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政変が起きた国からどう撤退する?|日本企業の判断基準と実際の手順
2026.08.18 更新 / PROVE通信編集部
監修:森英朗(グループ代表)
政変が起きた国からどう撤退する?|日本企業の判断基準と実際の手順

政変が起きた国からどう撤退する?|日本企業の判断基準と実際の手順

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政変のニュースが流れた夜に、駐在の帰国と工場の売却を同じ会議で決めようとすると、順番が崩れます。ご担当者様が先に見るのは、外務省の危険情報です。ただし企業が止める理由は、渡航の可否だけではありません。部品が届かない、港が動かない、貿易保険の引受が止まる、円に戻せない、が並びます。本記事では、退避・操業停止・撤退の分け方と、実際の手順をわかりやすく解説します。

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当コラムで注目する用語

  • 危険情報:外務省が国・地域ごとに出す渡航・滞在の目安。レベル1〜4。
  • 退避:駐在員と帯同家族など、人が現地を離れること。会社の清算とは別。
  • 操業停止:工場や店舗の稼働を止めること。雇用や資産は残ることが多い。
  • 撤退:株式の売却、会社の清算など、事業そのものを終わらせること。
  • 非常危険:戦争、革命、テロ、送金規制など、相手の支払能力以外で代金や投資が回収できない危険。NEXIの区分。
  • 海外投資保険:日本企業が海外子会社などへ出した投資の、収用・戦争・送金不能などをてん補する保険。

先に分けるのは、人・操業・会社の3つ

実務の逆算は、最後に残る「会社を閉じるか」から始めません。最初に残るのは人の安全です。次に、工場を回せるかの操業です。最後に、株式を売るか清算するかの撤退です。3つを1枚の稟議にまとめると、駐在の航空券と、現地の労働法と、買い手探しが同時に走り、どれも遅れます。

企業様が社内で使う言葉も、この3つに揃えてください。「ロシアから出る」だけでは、生産を止めるのか、販売を残すのか、法人を消すのかが分かりません。トヨタ自動車は、2022年3月4日にサンクトペテルブルク工場の操業を止め、同年9月23日に生産事業の終了を決めました。モスクワ拠点は縮小して再編し、既販車のサービスは残す、と公式に書いています。停止と、生産終了と、サービス残置は、同じ「ロシア」でも別の判断です。

例えば、危険情報がレベル4になっても、現地法人の清算登記は数か月かかります。人は先に動かし、会社の書類は後工程です。

外務省の危険情報は渡航と滞在の目安

外務省の海外安全ホームページは、危険情報を4段階に分けています。レベル1は十分注意、レベル2は不要不急の渡航中止、レベル3は渡航中止勧告、レベル4は退避勧告です。レベル4の本文は、「退避してください。渡航は止めてください」です。対象は国の全部とは限らず、州や国境付近だけ危険レベルが上がることもあります。

2026年1月16日、外務省はイランについて、首都テヘランを含むそれまでレベル3だった地域をレベル4へ引き上げ、全土を退避勧告としました。理由の要点は、インターネットと国際電話がつながりにくいこと、国際線の減便や急な運航停止です。滞在中の人へは、安全に出国できると判断できる場合は速やかに国外へ退避する、と書いています。これは渡航者・在留者向けの領事情報です。工場の売却期限を外務省が決めるわけではありません。

社内規定では、レベル3で新規出張を止め、レベル4で駐在の退避を始める、という線引きが多いです。線の位置は業種で変わります。現場作業が多い工事と、都市の事務所だけでは、同じ国でも動きが違います。経団連は海外安全対策の情報を会員向けに整理しています。自社の規定が、外務省の4段階と対応しているかを、平時に一度見てください。

企業が独自に見る送金・港湾・保険

危険情報と別に、企業が毎日見るのは、代金が円に戻るか、物が港を出るか、保険がまだ引き受けてくれるか、です。ジェトロが2025年1月27日〜2月7日にロシア所在の日系企業130社へ行った調査では、「一部もしくは全面的に事業(操業)を停止」が合わせて56.7%でした。「通常どおり」は35.8%です。停止の主な要因は、レピュテーション回避の自粛(57.9%)、日本政府の対ロ制裁(55.3%)、本社などの方針変更(42.1%)です。決済や資金移動の困難を挙げる割合は、前年調査より増えた、とジェトロは書いています。

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NEXI(日本貿易保険)は国ごとに引受方針を出します。戦争や制裁が続く国では、新規の輸出保険や投資保険が止まります。止まると、次の船積みを銀行が買い取りにくくなります。港湾のストライキや通関の滞留も、操業停止の独自指標です。NEXIの2024年度保険金支払の解説は、カナダの港湾ストライキを非常事由の例に挙げています。

例えば、危険情報がレベル2のままでも、現地銀行がドル送金を止めたら、駐在は残せて工場は止めざるを得ない、という組み合わせが起きます。指標は1本にしない方が、判断が遅れません。

駐在員と帯同家族を先に動かす

人の退避は、会社の清算より短い時間で終わります。航空券、ホテル、帯同家族の学校、旅券、現地の在留資格、が先です。外務省は在留届と「たびレジ」を求めています。レベルが上がる前に、誰がキーパーソンで、誰が残務か、を名簿にしておきます。

残す人を決めるときは、現地国籍の従業員と、日本からの駐在を分けます。駐在は退避勧告の対象になりやすく、現地従業員は労働契約と解雇規制の対象です。両方を同じ日に「全員帰国」と書くと、現地法に触れます。退避は、日本側の安全義務の話です。解雇は、現地の労働法の話です。

連絡が途絶える前提も要ります。イランの2026年1月の危険情報は、国際電話がつながりにくい、と明記しています。衛星電話や、第三国の拠点を中継にする手順を、レベルが上がる前に試してください。

現地雇用・在庫・契約は次の段

人が動いたあとに残るのは、給与、在庫、賃貸、代理店契約、銀行口座です。操業を止めても、家賃と保全の人件費は続きます。トヨタは、工場停止後も約2,000人の従業員に保全などの仕事を残し、給与を払い続けた、と報道されています。公式発表の本文は、従業員への支援と、サービス体制の維持を書いています。人数の一次確認は、公式の当該稿に無いため、本稿では人数を確定値にしません。残務の考え方として使うのは、「止めても保全は残る」です。

在庫は、輸出規制と制裁リストで動かせなくなることがあります。動かせない在庫を、撤退の売却価格に足すと、買い手が付きません。代理店契約は、現地法で補償金や在庫買取が決まっている国があります。解除条項の確認は、退避の飛行機より後で構いませんが、停止の週には着手します。

キリンホールディングスのミャンマー事業は、撤退方針の公表(2022年2月14日)から、株式譲渡の完了(2023年1月23日)まで約11か月です。人の退避より、合弁の解消の方が長い、という実例です。

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公表事例——停止から終了まで、合弁解消まで

ロシアのウクライナ侵攻は2022年2月です。トヨタは3月4日に部品調達難で操業停止、9月23日にサンクトペテルブルク工場の生産終了を公式発表しました。新車の生産は止め、既販車のサービスは残す、という分け方です。ジェトロの2025年2月調査では、「撤退済み・撤退の手続き中」と答えた2社の方法は、いずれも事業売却せず清算のみ、でした。停止が多い一方、法人を消すところまで進んだ社は、回答の中では少数です。

ミャンマーは2021年2月1日のクーデターです。キリンは2月5日、国軍の行動への遺憾と、国軍系企業MEHPCLとの合弁解消の方針を表明しました。2022年2月14日に撤退方針を取締役会で決め、6月30日に株式譲渡の基本合意、2023年1月23日に譲渡完了を適時開示しています。方法は、第三者売却や会社清算ではなく、合弁会社による自己株式取得です。早期の合弁解消を優先した、と開示にあります。

判断年月
操業停止トヨタ サンクトペテルブルク工場2022年3月4日
生産終了(サービスは残置)同・公式発表2022年9月23日
合弁解消の方針キリン×MEHPCL2021年2月5日表明/2022年2月14日方針
株式譲渡の完了Myanmar Brewery2023年1月23日

2社の違いは、トヨタが供給途絶で先に止まり、キリンが合弁相手との関係で先に撤退方針を出したことです。どちらが正しい、ではなく、引き金が違う、と覚えると社内のチェックリストが書けます。

貿易保険は戦争でも払うが、請求は遅れる

NEXIの海外投資保険は、戦争、内乱、革命、テロを戦争リスクの例に挙げます。パンフレットの説明では、戦争などでてん補対象企業が事業不能等になったこと、が保険事故です。ミサイルで工場が1か月休む、という設例もあります。個別の被保険者名は公表されません。

公開されているのは、年度の支払総額です。2023年度は約279億円。2024年度は約1,151億円で、NEXI創設以降で最大、と2025年7月の資料にあります。内訳は非常危険が約846億円(前年度比50倍超)、信用危険が約224億円です。2024年度の解説は、地域別では非常危険の支払額の大宗をヨーロッパが占め、主な事例としてロシアのウクライナ侵攻を挙げています。イスラエルとパレスチナ武装勢力の衝突(2023年10月)も、支払の対象になった非常事故として名前が残っています。

2023年度資料は、事故は起きているが請求が翌年度にずれ込む案件がある、と注記しています。保険があるから翌週に着金する、という読みは危険です。約款の通知期限、事業不能の証明、現地の公的証明書が、退避のあとに残ります。戦争特約の有無は、契約書の1行です。無いものは、後から足せません。

判断基準を平時に1枚で書いておく

政変の当日に基準を作ると、ニュース映像に引っ張られます。平時に書くのは次の4行です。(1) 危険情報が何レベルで出張を止め、何レベルで駐在を退避させるか。(2) 送金が何営業日止まったら操業を止めるか。(3) 港湾・部品・保険引受のどれが折れたら停止か。(4) 停止から何か月で、売却か清算かを決めるか。

4行があれば、レベル4の夜に「撤退するか」から始めなくて済みます。人、操業、会社の順は、トヨタとキリンの開示を並べても変わりません。違うのは、引き金が供給か、合弁相手か、制裁か、です。自社の引き金を、業種の言葉で1つ書いてください。建設なら港と渡航禁止、消費財なら合弁相手とレピュテーション、機械なら部品の輸出許可、が候補です。

将来の着地は、危険情報の更新と、NEXIの引受方針の更新を、四半期に一度同じ会議で見ることです。片方だけ見ると、人が残っているのに保険が無い、または保険はあるのに人が出せない、が起きます。会議の資料は、レベル、送金の遅延日数、引受の可否、の3列で足ります。映像の切り抜きは、判断の材料にしない方が安全です。

よくある質問

Q. 危険情報がレベル4なら、会社もすぐ清算しますか?

しません。レベル4は退避勧告で、人の安全が先です。法人の清算や株式売却は、現地法と買い手の話で、数か月かかることがあります。

Q. 操業停止と撤退の違いは何ですか?

停止は工場や店舗を止めることです。撤退は株式売却や清算で事業を終わらせることです。トヨタは2022年3月に停止し、9月に生産終了を決め、サービスは残しました。

Q. 貿易保険は戦争でも支払われますか?

NEXIの海外投資保険は戦争などを非常危険としててん補します。2024年度の支払は約1,151億円で、非常危険が約846億円です。請求から着金までの遅れは、2023年度資料でも注記されています。

Q. 日本企業は何を先に決めるべきですか?

出張停止と退避の危険レベル、送金が止まったときの操業停止、停止から売却・清算までの月数、の3点です。政変の当日に作り始めないでください。

主な出典

外務省 海外安全ホームページ(危険レベル1〜4、イラン2026-01-16レベル4)/トヨタ自動車ニュースルーム「ロシアでの生産事業を終了」(2022-09-23、操業停止は3月4日)/キリンホールディングス適時開示(2022-02-14撤退方針、2022-06-30基本合意、2023-01-23譲渡完了)/ジェトロ「ロシア進出日系企業アンケート」(2025年2月、130社、停止56.7%)/NEXI「2024年度の保険金支払の状況」(約1,151億円、非常危険約846億円、2025-07)/NEXI海外投資保険パンフレット/NEXI「2023年度の保険金支払の状況」(約279億円、請求の翌年度ずれ)/調査時点:2026年8月16日。

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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。

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