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南アフリカのプラチナ族金属——触媒需要はいつ転換したのか
2026.08.09 更新 / PROVE通信編集部
監修:森英朗(グループ代表)
南アフリカのプラチナ族金属——触媒需要はいつ転換したのか

南アフリカのプラチナ族金属——触媒需要はいつ転換したのか

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2025年、旧アングロ・アメリカン・プラチナムはアングロ・アメリカン本体から分離し、バルテラ・プラチナム(Valterra Platinum)としてヨハネスブルグ証券取引所に本上場、ロンドンに副上場しました。同年の精鉱中金属量(M&C、5E+金)は320.06万オンス(前年比10%減)、精錬は341.2万オンス。一方でドル建てバスケット価格は年末に1オンスあたり2,562ドルまで89%上昇し、実現平均は1,852ドル(+26%)でした。電気自動車(EV)が触媒需要を終わらせる、という読みは、この1年では価格にも生産にもそのままは現れませんでした。世界プラチナ投資協会(WPIC)の2026年第1四半期では、自動車向けプラチナ需要は72.0万オンス、定置用水素などは1.8万オンスです。転換点は「水素に置き換わった」ではなく、「EV一辺倒の需要崩壊シナリオが、ハイブリッドと排出規制で先送りされた」側にあります。

当コラムで注目する用語

  • PGM(プラチナ族金属):プラチナ、パラジウム、ロジウムなど。自動車触媒や投資需要の中核金属。
  • バルテラ・プラチナム:旧アングロ・アメリカン・プラチナムが2025年に分社した鉱山会社。JSE本上場。
  • バスケット価格:複数のPGM価格を加重平均した指標価格。鉱山収益の目安になる。
  • 自動車触媒:排ガス中の有害物質を浄化する装置。プラチナ・パラジウム・ロジウムを使う。
  • WPIC:世界プラチナ投資協会。プラチナ需給の四半期見通しを公表する業界団体。
  • M&C(精鉱中金属量):鉱山が生産した精鉱に含まれる金属量の指標。精錬量とは別系列で見る。

転換点の前——触媒が需要の4割前後を占めてきた

WPICによれば、過去5年、自動車触媒向けプラチナは総需要の36〜44%を占めてきました。産業用途は5年平均で約30%、宝飾は約27%、投資需要はマイナス8%から14%まで振れます。南アフリカの鉱山会社にとって、ガソリン・ディーゼル車の排ガス触媒は、四半期のキャッシュフローを決める本丸でした。日本の自動車メーカー・触媒メーカーにとっても、南ア産のプラチナ・パラジウム・ロジウムは調達の中核です。この構造が「EVで消える」と読まれた時期が、価格低迷と鉱山のコスト削減・減産議論を同時に走らせました。転換点を語るなら、まずこの比率を固定してください。水素の話は、まだこの4割の隣にある小さな列です。列の大きさを見ずに物語だけを追うと、契約更改の判断が遅れます。

2025年2月——アマンデルブルト浸水と分社が重なった

バルテラの2025年通期では、自山生産が206.03万オンス(6%減)となりました。主因は2025年2月、異常降雨によるアマンデルブルト鉱山の浸水です。下半期には同鉱山がフル生産に戻り、H2の生産量は前年同期比10%増でした。精鉱購入(POC)は114.03万オンス(3%減、クルーンダルのトール条件変更を調整後)。精錬は13%減の341.2万オンス、販売は15%減の345.43万オンス。同じ年にアングロ本体からのデマージャーが完了し、残少数持分も売却されて完全独立しています。生産が減り、価格が上がり、会社の看板が変わった——2025年は供給ショックと資本再編が重なった年です。日本の調達担当が「南ア供給は安泰」と見なせない理由は、地質リスクより先に、この天候と組織再編の同時発生にあります。

同じ2025年——バスケット価格が89%戻った

ドル建てバスケット価格は2025年中に89%上昇し、年末2,562ドル。実現平均はドル建て1,852ドル(+26%)、ランド建て3万2,611ランド(+22%)です。EBITDAは334億ランド(+68%)。コスト削減50億ランド(目標40億を超過)、浸水関連の保険収入23億ランドも寄与し、期末は純現金115億ランド(6月末は純負債49億ランド)まで戻りました。通期配当は1株45ランド、特別配当を含む還元率71%。価格回復の中身は、単なる投機というより、自動車触媒需要が「急減しなかった」ことと、供給側の減産・在庫放出が重なった結果です。EV減速が触媒需要を下支えした、という読みは方向としては整合します。ただしバルテラ自身は「中長期のファンダメンタルが価格を支える」と述べるにとどまり、EV台数の公式内訳は決算本文の主戦場ではありません。

2026年前半——浸水からの戻りとマージン50%

2026年第1四半期、M&Cは74.35万オンス(前年同期比7%増)。通年ガイダンスはM&C・精錬とも300万〜340万オンスで据え置き、現金操業コストは1オンスあたり1万9,000〜2万ランド、AISC(維持全込コスト)は3Eオンスあたり約1,050ドル(1ドル=17ランド前提)です。中間期(H1 2026)ではM&Cが151.89万オンス(+4%)、自山は101.18万オンス(+9%)。自山事業のEBITDAマージンは50%(前年同期22%)。ランド建てバスケット価格の上昇と、浸水・分社関連の一時費用がなくなったことが主因です。中東情勢に伴う投入コスト増は約7.2%のうち約1%(約3億ランド)と説明されています。転換後の姿は、「減産企業」ではなく「価格が戻ったあとの高マージン鉱山」です。日本企業が長期契約を見直すなら、このマージン局面で供給者側の交渉力が上がっている、と見るべきです。

自動車触媒——2026年Q1は72.0万オンス(前年比6%減)

WPIC/Metals Focusの2026年第1四半期、自動車向けプラチナ需要は72.0万オンス(前年同期比6%減、4.6万オンス減)。通年は2%減の295.9万オンス見込みです。触媒需要はハイブリッドと大型車、排出規制(欧州ユーロ7、米中の規制更新)で下支えされ、純粋な内燃機関の乗用車減を完全には打ち消していません。中国では燃料電池の大型車が伸びる一方、純粋ICE乗用車は減り続ける、という地域差も同四半期の解説に出ます。つまり「EV減速=触媒が再び増える」は単純すぎます。実態は、ハイブリッド化と規制強化が、触媒需要の減少速度を緩めている段階です。日本の触媒・化学メーカーにとっての含意は、南ア調達を「水素待ち」で止める理由にはならない、という点です。まだ本丸は排ガス触媒です。

水素——Q1の定置その他は1.8万オンス

同じWPIC四半期で、定置用水素その他は1.8万オンス(前年同期比9%増、前四半期比では減少)。注記では自動車用燃料電池車(FCEV)需要は別扱いです。中国は2030年のFCEVフリート目標を10万台へ引き上げ(2025年時点3.1万台との整理)、水素は「長期の加速要因」とWPICも位置づけます。しかしオンス数で並ぶと、自動車触媒72.0万に対し定置水素1.8万は約40分の1です。2025年の水素導入が政策主導で膨らんだ反動で、2026年の定置導入はペースが落ちる、という見立ても同資料にあります。南ア政府の水素戦略やHySAは、国内需要を作る試みとして重要ですが、2026年の鉱山キャッシュフローを決める規模にはなっていません。日本企業が「水素用プラチナ」を今四半期の調達主戦場にするのは、数字が合いません。

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次の供給——モガラクウェナ地下とモートトロの立坑

価格が戻っても、南アPGMの寿命は新規鉱量で決まります。バルテラはモガラクウェナのサンドスルート地下について、2025年に事前可行性調査を終え、可行性調査を2027年上期の投資判断に向けて進めています。同鉱山では剥土比を22%改善した、とも通期で説明しています。モートトロのデル・ブロッヘン立坑は風化帯を抜け、すべての開発エンドが鉱脈に到達、総掘進長は107%改善、即時利用可能な鉱量は9%増です。2026年の設備投資ガイダンスは170億〜180億ランドで、前回より10億〜20億ランド下方修正。冬の電力料金が高いため、処理設備の保全と棚卸を年央に移し、通年の生産を平準化する、というオペレーション変更も出ています。転換点の「需要側」だけでなく、供給側は省電力と地下化の投資判断が2027年に集約されます。日本の長期調達は、この投資判断の前後で数量確約の年限を揃える必要があります。

日本企業の調達——転換点で何を固定するか

日本の自動車・触媒・化学は、南アの精錬能力と長期オフテイクに依存してきました。バルテラはロンドン・シンガポール・上海に販売拠点を持ち、加工一体型を売りにしています。転換点後の実務は三つです。(1) 触媒向けの数量と品位を、ハイブリッド前提で2026〜27年まで固定する。(2) 水素・電解槽向けは別枠の小ロットとし、WPIC四半期のオンスで上限を置く。(3) 供給途絶(浸水・停電・労使)の代替を、ジンバブエ(ウンキ等)とリサイクルで明示する。リサイクルはWPICが供給の二本柱の一つと位置づける二次供給です。長期契約の更改時期が2026年に重なる会社は、価格フォーミュラにバスケット(5E)とロジウム条項が残るかも確認してください。看板がアングロからバルテラに変わったことで、契約の相手方法人名も更新が必要です。

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提案で起きやすい飛躍——「価格が戻った=水素需要が立った」ではない

誤解の一つは、2025年のバスケット89%上昇を水素需要の証拠だとする読みです。上昇は自動車触媒の粘りと供給減、投資需要の振れが重なった結果で、水素の1.8万オンスでは説明できません。二つ目は、EV減速で内燃機関が復活し、触媒需要がV字回復する、という読みです。WPICの2026年見通しは自動車向け2%減です。三つ目は、分社で供給が不安定になった、という過度な警戒です。H1 2026は自山が戻り、マージンは拡大しています。正しく時系列を置くなら、転換点は「触媒消滅→水素」ではなく、「触媒の減少速度が緩み、価格が供給制約と重なって戻った」年です。

この先の90日——転換点を調達表に落とす

90日の成果物は次の五つです。(1) バルテラ2025年のM&C 320万オンス・実現バスケット1,852ドル・分社完了を1枚にする。(2) 2026年ガイダンス300万〜340万オンスとH1実績151.89万オンスを並べる。(3) WPICの自動車72.0万オンスと水素定置1.8万オンス(2026Q1)を同じ表に置き、桁の違いを一行で書く。(4) 自社の南ア契約の相手方名義(バルテラへの変更有無)とロジウム条項を確認する。(5) 経営会議には「水素が来る」ではなく、「触媒がまだ本丸、水素は別枠」と出す。可能ならサンドスルートの2027年H1投資判断を調達年限のマイルストーンに書く。五つがあれば、次のEV販売ニュースで調達方針を書き換えずに済みます。

読み解きのポイント ①2025年:アングロからバルテラへ分社 ②M&C 320万オンス(-10%)、アマンデルブルト浸水 ③バスケット年末2,562ドル(+89%) ④WPIC 2026Q1:自動車72.0万オンス vs 水素定置1.8万オンス ⑤転換点は水素置換ではなく、触媒減少の減速

南アフリカのプラチナ族金属で2025〜26年に起きた転換は、水素需要の本格化ではありません。触媒需要の減少が緩み、供給ショックと分社を挟んで価格が戻ったことです。日本企業が固定すべきは、水素の物語ではなく、触媒数量と契約名義です。名義がバルテラに更新され、数量がハイブリッド前提で置けたとき、調達方針は次の四半期のEVニュースに左右されなくなります。

よくある質問

Q. アングロ・アメリカン・プラチナムはまだありますか?

2025年に分社し、現在の社名はバルテラ・プラチナムです。JSE本上場、LSE副上場です。

Q. EV減速で触媒需要は増えますか?

WPICの2026年見通しは自動車向けプラチナ2%減です。減少速度が緩む、が近い表現です。

Q. 水素用プラチナはどれくらいですか?

2026年Q1の定置用水素その他は1.8万オンス。同時期の自動車向け72.0万オンスとは桁が違います。

Q. 日本企業は何を先に確認すべきですか?

契約の相手方名義、触媒数量、ロジウム条項、浸水・停電時の代替供給です。

主な出典

Valterra Platinum Annual Results 2025/H1 2026中間結果/2026年Q1生産報告/WPIC Platinum Quarterly Q1 2026(自動車72.0万オンス、水素定置1.8万オンス)。

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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。

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