外務省の「海外進出日系企業実態調査(平成30年要約版)」の2017年10月時点の統計で、タイに進出している日本企業の数は、タイ現地法人、日本企業の支店、出張所を含め3,925でした。
タイは自動車などの産業集積が進んだアジア有数の工業国です。最も日本企業が進出している国でもあります。
2010年に発効したAFTA(ASEAN自由貿易地域)によって、タイの位置づけは大きく変化しました。
これ以降、東アジアにおける生産拠点、世界市場に向けた輸出拠点としてタイを位置付ける日本企業が増えたのです。
※ASEAN諸国: インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス
一方で、タイにおけるビジネス環境は非常に特殊です。
タイは典型的な華人経済であり企業活動において華人系財閥グループが強力かつ広範囲な流通販売網を構築しています。
企業のビジネス活動において、華人系の財閥企業なしには語れないほどの影響力を持っています。
日本では戦後三菱や住友などの財閥はGHQによって解体されてしまったため、財閥系企業によってビジネスの活動がしにくいというのは想像しにくいかもしれませんが、財閥企業への対抗としてタイでは「不買運動」が起こったこともあるようです。
このような状況において日系企業がタイマーケットを攻略するのはたやすいことではなく、財閥系企業の存在を考慮する必要があります。
人口減少や高齢化の問題を抱える日本にとってASEAN諸国でマーケット展開することは非常に重要になっています。
今回はタイの財閥企業の実態を知っていただき、タイ進出検討の参考になるような情報をお伝えします。
タイの財閥企業とは
戦後GHQによって解体された日本の財閥ですが、戦前は財閥の巨大な企業グループである三井財閥、三菱財閥、住友財閥、安田財閥によって寡占状態になっていました。
健全で自由な競争が生まれず、何か新しいことを始めようにも始められない状況でした。
タイには、この戦前の日本のような自由競争が生れにくい土壌があります。
財閥企業がネットワークやサプライチェーンを独占し、ASEAN諸国との輸出入の強力なパイプも持っています。
このような財閥企業がタイの経済を永らく支えてはいますが、最近では批判も相次いでいます。
財閥最大手のCPグループは、「CPグループがタイの富の独占をしている」と市民から反発を受け、CPグループと提携しているセブンイレブンでは不買運動が起こりました。
クレディ・スイスの2019年の推計によると、タイは上位1%の富裕層が持つ富が全体の約50%を占め、対象40カ国中でロシアに次いで割合が大きく、このことは格差社会であることも意味しています。
それでは次に、タイの代表的な財閥企業を4つご紹介します。
CPグループ(チャロンポカパングループ)

タイの富豪ランクではCPグループが4年連続1位で、上記フォーブスによる2019年「代の世界長者番付」においてCPグループが占めていることが分かります。

CPグループは1921年、1921年に中国出身の謝(チャラワノン)一族がバンコクで植物の種売買から事業をスタート。
現在では30万人の組織をまとめるアジア最大級のコングロマリット企業(関連のない多種の企業を統合してできた複合企業グループ)です。
食品、小売り、資料、通信、不動産、石油うなど多岐にわたり、世界17カ国で事業を展開しています。
傘下にはタイ国内1万店舗を誇るセブンイレブン、業務用スーパーのマクロ、各種飲食店や、最近は通信事業のtrueがあります。
この企業は中国IT大手アリババと提携しており、Eコマースにも注力しています。
今年9月、中国の豚肉関連事業を再編すると発表し、別々のグループ会社が手掛ける飼料と養豚の両事業を統合しました。飼料供給から豚肉生産を一貫して運営し、世界最大の豚肉市場である中国で事業を拡大する試算です。
日系企業との関係は、2014年7月からの伊藤忠商事との業務提携しています。
CPグループは伊藤忠に約1,000億円を出資し約4.9%の株式を取得。伊藤忠商事の実質的な筆頭株主となっています。

また、新型コロナウイルス感染拡大におけるマスク需要に対して、1億バーツ(約3億4千万円)を投じて月300万枚の生産能力を持つマスク工場を新設。医療機関などに無料でマスクを提供し始めました。
TCCグループ

TCCは、バンコクの中華街生まれの中国系タイ人であるジャルーン・シリワタナパクディー氏の率いるコングロマリット企業です。最初は酒造業に参入して、蒸留酒、ビール、栄養ドリンク、不動産、金融、消費財などの事業を展開し、巨大財閥を一代で築きました。
傘下にタイビール大手「ビア・チャーン」を抱えています。また、ゲートウェイエカマイなど商業施設の開発運営やビッグCスーパーセンター事業、大衆消費財(コンシューマ)事業、保険事業等を展開しています。
17年版の米経済誌「フォーブス」が発表した世界長者番付では同グループ総裁であるチャルーン氏が堂々の60番(タイNo.1)でした。
TUFグループ

タイを拠点に欧米・アジアに工場を持つ水産加工の大手企業のタイ・ユニオン・フローズンプロダクツは、ツナ缶財閥大手です。1977年、創業者は華人出身であるグライソーン・チャンシリー氏が、小さなエビ生産工場からスタートし、欧米企業向けのM&Aを繰り返すことで急成長を果たしました。
レッドブル
日本でも人気の飲料水レッドブルは、実はタイの企業です。
日本でも人気ですが、爆発的なヒットとなった最初の場所は欧州です。

創業者である中華系タイ人のチャリオ氏は、1960年代に、タイのハーブを使った痛み止め薬を製造販売し始めました。
その企業がTCファーマシューティカル。
1976年にレッドブルの前身になる栄養ドリンクを開発しました。
1984年にオーストリアの実業家のディートリヒ・マテシッツと出会い、味を改良し、1987年にレッドブルを発売しました。
今や世界シェアを誇るまでに成長し、この一族はタイで病院経営やフェラーリ販売事業などにも携わっています。
タイの財閥企業の特徴
タイの財閥企業は、王室系の財閥と華僑系の財閥の2つのタイプがあります。
「王室系の財閥」は、王室財産管理局が展開する事業で、銀行、不動産、建設素材などが含まれます。
「華人系の財閥」は、中国からの移民である華僑によって創られた企業で、の多くが同族経営(ファミリービジネス)の形態を取っています。
華人と華僑は混同しやすいのですが、下記の違いとなります。
- 華僑:二重国籍等の状態によって中華人民共和国籍を保持したままの者、現地国籍のみを有する者のどちらも含んでいる
- 華人:現地国籍のみを有し土着化している
日本貿易振興機構アジア経済研究所の『ファミリービジネス概論』によると、華人系と華人系タイ人は「広義の華人系」とまとめられています。

華人はタイに土着化していることから、「華人企業」は「タイ系家族企業」とほぼ同じ意味となるようです
華僑のタイ移住の歴史
7世紀頃の対外貿易が盛んになった唐の時代に、広東省、福建省、海南島から東南アジアに労働者が渡っています。これが華僑です。
華人企業とは、中国大陸以外の地域でその土地に土着化した中国系経営者によって創業・経営される企業のことで、世界各地の華人企業が展開するビジネス分野は、貿易、小売りからITまで幅広く、世界経済と中国経済の発展に重要な役割を果たしています。
それぞれのエリアごとにどの分野が強いかを見てみましょう。
- 北米:ハイテク関連
- 欧州・豪州・アフリカ:飲食・小売り・不動産分野
華人企業が最もプレゼンスを示しているのは東南アジアです。
タイでは、タイ証券取引所(SET)に上場する企業の約75%がファミリービジネスであり、国民総生産(GDP)の80%以上も占めるほど存在感を持っているのです。
タイのファミリービジネスの特徴
世界における人的ネットワーク
華僑は移住の歴史の中で、移住先での「人的ネットワーク」を大事にすることでビジネスを構築してきました。
各国での華人企業と繋がっているため、ASEAN進出を計画する日系企業は華人企業と提携することで世界のネットワークも期待できるというメリットがあります。
積極的に事業を多角化
1990年以降、東南アジアの華人企業の多くが、祖業で得た資産を積極的に再投資に回し、事業を積極的に多角化させています。この事業の多角化させる華人企業の特徴は、タイの財閥企業による「事業のコングロマリット化」につながっています。
財閥企業のコングロマリット化
コングロマリットとは、関連のない多種の企業を統合してできた複合企業グループのことです。
同業他社ではなく、市場や技術が異なる業種に参画し、多角経営を目指す統合形態です。
メリットとしては、安定して実績のある多業種の企業を統合することで、新しい市場にゼロベースで参入するリスクを低減できることです。

東南アジア諸国には、多くの上場企業を傘下に持つ財閥、コングロマリットが存在します。
実は、コングロマリットグループのASEAN 経済におけるプレゼンスは絶大であり、その特徴や動向を知ることは、東南アジアで事業を行う日本企業にとって非常に重要です。
また、財閥企業やコングロマリットとの提携を考慮することは、日本企業のASEAN 進出・展開において非常に有用な選択肢の一つでもあります。
アメリカにおけるコングロマリットとして巨大で有名な企業に、ゼネラル・エレクトリック( GE)、フランスの世界最大のアパレル系企業LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)があります。
LVMHは1987年、ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーが合併することで創業され、傘下ブランドの事業拡大とともに、セリーヌ、フェンディ、ケンゾーなどの世界ブランドを買収しています。
日本に本社を置く多国籍企業のコングロマリットでは、日立グループ、ソニーグループ、三菱グループ、パナソニックグループ等が挙げられます。
タイの高齢化と人口減少
国家経済社会開発委員会(NESCD)の調査では、タイは人口と労働人口が2028年をピーク人口増加が見込まれるASEAN諸国において、タイは唯一人口減少の問題を抱えています。
また、高齢化の問題もあります。2005年に「高齢化社会」(高齢者が人口の10%)に突入し、現在急速な高齢化の問題に直面しています。今後、2021年には「高齢社会」(20%超)、2031年には「超高齢化社会」(同28%超)に入るとされているのです。

日本でも2015年以降人口の減少が始まっており、日本国内では市場の成長が見込めなくなっています。顧客基盤、技術、人材の獲得、ビジネスモデルを拡大させるために、日本企業はASEANや海外のフロンティアを求めて進出を加速させています。

ベトナム、ミャンマー、インドネシアなどは大幅な人口増加が期待でき、人口減少に転じている日本との差は歴然としています。このような将来性のある国の企業とビジネスを行う際に、クロスボーダーM&Aという方法があります。「国境を越えて行うM&A、海外企業とのM&A」のことです。
クロスボーダーM&Aでは、日本よりも安い賃金で人を雇える、安い原材料費、税的メリット(日本より法人税などの税率が低い場合)があります。
日本がASEAN諸国に対してマーケットを拡大したいと思っているように、ASEAN諸国でもこの動きは活発です。
近年、ASEAN財閥傘下の有力企業(タイの有力企業を含む)は、M&Aを積極的に活用して事業拡大を図っているのですが、特に人口減少問題に直面するタイの企業は、隣国のベトナムなどの国を始めとして、大型のクロスボーダーM&Aを実行しています。
最後に
タイの財閥企業が大きな影響力を持っているという実情や、ASEANのクロスボーダーM&Aについてご理解いただけましたでしょうか。
発展が目覚ましいと感じるタイの人口が減少しており、高齢化問題に直面しているとは意外なことだったのではないでしょうか。
タイに進出をお考えの場合、特に財閥企業へのアプローチは難易度の高い課題です。より詳しいご説明とサポートが必要な場合是非お問合せください。
<参考>
https://www.dir.co.jp/report/column/20170220_011731.html
https://www.teraokaikei.com/mm/07_20150924_01.html
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/10950.pdf
https://www.ycg-advisory.jp/learning/oversea_46/
https://kigyolog.com/article.php?id=658#1-1
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63837180U0A910C2FFE000/
https://arayz.com/columns/vol62-feature/4/
https://www.nna.jp/news/show/1758351
https://www.nna.jp/news/show/1877729?id=1877729
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63444390U0A900C2XR1000/
https://fundbook.co.jp/crossborder-ma-point/