状況によっては女性によるアプローチが欠かせないのです。
今回のように女性社員でもビジネスの場に立つことは可能であり、「サウジアラビア=男性しか対応できない」という考えは先入観に過ぎないのです。
そして、その先入観によって視点やアプローチ先が最初から限られてしまう恐れもあります。
特殊なサウジアラビア社会の両面をきちんと把握することで、ビジネスの幅や選択肢もより広がっていくのではないでしょうか。
実際にサウジアラビアでのビジネスをお考えの方は、ぜひこちらの記事もご参考ください。https://www.provej.jp/column/saudiarabiabusiness-becareful/