海外進出の検討が進む会社は、「市場調査→訪問→契約」の一般的な順番ではなく、売る相手と現地の体制を先に決めます。ジェトロの2025年度海外進出日系企業実態調査(2025年11月20日発表)は、海外82か国・地域の日系企業1万7,708社に聞き、7,485社が回答しました。2025年に黒字を見込む割合は66.5%、今後1〜2年で現地事業を拡大すると答えた割合は46.2%です。これはすでに現地にいる会社の数字であり、これから拠点を置く中堅企業の成功確率ではありません。本稿では、検討から現地法人設立までを、実務の順番で5ステップに分けて説明します。
当コラムで注目する用語
- 現地法人:進出先の法律で設立する別人格の会社。契約・雇用・請求の当事者になりやすい。
- 駐在員事務所:情報収集が主の拠点。多くの国で売上契約の当事者になれない。
- 支店:本国会社の延長として契約できる形態。課税の扱いは国ごとに違う。
- 外資規制:外国企業が持てる出資比率や、参入に必要な許可・免許の制限。
- 新輸出大国コンソーシアム:ジェトロが窓口の中堅・中小向け支援。2026年度ハンズオン受付中。
- NEXI:日本貿易保険。回収不能や非常リスクへの保険と、地銀経由の相談窓口。
結論——先に決めるのは「誰から、何を売るか」と現地の体制
一般的には市場を調べ、現地を見て、代理店や顧客と契約する、と教えます。しかし海外事業の現場が止まってしまう会社は、そのあとで「誰にいくら売るのか」「駐在事務所のまま契約してよいのか」「パートナーは本当に動くのか」が、具体的なレベルで決まっていない、または分かっていないことに気づきます。経営会議では、「行く理由」だけでなく、売上が立つ根拠と、そのための現地事業の体制の形が問われます。ジェトロ調査では、すでに海外にいる日本企業の黒字割合は66.5%まで来ていますが、業種差はとても大きく、業種ごとの差異を見ずに「海外は伸びる」と書く資料は、2026年の関税や人手不足の設問に具体的に答えることができません。人手確保の状況が「悪化」したとする企業の回答は3割を超え、拡大意欲の高いベトナムなどでは地場・中国系との採用競争が課題として上がっています。人件費の前提が国内との比較だけのままだと、設立後の最初の四半期で計画が頓挫してしまいます。
一般に言われる順番と、現場で止まりやすい順番は違う
一般に言われる順番は、調査→訪問→契約→設立です。現場で止まりやすいのは、むしろその逆に近い順番です。(1) 売る相手と売上がはっきりしていない、(2) 外資規制と許認可の条件をまだ確認していない、(3) パートナー候補を十分に見極められていない、(4) 駐在事務所・支店・法人のどれで契約するかが決まっていない、(5) 設立手続きと公的支援の待ち時間が工程表に入っていない——この5点が空のまま航空券を取ると、視察だけで終わってしまいます。本稿の5ステップは、この止まり方に合わせて並べ直したものです。
ステップ1——誰から、何を、何年で売るかを1枚にする
最初の資料で書くべきは、国名ではなく「何の売上を、誰から、何年で取るか」です。消費財なら現地小売の棚か越境ECか、製造業なら現地OEMか自社工場か、ITなら現地法人での請求が必要か代理店で足りるか。業種ごとに、法人が必要になるタイミングは違います。薬事や公的調達では、承認者・登録・法人資格が段階的に求められます。まだ法人が要らない段階で設立の決裁を出すと、固定費だけが先にかかってしまいます。逆に、入札や官公需で現地法人が必須なのに代理店のまま進むと、資格審査で落ちます。1枚目に書く列は、目標売上、必要な形態(駐在事務所/支店/法人)、やってはいけないこと(駐在事務所での営業など)、見直す条件の4つです。これが無い市場レポートは、参考資料にはなっても、経営会議の判断材料にはなりません。
ステップ2——公的な一次情報で外資規制と許認可の条件を確認する
国を選ぶときの一次情報は、ジェトロの国別投資ガイド、進出先の投資庁、税関・外資規制の官報です。民間の「おすすめ国ランキング」は、調査会社のサンプルと時点が分からないことが多い。ジェトロ2025年度調査は、米国追加関税の影響を全世界共通の設問に入れました。対米輸出する製造業の約4割が「マイナス影響が大きい」、自動車・自動車部品のサプライチェーンは業種を問わず2社に1社に影響が及ぶ、と整理されています。2026年に米国だけを「大きな市場」と書いて関税のシナリオを付けない資料は、この設問に答えていません。人権尊重の取り組みも同調査の柱です。取引先の確認を後回しにすると、現地法人を設立したあとに納入先から取引を止められることがあります。ステップ2で揃えるものは、外資比率・免許・最低資本・雇用義務と、関税・人権が自社にどう影響するかを、出典URL付きで2ページにまとめた資料です。銀行の黒字割合は8割を超える一方、同じ調査で建設は赤字が厚い、という業種差もここに書き込みます。自社が「平均66.5%」のどちら側に近いかを、先に示してください。
ステップ3——訪問はパートナー候補の確認であり、視察ではない
訪問の目的が「現地の雰囲気を知る」だけだと、復命書は感想になりがちです。行く前に、会う相手を契約の型で分けます。代理店候補、顧客候補、法律・会計、ジェトロ事務所、同業の先輩法人です。質問は、与信、在庫の持ち方、返品、競合ブランドの扱い、契約解除の実例、に絞ります。新輸出大国コンソーシアムのハンズオンは、継続面談と海外出張同行を、戦略策定から立ち上げ・操業まで一貫して支援すると公式に書いています。2026年度の新規申込は受付中で、受領後数週間から1か月程度の審査があります。つまり公的支援も、「行きたい」だけでは動かず、計画と面談が先です。訪問日程を先に取り、あとから専門家を探す会社は、ここで一般的な順番に戻ってしまい、失敗しやすくなります。
ステップ4——駐在事務所・支店・法人のどれで契約するかを決める
形態の詳しい比較は次稿の主題ですが、設立の途中で飛ばすことはできません。駐在員事務所は情報収集が主で、多くの国で売上契約の当事者になれません。支店は契約できますが、本国の延長として課税され、恒久的施設(PE)の議論が出やすい形態です。現地法人は別人格で、雇用・請求・責任の切り分けがしやすい一方、設立費用と取締役の現地要件がかかります。ジェトロ調査の対象定義は、日本側出資比率10%以上の現地法人、支店、駐在員事務所です。資料に「現地拠点」とだけ書くと、この3つが混ざります。見出しは形態名にし、契約できるか、請求書を切れるか、現地採用の雇用主は誰か、を3行で答えます。答えられない訪問は、まだステップ3の段階です。
ステップ5——設立手続きと、公的支援の待ち時間を同じ工程表に載せる
設立そのものは、定款・登記・銀行口座・税務登録・ビザの手続きです。国ごとにかかる週数が違い、パートナーや顧客との契約日程とぶつかると、空白期間が生まれます。ここに載せるのは、ジェトロのハンズオン審査や、NEXI・公庫・地銀への相談の待ち時間です。全部を「補助金」と呼ぶと、審査と保険料の話が消え、計画が楽観的になりすぎます。税務の扱い、恒久的施設の整理、撤退条項の書き方は、設立前に税理士・弁護士へ意見を取る必要があります。ただしそれは専門家の仕事であり、本コラムの5ステップの中心ではありません。PROVEが見るのは、市場と規制の一次情報、パートナーの確認、拠点形態の選び方です。
中堅企業が止まりやすい3地点——数字・許認可・パートナー
止まりやすい地点はだいたい3つです。第1は、ステップ1の売上が具体化していないこと。「東南アジアで伸ばす」は方針であって、数字ではありません。第2は、ステップ2の外資規制と許認可をまだ確認していないこと。外資比率や最低資本を後から知ると、パートナー持分の前提が崩れます。第3は、ステップ3のパートナーを十分に見極められていないこと。名刺交換だけで代理店契約を結ぶと、在庫と与信の実務で止まってしまいます。税務や撤退条項の不備で止まる会社もありますが、それは専門家に依頼する論点であり、ここでの3地点とは分けて考えます。
2026年の公的支援——ジェトロハンズオンとNEXIの位置づけ
中堅企業が使う公的支援は、自社の調査の代わりにはなりません。ジェトロの新輸出大国コンソーシアムは、コンシェルジュが窓口になり、ハンズオン(審査あり)とテーマ別スポット支援を提供します。支援機関リストは2026年3月30日時点で1,121機関です。中小企業庁の海外展開施策は、このネットワークと中小機構・公庫を通じて届きます。NEXIは保険と、地銀112行への取次です。位置づけは次のように整理できます。ジェトロ=情報と専門家同行、NEXI=回収不能と非常リスク、公庫・地銀=資金、税理士・弁護士=形態と契約。ハンズオンは採択が必要で、申込から面談まで時間がかかります。設立スケジュールの工程表に、この待ち時間を最初から書いてください。
調査旅行の前に揃えること
まず、ステップ1の4列(目標売上・必要形態・やってはいけないこと・見直す条件)を埋めます。次に、ジェトロ投資ガイドと関税・人権の影響を2ページにまとめ、コンソーシアムか地銀経由NEXIのどちらに相談するかを決めます。ハンズオンを使うなら、2026年度の申込要領を読み、審査の待ち時間を工程表に入れます。そのうえで、訪問候補の質問票と、形態比較の3行を揃え、税務・契約の専門家への依頼文を準備します。航空券は、この3点が揃ってからで十分です。すでに海外法人がある会社の黒字66.5%は励みになりますが、自社の成功確率ではありません。成功率を上げるのは、一般的な順番を守ることではなく、売る相手と現地の体制を先に決めることです。2026年の営業利益を「改善」と見る業種と「悪化」と見る業種では、同じ5ステップでも見直す条件の数字が違います。自社の業種の行をジェトロの表で一度開いてから、航空券を取ってください。
読み解きのポイント ①先に決めるのは売る相手と現地の体制 ②外資規制と許認可は公的一次情報で確認する ③訪問はパートナー確認 ④駐在事務所・支店・法人を混同しない ⑤ジェトロ/NEXIは調査の代わりではない
海外進出の進め方は、視察の回数ではなく、5ステップのうち何が具体化しているかで決まります。一般的な順番をなぞるだけの議論は、公式調査の後追い説明で終わりがちです。売る相手、許認可、パートナー、形態、公的支援の待ち時間まで書いた資料だけが、次の四半期の設立判断を動かせます。
よくある質問
Q. まず現地を見に行ったほうが早いのでは?
見る前に、誰から何を売るかと、拠点形態の仮説が要ります。仮説の確認が訪問です。感想だけの視察は、経営会議の判断材料になりません。
Q. ジェトロ調査の黒字66.5%は自社にも当てはまりますか?
当てはまりません。すでに現地にいる日系企業の平均です。業種・国・関税の影響で差が大きく、自社の行を表で開く必要があります。
Q. 駐在事務所と現地法人、どちらから始めるべきですか?
契約と請求が必要なら法人(または支店)側を先に比較します。駐在員事務所は情報収集向きで、多くの国で売上契約の当事者になれません。詳細は形態比較の次稿で扱います。
Q. 税務や撤退条項はどこで扱いますか?
設立前に税理士・弁護士へ意見を取る論点です。本コラムの本論は、市場・規制の一次情報、パートナー、拠点形態、公的支援の位置づけです。
主な出典
ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」記者発表・レポート(2025-11-20)/ジェトロ 新輸出大国コンソーシアム(2026年度ハンズオン受付・支援機関1,121/2026-03-30)/NEXI「中堅・中小企業海外展開支援ネットワーク」112行(2026-04-10)/NEXI 海外ビジネス支援パッケージ(中小機構・公庫・ジェトロ連携)解説。調査時点:2026年8月。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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