国内塗料最大手の日本ペイントはシンガポールのウットラムと長年ビジネスパートナーとして連携してきました。
しかし、今回ウットラムは日本ペイントの第三者割当増資を引き受け、日本ペイントへの出資比率を39.6%から58.7%に引き上げ、両社の塗料事業を統合することを発表しました。
このことは「日本ペイントがシンガポールのウットラム社に買収された」とのイメージを強く与えていますが、田中社長は「実際はそのような買収ではない」とこのニュースに対して反論しました。
経営不振に陥った日本企業が海外の企業に買収されるケース、特に中国やその他アジア企業から買収されるケースは年々増加傾向にあります。
台湾の鴻海精密工業に買収されたシャープ、中国企業の子会社になったラオックスなどが記憶に新しいでしょう。
「買収されたのではない」の発言の背景には、この買収が(経営不振で買収されたのではなく)成長のために自らアジア企業の傘下に入ったという前向きな買収であるという趣旨があるようです。
この記事では日本ペイントの売却の狙い、塗料業界の市場規模、中国企業による日本企業の買収の事例についてお伝えします。
※会社の資金調達方法の一つであり、株主であるか否かを問わず、特定の第三者に新株を引き受ける権利を与えておこなう増資のこと
塗料業界 市場規模
塗料業界の国内市場規模
塗料は「保護」と「美観」が目的ですが、近年では耐候性や抗菌機能な ど、社会ニーズによって様々な「機能性」を持たせた製品が提供されてきています。
マーケティング&コンサルテーションの株式会社富士キメラ総研(東京都中央区日本橋小伝馬町 社長 田中 一志)は、使用環境によって多様な機能が必要な塗料の市場について調査し、その結果を報告書「2018年版 機能性塗料市場・グローバル展開と将来展望」にまとめています。
国内塗料市場は横ばいですが、機能性塗料市場は拡大し、2020年に3,000億円突破との予測しています。
耐火塗料市場
2021年予測は90億円。火災など熱の影響を受けると不燃性ガスを放出しながら、被塗装部を火災から守ることを目的とした塗料です。認知度の高まりや屋外耐震補強用鉄骨材向けなどの需要獲得もあり、市場は拡大しています。
遮熱塗料
2021年には2016年比20.3%増の255億円が予測されます。
太陽光(近紫外線)を効率的に反射することで、温度上昇を抑える機能を有する塗料。地球温暖化、ヒートアイランド現象の対策として以前から普及が進んでいた遮熱塗料は、2011年に発生した東日本大震災によって節電や省エネニーズが高まる中、施工が簡易な点が評価され、需要が増加しました。
新型コロナウイルスにおける塗料業界
新型コロナウイルスの影響により、3月以降は国内塗料需要も深刻な影響を受け始め、塗料業界は平成の不況期後に次ぐ大幅な需要減退となっています。
米原洋一元関西ペイント取締役はこの状況に対して「今回の特殊性は外出自粛を伴う点です。
まず自動車・住宅など高額かつ対面販売に依存する消費財から冷え込みが深刻化している20年度は20%以上のマイナスとみる。」と述べています。
一方で感染拡大を防止するニーズにおいて、塗料にもビジネスチャンスが出現しています。
それは「抗菌塗料」の分野です。
大日本塗料は壁に付着したウイルスや菌を短時間で不活性化する室内用の水性塗料「COZY PACK Air(コージーパック・エアー)」を発売しました。
人の手が頻繁に触れる壁面などでの接触感染予防に有効とし、主に感染拡大を受け休業が相次ぐ飲食店や商業施設、病院や学校など人が多く集まる施設において拡がっていく見込みです。
光触媒機能を付加して抗菌・抗ウイルス効果を持たせたゼロVOC塗料「COZY PACK」は、可視光応答型の光触媒チタンによって、通常の蛍光灯(LEDでも可)の光でウイルスを不活性化することが第三者機関で実証されました。
業界の課題
塗料・塗料卸売業界でのM&A実施を検討されている方がまず知るべきなのは、塗料・塗料卸売業界の総販売額は1990年代後半から減少傾向となっている点です。
たとえ国内向けの塗料生産を継続したとしても販売数が減少している現状において、塗料・塗料卸売業界の売上増加が見込めません。
そのため海外への販路拡大が急務である業界です。
重要な展開エリアは「新興国市場」で、先進国の塗料・塗料卸売業界は、軒並み成長しにくい状況です。
世界的に見てみると、先進国の塗料・塗料卸売業界の大手企業が続々と新興国へ海外展開しています。
世界の市場規模
先進国の安定した需要に加え、新興国向けが拡大すると2021年には16兆1,910億円が予測されています。
世界的な環境意識の高まりから、水性塗料や粉体塗料などの需要が拡大しており、最も需要が大きいのは中国です。
環境保護税の導入が予定されており、工業用、自動車用、建築用の塗料において脱溶剤化が更に進むと考えられています。
世界市場において比率は低いですが、インドの伸びが著しく、建築用が需要の中心であるが、工業用や自動車用も伸びています。
日本の塗料メーカーが得る海外のビジネスチャンス
近年の塗料業界は、米国や新興国の経済成長に伴って業績を拡大させています。
経済が発展するに従い、自動車、建築、住宅、船舶、航空など様々な塗料需要が生まれます。
「塗料消費量は一人あたりのGDPと関係が深い」と言われています。
海外では、内壁塗装のニーズが多いため住宅の着工数にほぼ比例して内装塗装の需要も増えるため、経済発展が著しいアジアやアフリカに塗料メーカー各社は日本ペイント、関西ペイントを筆頭に海外展開を進めています。
日本ペイント売却の経緯と狙い
ウットラム社による買収以前
今回のウットラム社による買収以前、日本ペイント社は数々の海外企業の買収や株式の取得をしてきました。
日本ペイントは、建築用塗料における事業基盤の強化を目的としてM&Aを実施しています。
・日本ペイントHDによる豪州塗料メーカーの買収(2019年4月)
オーストラリアの塗料メーカーであるデュラックスグループの全株式を取得し子会社化を発表。
・日本ペイントHDによる中国塗料メーカーの株式取得(2018年11月)
日本ペイントHDの合弁会社であるNippon Paint Chinaは、中国の工業用塗料メーカーの2社の株式70%を取得すると発表。
・日本ペイントHDによる米国塗料メーカーの買収(2017年3月)
米国の塗料メーカーDunn-Edwards Corporationを株式取得によって完全子会社化しました。
日本ペイント側の狙い
シンガポールの塗料大手ウットラムグループは日本ペイントホールディングスを買収。
アジア企業による日本の素材大手の買収は今までにありませんでした。
ウットラムの出資比率を現在の39%から6割弱に引き上げるというもので、取得総額は1.3兆円程度となっています。
形の上では日本ペイントがウットラムの子会社になるということになりますが、日本ペイントの田中社長はオンライン記者会見の席上で「いわゆる一般的な買収ではない」と答えています。
「自社のさらなる企業成長を目指して、ウットラムグループの傘下に入る。今後、日本ペイントはウットラムグループの支援を得て、買収交渉の持ちかけなど、国際的な塗料事業の成長戦略に駒を進めることができるようになるため、今回の案件は『日本ペイントとウットラムの事実上の合併』ととらえるべきです」と述べました。
見込めるメリット
アジアの合弁事業を完全子会社化したいという構想は日本ペイント側には以前からありましたが、今回の買収について田中社長は「約60年に及ぶウットラムとのパートナーシップの完成形」としています。具体的には下記のようなメリットがあると、会見で伝えています。
- 合弁を完全に取り込むことで純利益は約6割増
- EPS(1株当たり利益)は第三者割当増資による株式増加を考慮しても10%以上増
- アジアではウットラムとの合弁と日本ペイントの部隊が二重で活動していたが、この二重投資が今後は避けられる
日本企業のアジア企業への売却事例
アジア企業によって日本企業が買収された件数は、2012年に一度落ち込んだものの、増加傾向が続いています。
日本企業を買収している国を見てみると、欧米のシェアが減少した代わりに、中国のシェアが増えていることが分かります。1996年は3%だったのが2015年には20%にまで達しています。
海外企業、特にアジアから買収された代表的な2社、SHARP、LAOXはどのようにして買収されるまでに至ったのでしょうか。その経緯を見てみましょう。
SHARP
日本の高度成長期を指させてきたシャープは世界最高の液晶技術を持っていましたが、2016年に3,888億円(株式66%)で台湾の鴻海(ホンハイグループ)に売却されました。
電子機器の受託製造サービス(EMS)において世界最大手の鴻海による買収で、2~3年後の2019年には黒字転換しました。
買収の経緯
20世紀最後の年、2000年に液晶テレビを世界で初めて売り出し「液晶のシャープ」として名を馳せました。
奥行のあったブラウン管のテレビが薄くスリムになり、衝撃を与えた画期的な商品でした。
液晶テレビの需要は拡大。国内では地上デジタル放送への切り替え特需がシャープのテレビ販売を押し上げます。
世界中のテレビも液晶テレビに置き替わるようになり、シャープの売上の約3割がこの液晶テレビで稼ぐようになり、オンリーワンの企業を目指していました。
しかし、韓国サムスン電子、LGなどの中国新興メーカーが通貨安を追い風に猛追します。
液晶パネル市場でシャープの製品は価格競争に巻き込まれることで計画が狂い始め、平成24年3月期に最終損益が3760億円の赤字に転落しました。そこで目を付けた企業が鴻海でした。
しかし買収の目的は「シャープのブランドが欲しいのではなく、液晶技術を手中に収めたい」という事実でした。
買収後の経営
2012年3月期から2016年3月期まで赤字転落が続いていたシャープは2016年8月の買収のタイミング以降、黒字転換に成功し、以降は黒字決算が続いています。
鴻海による買収後の経営は「日本型リーダーシップ」の導入によって立て直しが始まります。
鴻海の戴社長は、シャープの社員寮で生活し、2017年度までは無給、役員報酬ゼロで働いていました。
こうした社員と一心同体で常に意見をすり合わせてきたのです。
また、戴社長の経営スタイルである「スピード」でした。意思決定はきわめて迅速であったため、黒字化できたと言われています。
LAOX
買収の背景
ラオックスは、創業者の谷口正治が1930年に墨田区で始めた電気器具の行商が始まりです。
1970年代後半から1980年代前半にかけてはオーディオ機器を、1980年代後半からはパソコン関連の販売に注力していきました。
2000年代初頭には2000億円以上を売り上げ、大手家電量販店の一つとして認識されていました。
その後は主力であったパソコン販売の減少、大型店舗の相次ぐ失敗、家電量販店間の競争に敗れるなどの惨事が続き、業績が悪化。郊外店を全て手放すはめになりました。
2009年8月に中国最大手の家電量販店を運営する蘇寧電器の傘下となり、新しく社長に就任した羅怡文の方針のもと、ラオックスは中国人などの外国人観光客向けの免税店中心の店として再建を図ります。
買収後
ラオックスは、中国人観光客をターゲットとした免税店へと業態を転換し、ちょうどそこに中国人の日本旅行の波がやってきました。
これが中国人による爆買いブームの始まりです。銀座のラオックスの前に毎日たくさんの中国人ツアー客が流れていく風景が見られるようになり、業績は急上昇しました。
途中、日中関係の悪化(尖閣諸島問題、2012年の中国における反日活動)や東日本大震災があり一時的に売上が落ちましたが、2014年12月期には、2001年3月期以来14期ぶりとなる最終黒字を達成しました。
しかし、中国人観光客による爆買いブーム、今年に入って発生した新型コロナウイルスの影響もあり、現在は激しいリストラが行われているのが現状です。
最後に
上記を見てみると中国企業による日本企業の買収目的は「技術」が首位に来ています。
日本の製造業が中国企業に買収されることによって、日本の技術が盗まれてしまうという脅威と隣り合わせなのです。
中国企業のこうした傾向について、EU諸国はリスクとして捉え、中国企業による買収に対して規制を強化しています。
日本では中国資本による日本企業の買収に関する規制、外資参入に対する規制はほとんどありません。
中国は「中国製造20205」を掲げ、2025年までに製造大国になることを目指しています。
SHARPのように技術ノウハウを取得することが目的となるような買収ではなく、日本ペイントのように挑戦的で前向きな買収の事例は稀です。
多くの日本企業が学ぶべき経営戦略とされるでしょう。
https://release.nikkei.co.jp/attach_file/0462929_02.pdf
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP462929_Z01C17A1000000/
https://www.coatingmedia.com/online/d/post-834.html
https://masouken.com/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AEM&A
https://toyokeizai.net/articles/-/13264?page=4
https://response.jp/article/2020/08/24/337725.html
https://biz-journal.jp/2020/09/post_177869_3.html
https://diamond.jp/articles/-/226201
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62887360R20C20A8MM0000/
https://www.sankei.com/west/news/161017/wst1610170002-n1.html
https://gyokai-search.com/3-paint.html
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59207320W0A510C2000000/
https://diamond.jp/articles/-/206453