海外営業に英語は必要ですが、英語力だけでは受注に結びつきません。ご担当者様が「まずTOEICを上げよう」と研修を組むとき、現場で止まっているのは単語ではなく、仕様書、与信、保守の3つです。本記事では、英語・現地語・通訳の使い分けと、商談で本当に求められる3つの力をわかりやすく解説します。
当コラムで注目する用語
- 海外営業:輸出や現地販売で、見積から受注・納入後まで顧客とつなぐ仕事。
- 仕様:寸法、材質、認証、検査方法など、買う側が「これなら使える」と判断する条件。
- 与信:代金をいつ・どの通貨で・どの書類と引き換えに払うか。信用状(L/C)も含む。
- 保守:故障時の部品、保証期間、現地での修理窓口。
- 英語公用語化:社内の会議や文書を英語に揃える方針。顧客の言語とは別です。
- 高度外国人材:在留資格上の専門人材。ジェトロ調査では多言語対応が採用理由の上位。
海外営業に必要な英語力とは何か
ここで言う英語力は、日常会話の流暢さより、商談の3段を止めない力です。1段目は仕様(図面と認証が相手の工場で通るか)。2段目は与信(船積み書類と支払い条件が銀行で通るか)。3段目は保守(納入後に現地語で部品が届くか)。英語は、この3段の共通の下書きになることが多いです。完成形は、国と業界で現地語か通訳かに分かれます。
例えば、図面の注記が英語でも、中国の工場検査は中国語のチェックリストで進むことがあります。英語ができる担当が一人いても、検査員とのやり取りがなくると、出荷がスムーズになります。英語は下書きで、仕様・与信・保守が本体です。
英語ができれば受注できる、と考えられやすい理由
展示会のブースでは、英語の名刺とカタログが先に目に入ります。初日の会話が英語で通ると、「語学が足りれば売れる」と感じやすいです。実際に足りないのは、その後の見積条件と、保証の範囲です。
若手が誤解しやすい点は、「語学研修で海外営業ができるようになる」が半分しか正しくない、ということです。研修は会議の入りを楽にします。受注を決めるのは、相手の購買が社内で通す紙です。仕様が曖昧、与信がL/CかT/Tか決まっていない、保守が日本の窓口だけ、だと、英語が流暢でも稟議が止まります。
ジェトロのアポイント案内でも、出発まで1カ月を切った申込みと、英文資料が無い申込みは受けません。ブースの英語会話は、この紙の準備の代わりにはなりません。ご担当者様が語学研修の予算を取る前に、次の商談の仕様書・信用状・保守窓口の言語を1行ずつ書いてみてください。
商談は仕様・与信・保守の3段
仕様では、相手の規格に自社の試験成績が載っているかが先です。例えば欧州向けならCE、米国向けの食品・医療周辺ならFDA、各国の電気安全、という名前が購買の紙に出てきます。英語のカタログがあっても、試験所の成績書が現地の言語要件を満たさないと、購買は動けません。成績書の発行日と、規格の版(何年の版か)も、見積と同じ行に書いてください。
与信では、信用状の文言、インコタームズ、保険の付保が英語で書かれることが多いです。ただし銀行の窓口と税務の書類は、現地の言語です。英語で条件を合意しても、開設銀行が現地語の申請しか受けない、という順番があります。支払いがT/T前金か、L/Cか、船積み後何日か、は口頭では残りません。
保守では、故障時に誰が現地で部品を渡すかです。英語のマニュアルだけだと、現場の技術者は読めないことがあります。交換部品のリードタイムと、保証の対象外(消耗品、誤使用、現地改造)を、最初の見積に書いておく方が、後のクレームは減ります。保守を「日本の技術者が飛ぶ」だけにすると、ビザと日程で初回対応が遅れます。
現地語・通訳・英語の使い分け
ジェトロのビジネスアポイントメント取得サービスは、訪問趣意書を「英語か現地語」で申請者自身が用意する、と書いています。会社案内と商品カタログは日本語・英語、と別項目です。ジェトロは翻訳・通訳をしません。出発まで1カ月を切った申込み、英文資料が無い申込みは受けない、ともあります。英語が通じる市場でも、先方が現地語を指定すれば現地語が正です。
一方、日本産食品のグローバル・ゲートウェイ事業は、オンライン商談の通訳・自動翻訳をジェトロが手配します。ただし中国と米国は除く、と案内があります。同じジェトロでも、国と事業で英語・通訳・現地語の分担が違います。食品の中国・米国は、自前の通訳か現地語資料が先、という読み方ができます。
業界でも分かれます。北米の産業機械は英語の仕様書が通ることが多いです。ブラジルの二輪ディーラー網や、中国の国有系購買は、現地語が先に来ることがあります(現場の通例です。英語の使用を法令が禁じている、という根拠はありません)。通訳を入れるなら、仕様の数字と与信の日付は、通訳のメモではなく、事前の対訳表で渡してください。
日本企業の海外売上と、英語公用語化は別物
本田技研工業の2026年3月期は、連結売上収益21兆7,966億円です。顧客の所在地別では日本が2兆5,369億円、北米12兆5,788億円、欧州1兆55億円、アジア4兆949億円、その他地域1兆5,805億円です。北米は日本の約5倍です。日本以外が大半でも、それは「社内が英語だから売れた」とは限りません。販売の現場は、国ごとの販売会社とディーラーの言語です。北米が大きいから英語だけで足りる、とも限りません。アジアとその他地域の合計は約5兆6,754億円で、日本国内を上回ります。
ファーストリテイリングの2025年8月期は、連結売上収益3兆4,005億円、海外ユニクロ事業1兆9,102億円(構成比56.2%)、国内ユニクロ1兆260億円(30.2%)です。海外ユニクロの地域別では、グレーターチャイナ6,502億円(海外UQの34.0%)、韓国・東南アジア・インド・豪州6,194億円(32.4%)、欧州3,695億円(19.3%)、北米2,711億円(14.2%)です。上位2地域はいずれも6,000億円台で並び、欧州と北米は合計しても6,406億円です。店舗の接客言語は、各国のお客様の言語です。海外売上が過半でも、英語公用語化の話と、店頭の会話は層が違います。
楽天グループは、2012年7月に英語を組織の公用語にした、と2012年アニュアルレポートに書いています。目的は、買収した海外グループ会社との社内コミュニケーションです。輸出商談の仕様・与信・保守を英語化した、という記述はありません。輸出の受注率を測った数字も、同レポートにはありません。社内の英語化と、顧客との受注は、分けて読んでください。
ジェトロ調査が示す人材の不足
ジェトロ「2025年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(調査期間2025年11月4日〜12月3日、対象本社9,647社、有効回答3,369社、有効回答率34.9%)では、海外展開人材の人数について85.2%が「不足している・確保できていない」と答えました。能力・適性では88.9%が「不足している・期待水準を満たさない」です。人数が足りても、能力が足りない、という答えが別にある点が要点です。採用人数を増やすだけでは、調査が分けて聞いている能力の不足には届きません。
外国人材を雇用する企業は52.5%で、前年から2.9ポイント増え、2014年以降の調査で最高です。中小企業は48.2%です。高度外国人材を採用する理由の上位は、「多言語対応できる外国人材の確保」と「海外展開における営業力強化」で、いずれも5割超です。多言語対応を選んだ企業の7割超は、ビジネス上級レベル以上の日本語能力を希望しています。大企業では8割、と調査は分けています。外国語では英語・中国語が多く挙げられた、ともあります。
つまり現場が欲しいのは、英語だけができる担当、というより、現地語や英語に加え、日本語で本社の仕様と与信を通せる人です。語学研修だけを増やすと、調査が示す「能力・適性の不足」には届きにくいです。専門分野の不足では、海外営業・マーケティングと理系人材が挙がる、という注記もあります。
3つの力の確かめ方
1. 仕様の紙が相手の購買に載るか
見積の前に、相手が使う規格名と、自社の試験成績の言語を並べます。英語のパンフレットと、成績書の言語が違う場合は、どちらを正本にするかを先に決めてください。ジェトロのアポイントでは会社案内とカタログは日英ですが、試験所の成績書は試験所の言語が正本になりやすいです。発行日と規格の版も、見積と同じ行に書いてください。
2. 与信の条件が銀行で開くか
L/Cにするか、T/T前金にするか、インコタームズは何かを、英語のドラフトと現地語の申請の両方で確認します。商談で口頭合意しただけでは、開設銀行は動きません。信用状の文言は英語でも、開設の申請は現地語、という順番が現場ではよくあります。
3. 保守の窓口が現地で届くか
故障時の連絡先、部品の在庫国、保証の対象外を、見積の1枚に書きます。英語のマニュアルしか無い場合は、現地語の1枚要約を付けるかどうかを、受注前に決めてください。日本の技術者を飛ばすだけにすると、ビザと日程で初回対応が遅れます。部品のリードタイムも、同じ紙に書いてください。
注意点とよくある読み違え
TOEICの点数は、会議の入りやすさの目安にはなります。受注の3段(仕様・与信・保守)の通過率には、そのまま使えません。英語公用語化の発表も、社内の会議言語の話です。海外売上比率が高い会社ほど英語が要る、という読み方も、店舗やディーラーの現地語を見落としやすいです。食品のグローバル・ゲートウェイは通訳をジェトロが手配しますが、中国と米国は除く、と案内があります。同じ「ジェトロ」でも、国と事業で英語・通訳・現地語の分担が違います。
まずは、次の商談の相手国で、仕様書・信用状・保守窓口の言語が何かを、1行ずつ書いてみてください。足りないのが英語なのか、現地語なのか、通訳なのかが、そこに出ます。語学研修の日程は、その3行を書いたあとに決めてください。
よくある質問
Q. 海外営業に英語は不要ですか?
英語は必要です。図面や信用状の下書きは英語が多いです。ただし受注を決めるのは、仕様・与信・保守が相手の社内と銀行で通るかです。
Q. 語学研修を増やせば海外営業はできますか?
会議の入りは楽になります。ジェトロ調査では、人数不足に加え能力・適性の不足も9割近くです。規格、支払い条件、保守窓口の訓練を、語学とセットにしてください。
Q. 英語公用語化をすれば海外売上が伸びますか?
楽天の2012年の方針は、グループ内のコミュニケーションが主です。ホンダやファーストリテイリングの海外売上は、現地の販売網の数字であり、社内公用語の効果としては切り分けて読んでください。
Q. 通訳を入れれば現地語は不要ですか?
ジェトロのアポイントサービスは、趣意書を英語か現地語で申請者自身が用意します。通訳を使う場合も、仕様の数字と与信の日付は対訳表で渡す方が安全です。
主な出典
ジェトロ「2025年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(第24回、2025年11〜12月、有効回答3,369社)/ジェトロ ビジネスアポイントメント取得サービス案内/日本産食品グローバル・ゲートウェイ事業案内/本田技研工業 2026年3月期連結決算参考資料(顧客所在地別売上)/ファーストリテイリング 2025年8月期決算サマリー・統合報告書2025/楽天 アニュアルレポート2012(2012年7月英語公用語化)/調査時点:2026年8月17日。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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