「禁輸」と「許可制」は違います。中国が2023年以降に積み上げた重要物資の輸出管理は、多くが後者——つまり商務部の許可がなければ出せない仕組みです。ガリウム・ゲルマニウム、アンチモン、黒鉛、中重稀土と対象が広がり、価格は跳ね、通関は止まり、企業は在庫と代替と設計変更を同時に走らせました。歪みの正体は、供給がゼロになったことだけではありません。いつ許可が下りるか読めない不確実性が、調達・在庫・価格のリスクプレミアムを恒常化したことです。一次公告の日付から先に押さえ、日本企業が今取るべき分岐を問い直します。感情的な「中国リスク」論より、条文とBOMの突合のほうが、四半期の意思決定には使えます。
何が「歪んだ」のか——数量不足か、それとも予測可能性か
サプライチェーンの歪みを語るとき、まず区別すべきは「物理的に物が来ない」と「来るが、いつ・いくらで来るか読めない」です。中国の両用品目輸出管理は、後者を制度化したケースが多い。輸出事業者は国務院商務主管部門へ許可申請し、通関時に管制物項かどうか・両用品目管制コードを申告します。許可が下りるまでの待機、用途・需要者の審査、米国向けなど相手国別の追加条項——これらがリードタイムと価格に乗ってきます。2023年8月の施行直後、中国税関統計では鍛造ガリウム・ゲルマニウムの輸出が一時ゼロ近くまで落ちた月があり、その後細く再開した、というのが米国国際貿易委員会(USITC)の整理です。歪みの第一相は「停止」、第二相は「許可つきの細流」、第三相は「価格と在庫の再設計」です。
2023年8月1日——ガリウム・ゲルマニウムが許可制になった日
商務部と税関総署は2023年7月、ガリウム・ゲルマニウム関連物項の輸出管制を公告し、同年8月1日から施行しました。対象は金属ガリウム、窒化ガリウム、酸化ガリウム、ヒ化ガリウムなどガリウム系、金属ゲルマニウム、ゲルマニウムエピタキシャル基板、二酸化ゲルマニウムなどゲルマニウム系で、両用品目として許可なく輸出できません。半導体・光通信・赤外・太陽電池などに広く使われる素材で、中国は世界供給の大半を握るとされます。施行直後は許可申請の準備そのものに時間がかかり、8〜9月に輸出が急減。その後許可が下りた案件から再開する、というのが現場の体感でした。申請から許可まで数週間〜約2か月かかるとの取引業者の証言もあり、リードタイムの不確実性自体がコストになりました。ここが第一の転換点であり、以降の公告は「同じ型の拡大」として読めます。
価格は何を示したか——ロッテルダム建値でガリウムが倍以上
価格は、許可制の実測影響を数字で見せます。Fastmarketsの評価では、ガリウム(99.99%以上、ロッテルダム倉庫渡し)は、中国の輸出管理発表直前の2023年6月末時点で1キロあたり250〜265ドル程度だったものが、同年12月中旬には500〜600ドルへ——約114%上昇した、と整理されています。USITCは、中国国内建値でも2023年10月にガリウムが1キロ1,975元前後まで上がり、7月比で約18%増、欧州市場ではより大きな上昇が見られた、と報告しています。ゲルマニウムも同年にかけて上昇局面に入りました。重要なのは「永久に高止まり」かどうかではなく、発表から半年で価格発見の場が中国外の在庫争奪に移った、という事実です。日本は中国産鍛造ガリウムの主要仕向け先の一つであり、欧州バイヤーと在庫を奪い合う局面が報じられました。スポットが落ち着いても、許可審査のバッファを原価に織り込む企業が増えた、というのが中期の変化です。
2024年9月15日——アンチモンが加わった
商務部・税関総署公告2024年第33号(2024年8月15日公表)は、アンチモン関連物項と金アンチモン製錬分離技術などに輸出管制を課し、2024年9月15日から施行しました。対象にはアンチモン鉱・原料、金属アンチモン、高純度酸化アンチモン、有機アンチモン化合物、インジウムアンチモンなどが含まれます。難燃剤・鉛蓄電池・半導体・赤外材料など用途が広く、ガリウム・ゲルマニウムとは別の産業地図を動かします。超硬材料関連も同系統の管制強化の流れに位置づけられます。日本企業にとっては「半導体素材の話」で終わらず、樹脂・電池・光学・防衛民生両用の部材リストを洗い直す契機になりました。許可制が品目を増やすたび、調達部門のBOM監査範囲が広がります。
2024年12月3日——米国向けに「原則不許可」が重なった
商務部公告2024年第46号(2024年12月3日)は、両用品目の対米輸出を強化しました。軍事ユーザー・軍事用途への輸出禁止に加え、ガリウム・ゲルマニウム・アンチモン・超硬材料関連の対米輸出は原則として許可しない、黒鉛の対米輸出は最終需要者・最終用途の審査をより厳格にする、と明記しています。さらに、中国原産の該当物項を第三国経由で米国に移転・提供した場合も法的責任を問う、という文言があり、単純な直送回避では済まない設計です。日本企業が米国顧客向けに中国素材を使う場合、自社が「移転」の当事者になり得るかを契約と原産地証明で確認する必要が出ました。歪みは中国→日本の一本線ではなく、中国→日本→米国の二段でも起きます。
2025年4月4日——中重稀土が管制リストに載った
商務部・税関総署公告2025年第18号は、2025年4月4日からサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムなど中重稀土関連物項に輸出管制を実施すると定めました。金属・合金・ターゲット・酸化物・化合物、さらにはサマリウムコバルトやジスプロシウムを含むネオジム鉄ボロン系の永久磁石材料まで含まれます。EV駆動用磁石、風力、精密モータ、一部の電子デバイスにとって、原料だけでなく磁石そのものが許可対象になる、という意味で影響が広い。手続は他の両用品目と同様、商務主管部門への許可申請と通関時のコード申告です。稀土はもともと中国依存度が高い品目群であり、管制は「供給の地理」そのものを経営課題に押し上げました。日本の自動車・電機・工作機械にとって、磁石は「部材の一つ」ではなく駆動系の性能そのものに直結するため、代替組成や在庫の議論が一気に経営会議へ上がります。
2025年11月——対米条項の一時停止という、もう一つの歪み
商務部公告2025年第72号は、2025年11月9日から2026年11月27日まで、2024年第46号の第二款(ガリウム等の対米原則不許可など)の実施を停止するとしました。軍事用途禁止(第一款)は継続です。同じ年に稀土管制を強化し、別の条項では対米向けを一時緩める——この振幅自体がサプライチェーンを歪めます。企業は「恒久的デカップリング」前提で代替投資を進めるのか、「窓があるうちに在庫を積む」のかを同時に判断しなければなりません。停止期間の終了後に条項が戻るか、別の形で再設計されるかは未確定です。実務では、停止を「終わった」と読まず、有効期限つきのシナリオとして在庫計画に入れるのが安全です。緩和のニュースだけで代替プロジェクトを止めるのは、もっとも危険な読み方です。
企業はどう応じたか——在庫、代替、リサイクル、設計変更
公表ベースで見える反応は四つに分かれます。第一は在庫の積み増しと先買い。施行前後に価格が跳ねたのは、実需に加えて在庫需要が重なったためです。第二は非中国ソースの開拓とリサイクル。亜鉛製錬の副産物としてのゲルマニウム回収、ガリウムの二次回収、米国防総省の戦略物資回収プログラムのような公的在庫・回収は、量は限定的でも「ゼロではない」ことを示します。第三は用途・顧客の見直し。対米原則不許可の局面では、最終需要が米国の製品設計から中国素材を外す動きが加速します。第四は設計変更——代替化合物、磁石組成の見直し、使用量の削減です。日本の化学・電子材料各社は、IRや業界取材で「許可取得と在庫運用」「調達多様化」を並記するケースが増えました。いずれも「一発で解決」ではなく、コストとリードタイムの恒常的上乗せです。
若手が誤解しやすい一点——「輸出禁止」ではない
見出しでは「禁輸」「輸出停止」と書かれがちですが、多くの公告の本体は許可制(ライセンス制)です。許可が下りれば輸出は可能で、実際に細流は再開しています。誤解の二つ目は、「日本向けは対象外だから安心」です。対米条項や第三国移転の規定がある局面では、最終需要地が米国の製品に日本経由で素材が流れると、リスクが残ります。三つ目は、「価格が下がったから終わった」です。価格の一服は在庫の吐き出しや許可の再開で起き得ますが、制度そのものが消えたわけではありません。読むべきはスポット価格の日次ではなく、商務部公告の有効条文と自社BOMの突合です。制度そのものは消えず、これからも残ります。
日本企業が今取るべき分岐——在庫か、代替か、設計変更か
分岐は三つあります。在庫戦略は、許可遅延と価格スパイクを吸収する最短手段ですが、運転資本と陳腐化リスクを抱えます。代替調達は、非中国精錬・リサイクル・第三国在庫への切り替えで、品質認証に時間がかかります。設計変更は、最も時間がかかるが依存度を根本から下げます。優先順位の付け方は、①自社BOMでガリウム/ゲルマニウム/アンチモン/黒鉛/中重稀土・磁石の含有を洗い出す、②最終需要地(とくに米国)を契約上特定する、③許可・通関のリードタイムを四半期KPIにする、④停止期間(例:2026年11月27日までの対米条項停止)をカレンダーに入れる——の順が実務的です。歪んだのは地図の線ではなく、線の上の「時間」と「確実性」です。そこを経営指標に載せた企業から、次の四半期の調達は安定します。法律の条文を読む担当と、BOMを持つ担当を同じテーブルに乗せること——それが最初の実装です。
読み解きのポイント ①本体は禁輸ではなく許可制 ②2023-08 ガリウム・ゲルマニウム、2024-09 アンチモン、2024-12 対米強化、2025-04 中重稀土 ③ガリウム価格は発表前比で一時約2倍超(ロッテルダム建値) ④2025-11から対米条項の一時停止(〜2026-11-27) ⑤分岐は在庫/代替/設計変更の三択
中国の重要物資輸出管理は、サプライチェーンを「止めた」というより、「読めなくした」ことで歪めました。追うべきは感情的なデカップリング論ではなく、公告の日付・対象物項・相手国条項・自社BOMの四点です。そこまで分解できれば、次に更新すべき在庫と代替の優先順位も見えてきます。
よくある質問
Q. 中国は重要物資の輸出を禁止したのですか?
多くの措置は輸出禁止ではなく、両用品目としての許可制です。許可があれば輸出は可能ですが、審査と待機がリードタイムになります。
Q. どの品目がいつ対象になりましたか?
代表例は2023年8月施行のガリウム・ゲルマニウム、2024年9月施行のアンチモン、2025年4月施行の中重稀土関連です。2024年12月には対米向けの追加条項が重なりました。
Q. 価格への影響はどの程度でしたか?
ガリウムのロッテルダム建値は、発表直前比で2023年12月時点に約114%上昇したとの市場評価があります。品目・時点で差があります。
Q. 日本企業は何をすればよいですか?
BOMの洗い出し、最終需要地の特定、在庫/代替/設計変更の三分岐を四半期で更新することです。対米条項の一時停止期間もカレンダー管理してください。
主な出典
中国商務部・税関総署(ガリウム・ゲルマニウム輸出管制公告、2023年)/商務部・税関総署公告2024年第33号(アンチモン等、2024年8月15日/施行9月15日)/商務部公告2024年第46号(対米両用品目、2024年12月3日)/商務部・税関総署公告2025年第18号(中重稀土、2025年4月4日)/商務部公告2025年第72号(第46号第二款の一時停止)/USITC「Germanium and Gallium: U.S. Trade and Chinese Export Controls」/Fastmarkets ガリウム価格評価(2023年12月)/Reuters(2023年8月1日施行報道)。
PROVE通信では、海外事業と国内事業の判断に効く構造変化を、一次情報にあたって毎週お届けしています。プルーヴ通信の登録は無料です。個別のご相談はお問い合わせからどうぞ。
※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
「グローバルYOU」メールマガジン
海外進出・海外戦略の最新動向、国別レポート、実務で使えるチェックリストを月1回お届けします。登録はメールアドレスのみ・30秒で完了。
- 国別の最新規制・市場動向
- 進出・撤退の実例
- 限定の実務テンプレート
