世界半導体市場統計(WSTS)によれば、2025年の世界半導体市場は7,956億ドル(前年比26.2%増)でした。2026年はメモリの需要急増でさらに拡大する見通しです。ところが、この巨大な産業を「作れる会社」を1社に絞ることはできません。設計はアメリカのNVIDIAが強く、量産はほとんどが台湾のTSMCに集まり、材料は日本企業が握り、露光装置はオランダのASML抜きでは動きません。半導体は一つの産業ではなく、工程ごとに国と企業が分かれた「役割の集合体」です。本記事では、設計・前工程・後工程・装置・材料という5つの工程ごとに、どの国・企業が厚いかを一次統計で整理し、日本企業が強い工程と弱い工程がなぜ分かれたのか、2026年時点の輸出管理と補助金がこの地図をどう歪めているかを解説します。
本記事で使う5つの工程
- 設計:チップの回路を企画・設計する工程。工場を持たない「ファブレス」企業が担う。
- 前工程:シリコンウェハに回路を焼き込み、チップを作り込む工程(ウエハ加工)。受託生産する企業を「ファウンドリ」と呼ぶ。
- 後工程:できたチップを切り出し、パッケージに封止し、検査する工程。受託する企業を「OSAT(後工程受託)」と呼ぶ。
- 装置:前工程・後工程で使う製造装置(露光装置・成膜装置・検査装置など)を作る産業。
- 材料:シリコンウェハ・フォトレジスト(感光剤)・特殊ガスなど、製造に使う素材を作る産業。
半導体は一つの産業ではない——設計・前工程・後工程・装置・材料という5つの顔
「半導体産業」という言葉は一つの業界を指しているように聞こえますが、実際には性質の異なる5つの産業の集まりです。設計はソフトウェア産業に近く、頭脳と資本が集まる場所で決まります。前工程は数千億円規模の工場を長期間動かし続ける重工業型で、規模の経済が支配します。後工程は前工程より参入障壁が低く、労働集約的な性格が残ります。装置と材料は、特定の工程でしか使えない専用品を長年かけて磨き上げる「隠れた寡占」の産業です。この5つを1本の「半導体産業」として語ると、どの国が強くどの国が弱いかが見えなくなります。工程を分けて初めて、日本が材料と装置では厚みを持ち、量産と設計では薄いという非対称な現在地が見えてきます。
2025年、世界半導体市場は7,956億ドル——メモリが市場全体を塗り替えた年
WSTSの発表では、2025年の世界半導体市場は前年比26.2%増の7,956億ドルでした。データセンター向けのロジックICとメモリICの需要が伸びをけん引しています。さらにWSTSは2026年春季予測(2026年6月2日発表)で2026年の市場を前年比89.9%増の1兆5,112億ドルへ大幅に上方修正し、その後2026年第2四半期の実績を反映した集計(2026年8月6日発表)では2026年通期を1兆6,550億ドル規模(前年比約108%増)まで積み上げました。メモリICだけで2026年に8,039億ドル規模になる見通しで、これは2025年の世界半導体市場全体を上回る金額です。市場規模の急拡大は「AIが伸びている」という一言では終わりません。伸びの中身がメモリに極端に偏っているという事実が、後述する韓国・米国・日本のメモリ企業の力関係に直結しています。
世界半導体市場の規模(WSTS発表)
7,956億ドル 2025年実績(前年比+26.2%)|1兆6,550億ドル 2026年通期見込み(2026年8月発表・実績反映後)|8,039億ドル 2026年メモリIC単独の見込み
前工程の地図——「作れる場所」はTSMCの69.9%に集中している
前工程のうち、他社から製造を受託する「ファウンドリ」市場は、台湾のTSMCへの集中が年々強まっています。TrendForceの集計では、2025年の世界ファウンドリ市場でTSMCは売上高約1,225億ドル、市場シェア69.9%でした。2位の韓国サムスン電子(ファウンドリ事業)は7.2%、3位の中国SMICは5.32%にとどまります。上位10社の合計売上高は約1,695億ドル(前年比+26.3%)でした。この集中はさらに進んでおり、2026年1〜3月期には上位10社合計が過去最高の約479.5億ドルとなり、TSMC単独のシェアは72%まで上昇しています。「最先端の回路線幅を量産できる工場」は台湾に集中しており、AIサーバー向けの高性能チップを作れる場所が地理的に一極に偏っている状態が、後述する各国の補助金競争の背景になっています。
| 工程 | 直近の世界市場規模(時点) | 厚い国・企業 |
|---|---|---|
| 設計(ファブレス) | 上位企業だけでNVIDIA1社が約1,243億ドル(2024年) | 米国(NVIDIA・Qualcomm・Broadcom・AMD)、台湾(MediaTek) |
| 前工程・ファウンドリ | 上位10社合計約1,695億ドル(2025年) | 台湾TSMC69.9%、韓国サムスン7.2%、中国SMIC5.3% |
| メモリ(DRAM・NAND) | DRAM市場でサムスン1社が約374億ドル(2026年1〜3月期) | 韓国サムスン・SKハイニックス、米国マイクロン、日本キオクシア |
| 後工程(OSAT) | 上位10社合計約415.6億ドル(2024年) | 台湾ASE44.6%、米国Amkor15.2%、中国JCET12.0% |
| 装置 | 世界売上高1,351億ドル(2025年) | オランダASML、米国Applied Materials・Lam Research・KLA、日本東京エレクトロン |
| 材料 | 世界売上高732億ドル(2025年) | 台湾が最大消費地。日本企業がシリコンウェハ・フォトレジストで存在感 |
接点①後工程——ASE・Amkor・JCETという三強と、日本の装置がつなぐ現場
できたチップを切り出し、パッケージに封止し、検査する「後工程」を受託する企業群をOSATと呼びます。TrendForceの集計では、2024年の後工程受託上位10社の合計売上高は約415.6億ドル(前年比+3%)で、台湾のASE(44.6%)、米国のAmkor(15.2%)、中国のJCET(12.0%)の三社が上位を占め、台湾・米国・中国だけで7割を超えます。日本企業が受託生産の主役ではない一方、この工程を支える製造装置では日本企業の存在感が残っています。ダイシング装置(チップの切り出し)のディスコ、モールディング装置のTOWA、モールド樹脂の住友ベークライトなど、特定の作業だけを担う専業メーカーが世界的な地位を保っています。日本企業が後工程に触れる入り口は「受託そのもの」ではなく「受託工場が使う道具」にある、という構図です。
装置の地図——ASMLが握る露光と、東京エレクトロンが守る二つの工程
SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の発表では、2025年の世界半導体製造装置の売上高は前年比15%増の1,351億ドルで過去最高となりました。地域別では中国493億ドル・台湾315億ドル・韓国258億ドルの3地域が世界の79%を占め、日本は95億ドル(前年比+22%)でした。装置メーカーの世界地図はさらにはっきりしています。露光装置のうち最先端のEUV(極端紫外線)露光装置は、オランダのASMLしか量産できません。前工程装置(ウェハ加工装置)に絞った調査会社TechInsightsの集計(2025年)では、ASMLが売上高275億ドルで首位、米Applied Materialsが210億ドルで続き、東京エレクトロン(2025年3月期の連結売上高は2兆4,315億円、前年比+32.8%)は塗布・現像装置で事実上の寡占を持ちながら世界トップ5の一角を占めています。1社で全工程をカバーできるメーカーはなく、工程ごとに1〜2社しか作れない「専用品の寡占」が装置産業の実態です。
接点②材料——シリコンウェハとフォトレジストで日本が消えない理由
SEMIの発表では、2025年の世界半導体材料市場は前年比6.8%増の732億ドルで過去最高でした。ただし材料を最も多く買っている地域は、生産拠点が集中する台湾(217億ドル)・中国(156億ドル)・韓国(112億ドル)で、日本はこの「消費額」では68億ドルの4位にとどまります。つまり材料を作っているのが日本、使っているのが台湾・中国・韓国という分業です。作る側で見ると、シリコンウェハでは信越化学工業(2025年3月期の全社連結売上高2.6兆円)とSUMCO(2025年12月期の連結売上高約4,097億円)の2社が長年世界の上位を占め、フォトレジスト(感光剤)でも日本企業数社が高いシェアを持つとする業界推計が複数あります。工程ごとの正確な世界シェアは調査機関により数値が異なるため本稿では断定を避けますが、複数の業界推計が一致して示すのは「日本企業が姿を消していない、ほぼ唯一の量産関連工程が材料である」という点です。
1986年、日本が「作る」を手放した日——日米半導体協定という転換点
日本のDRAM(記憶用半導体)が世界市場を席巻していた1980年代、日米間の貿易摩擦を受けて1986年9月2日、日米半導体協定が結ばれました。協定は日本製DRAMのダンピング防止に加え、日本国内市場での外国製半導体のシェアを引き上げることを求めるもので、当時の日本国内シェア(10%以下という説明が交渉当事者からされている)を大きく上回る水準を目指す内容でした。1991年には第二次協定が結ばれ、効力は1996年まで続きます。同じ時期、台湾では1987年、政府系研究機関ERSOからスピンオフした張忠謀(モリス・チャン)氏がTSMCを設立し、世界で初めて「製造だけを受託するファウンドリ」というビジネスモデルを打ち出しました。日本企業が協定対応と価格規制に追われている間に、台湾は設計と製造を分離する水平分業モデルを一から作り上げ、韓国のサムスン電子もDRAMで投資を積み増していきます。
読み解きのポイント 日米半導体協定そのものが日本の競争力を直接奪ったわけではありません。協定が求めた市場開放・価格監視への対応に経営資源が割かれている間に、台湾・韓国が新しい分業モデルへ先行して投資したことが、その後10年の力関係を決めています。
なぜ装置と材料だけ生き残ったのか——IDMの崩壊と現場技術は別の話
日本の総合電機各社は、設計から製造まで自社で抱える「IDM(垂直統合型デバイスメーカー)」の形を長く維持しました。少量多品種の設計を得意先ごとに請け負うファウンドリ、あるいは製造を持たないファブレスへの転換は、量産品のDRAMでは合理的でも、多品種のSoC(システムLSI)には向きません。財務省の財政制度等審議会に経済産業省が提出した資料(2024年11月、OMDIA2021年値に基づく)は、先端ロジック半導体の設計はほぼ米国、量産の6割は台湾に集中する一方、日本企業は半導体製造装置で「米国に続く約3割」、主要な半導体部材(材料)で「約半分」のシェアを持つとまとめています。装置・材料は「特定の工程だけを極める専業メーカー」の集積で成り立つ産業であり、総合電機の事業再編や統合の影響を受けにくかったことが、設計・量産と装置・材料で明暗が分かれた理由です。
2023年7月23日、日本も対中輸出管理に加わった——装置23品目という一線
2022年10月、米国が対中半導体輸出規制を大幅に強化したのを受け、日本政府も追随しました。経済産業省は2023年5月23日に外国為替及び外国貿易法に基づく省令改正を公布し、同年7月23日、先端半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加しました。対象は洗浄(3品目)・成膜(11品目)・熱処理(1品目)・露光(4品目)・エッチング(3品目)・検査(1品目)に分かれ、輸出管理を厳格に実施している42の国・地域向けを除き、経済産業大臣の個別許可が必要になります。同年9月1日にはオランダ政府もASMLの先端DUV(深紫外線)露光装置に許可制を導入し、日米蘭がほぼ同時期に規制を協調させました。装置と材料で日本企業が世界的な地位を持つことは、平時は強みですが、地政学リスクが高まった局面では、輸出管理の実務そのものが日本企業の事業判断に直接のしかかる立場になったことを意味します。
ラピダスに2.9兆円、TSMC熊本に1.2兆円——補助金が地図を描き直している
輸出管理と並行して、各国政府は自国内での量産能力の確保に巨額の補助金を投じています。日本政府は2ナノメートル世代の量産を目指すラピダスに、2026年4月11日時点で累計2兆3,540億円の研究開発支援を決定済みで、2025年11月21日発表分を含めると2027年度までの累計支援額は約2.9兆円に達する見込みです。TSMCの熊本工場(JASM)には、第1工場に最大4,760億円、2024年2月24日発表の第2工場に最大7,320億円、合計最大1兆2,080億円を補助しています。海外でも、米国は2022年8月成立のCHIPS・科学法で半導体関連に527億ドル(製造補助390億ドル・研究開発110億ドル等)を投じ、TSMC米国拠点に最大66億ドル、Intelに最大78.6億ドルを配分しました。EUも2023年7月成立の欧州半導体法で官民合計430億ユーロの資金動員を掲げています。補助金は「どこで作るか」を市場原理ではなく政策で決める力を持ち始めており、地図の書き換えは民間投資だけでは説明できなくなっています。
| 国・地域 | 制度・案件 | 規模(時点) |
|---|---|---|
| 日本 | ラピダスへの研究開発支援 | 累計2兆3,540億円(2026年4月時点)、2027年度までに約2.9兆円見込み |
| 日本 | TSMC熊本(JASM)第1・第2工場補助 | 合計最大1兆2,080億円 |
| 米国 | CHIPS・科学法(2022年8月成立) | 半導体関連527億ドル(製造390億ドル等) |
| EU | 欧州半導体法(2023年7月成立) | 官民合計430億ユーロの資金動員目標 |
中国の装置国産化率25%という逆説——規制が自給を育てている
輸出管理は短期的には中国の先端製造能力を制約しましたが、長期的には別の効果も生んでいます。日本経済新聞グループの報道機関の取材によれば、中国の産業調査会社MIRの分析では、中国国内の前工程装置市場に占める中国製装置の比率(国産化率)は2024年時点で約25%でした。中国最大の装置メーカーである北方華創科技(NAURA)は2024年12月期の売上高が約298億元となり、米中摩擦が始まった2018年12月期の約9倍、東京エレクトロンの約4分の1の規模まで成長しています。エッチング装置に強い中微半導体設備(AMEC)と合わせた「中国2社」は、海外製が調達しにくくなった分だけ、自国のファブでの採用機会を増やしました。露光装置のような最先端分野では依然差が大きいものの、成熟世代を中心に「使わざるを得ないから使ってみる」という国内での実装機会が、規制のなかった時代よりも増えている状態です。輸出管理は中国の技術進化を遅らせる目的で導入されましたが、成熟プロセス帯では国産化を後押しする副作用も同時に起きています。
接点③設計とファブレス——日本にNVIDIAがいない理由と、残る入り口
設計に専念し製造を持たない「ファブレス」企業の世界は、米国と台湾が中心です。TrendForceの集計(2025年3月発表)では、2024年のファブレス企業売上高トップはNVIDIAで1,243億ドルを超え、上位10社に占めるシェアは50%に達しました。2位Qualcomm(348億ドル)、3位Broadcom(306億ドル)、4位AMD(258億ドル)、5位MediaTek(165億ドル)と続きます。日本企業はこのランキングの上位に入っていません。東京エレクトロンの技術者向けレポートも、日本には量産品のDRAMのような単純な製品にはIDMで対応できても、多品種のSoCを企画から手掛けるファブレス顧客がまだ育っていないと指摘しています。例外の一つがソシオネクストで、2026年3月期の連結売上高は2,008億円(製品売上1,618億円、設計受託にあたるNRE売上383億円)と、車載・データセンター向けカスタムSoCの設計受託で存在感を持ちます。日本企業が半導体に関わる入り口は、量産の主役になることではなく、材料・装置・後工程の道具・設計受託という、工程の隙間を専業で押さえることにあります。
よくある質問
Q. 「半導体で日本は弱くなった」という言い方は正しいですか?
工程によって差があります。設計・前工程の量産では存在感が薄くなりましたが、装置・材料では2025年時点でも世界的な地位を保っている企業が複数あります。「半導体」を一括りにすると実態を見誤ります。
Q. TSMCがなぜそれほど強いのですか?
1987年に製造だけを受託する「ファウンドリ」モデルを世界で最初に確立し、その後数十年にわたり最先端ノードへの投資を継続したためです。2025年のファウンドリ市場では69.9%のシェアを占めています。
Q. 日本にも量産工場は増えていますか?
TSMCの熊本工場(JASM)や、ラピダスの北海道千歳工場など、政府補助を伴う新規投資が進んでいます。ただし世界の最先端量産能力の中心は依然として台湾です。
Q. 輸出管理は日本企業にどう影響しますか?
装置・材料で世界的な地位を持つ企業ほど、輸出先の絞り込みや許可申請の実務対応が増えます。平時の強みが、規制強化時には対応コストに転じる点に注意が必要です。
主な出典
WSTS(世界半導体市場統計)2026年春季予測(2026年6月2日発表)/WSTS Q2 2026 Release(2026年8月6日発表)/ジェトロ「世界半導体市場は2026年に1.5兆ドル超え」(2026年6月)/SEMI「世界半導体製造装置販売額1,351億ドル」(2026年4月7日発表)/SEMI「世界半導体材料市場732億ドル」(2026年5月12日発表・MMDSレポート)/TrendForce調査(世界ファウンドリ市場・OSAT市場・ファブレス市場・DRAM/NANDシェア、各news配信・2025〜2026年発表分)/経済産業省・外国為替及び外国貿易法に基づく貨物等省令改正(2023年5月23日公布・7月23日施行)/ASML「Statement regarding export control regulations Dutch government」(2023年6月30日)/経済産業省発表・Rapidus支援決定(2026年4月11日/2025年11月21日)/経済産業省発表・TSMC熊本第1・第2工場補助決定(2024年2月24日等)/米CHIPS and Science Act(2022年8月9日成立・議会資料)/日経BizGate「急成長する中国の半導体製造装置メーカー」(MIR調査引用)/財務省・財政制度等審議会提出資料(経済産業省作成・OMDIA2021年値、2024年11月)/東京エレクトロン2025年3月期決算短信/信越化学工業2025年3月期決算資料/SUMCO2025年12月期決算短信/ソシオネクスト2026年3月期決算短信。数値はいずれも発表時点のものであり、以後の実績確定・規制変更により変動する可能性があります。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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