2025年4月15日、ベトナム政府は第8次国家電力開発計画(PDP8)の改訂版を承認しました。2030年の発電設備容量目標は最大23万6,363メガワット(MW)で、2024年末の実績8万2,387MWから2.2倍以上の増設が必要になる数字です。ところが同じ改訂版の中で、洋上風力の系統接続目標は2030年から2035年へ後ろ倒しになりました。直接電力購入契約(DPPA)は制度が動き出してから2年が過ぎ、ようやく最初の取引事例が出てきた段階です。送電網の投資額は、政府が必要とする規模の2割前後にとどまっています。改訂版PDP8が実際に動かした部分と、まだ動いていない部分を、一次資料と発電・送電の現場情報から分けて整理します。
2025年4月15日、電源計画の目標が2.2倍に引き上げられた日
改定版PDP8(首相決定768/QD-TTgに基づき2025年4月15日発効)は、2021〜2030年の電力開発計画を全面的に上方修正しました。2030年の総発電設備容量目標は18万3,291〜23万6,363MWで、旧計画(2023年5月承認・15万489MW)から約22〜57%の上振れです。ジェトロの分析では、2024年末時点の設備容量8万2,387MWと比べると、2030年までに現在の2.2倍以上の増設が求められる計算になります。
電源別では、太陽光が4万6,459〜7万3,416MW(2024年実績1万6,410MW)、陸上・沿岸風力が2万6,066〜3万8,029MW(同5,037MW)と、いずれも大幅に上方修正されました。石炭火力は3万1,055MWで固定され、これ以上は増やさない方針です。水力は3万3,294〜3万4,667MW、原子力はカンホア省(旧ニントゥアン省)を中心に4,000〜6,400MW(2030〜2035年稼働予定)が新たに書き込まれました。これらの電源開発と送電網整備に必要な投資額を、政府は2026〜2030年で1,363億ドル(うち送電網に181億ドル)、2031〜2035年で1,300億ドル(同159億ドル)と見積もっています。
改定版PDP8の骨格(2025年4月15日発効・2030年目標)
18万3,291〜23万6,363MW 総発電設備容量(2024年末実績8万2,387MW)|2.2倍以上 必要な増設幅(ジェトロ算出)|1,363億ドル 2026〜2030年の投資必要額(うち送電網181億ドル)
LNG 22,524MW――「つなぎ役」に指定された発電源の内訳
改定版PDP8で最も規模が大きい火力電源がLNG火力です。2030年の設備容量目標は2万2,524MWで、発電容量全体の9.5〜12.3%を占める計算になります。国内ガス・石油火力も1万861〜1万4,930MWまで拡大する方針で、石炭火力を増やさない代わりに、LNGを移行期の主力電源に据えた設計です。
政府はLNG輸入関税を5%から2%へ引き下げました(政令73/2025/ND-CP)。これとは別に、輸入LNG火力事業者に対しては、発電量の65%を最長10年間の長期契約で買い取ることを保証する仕組みも設けられています(政令56/2025/ND-CP、2025年5月8日の政令100/2025/ND-CPで一部改正)。個別プロジェクトの稼働時期は、商工省の実行計画(決定1509/QD-BCT・2025年5月30日発効)で地域ごとに具体化されています。
主要LNG基地の稼働目標
| プロジェクト | 所在地 | 容量 | 想定稼働 | 主な事業者 |
|---|---|---|---|---|
| バクリエウLNG | カマウ省(旧バクリエウ省) | 3,200MW | 2030年(4基分割稼働) | デルタ・オフショア・エナジー(DOE、シンガポール系) |
| ギソン(Nghi Son)LNG | タインホア省 | 1,500MW | 2030年前後 | JERA(日本)が2025年7月に投資検討を表明 |
| カナ(Ca Na)LNG | カンホア省(旧ニントゥアン省) | 1,500MW | 2030年末までに商業運転(2026年4月投資契約締結) | チュンナム・シデロスリバー連合体 |
| クアンニンLNG(QNLP) | クアンニン省カムファ | 1,500MW | 用地引き渡しの遅れで2028〜2029年に後ろ倒し(当局は2027年後半への前倒しを模索中も未着工) | 東京ガス・丸紅・PVPower・Colaviの合弁 |
ギソンLNGは、2024年7月と2025年4月の2度の入札で応札者が現れず、事業者選定が止まっていた案件です。クアンニンLNGは2022年11月に事業性評価の合弁会社が設立されており、日本企業2社がすでに個別事業に名前を持つ数少ない例になっています。
洋上風力6,000MWは、なぜ2030年から2035年へ動いたのか
洋上風力は、旧PDP8(2023年5月承認)では2030年に6,000MWとする単一目標でした。改定版は6,000〜1万7,032MW(2030〜2035年)とレンジ化し、2030年時点は「500MW級12件で6,000MW」、2035年までに1万7,032MWへ積み上げる計画に組み替えられています。
後ろ倒しの背景は、系統接続と海域計画の未整備です。ベトナムの専門家は、洋上風力の開発には海域計画・投資家選定・送電網接続・調査データ共有など複数の手続きが未解決のまま残っており、これが開発を遅らせる最大の要因になっていると指摘しています。個別プロジェクトでも、南中部沖の洋上風力事業(コペンハーゲン・インフラストラクチャー・パートナーズ〈CIP〉とベトナム国家産業・エネルギー集団〈Petrovietnam/PVN〉の共同開発、計約1,000MW)は、2025年8月8日に共同開発契約(JDA)を結んだ後、2026年1月14日の海域割当決定まで約5カ月を要しています。
2026年7月4日、政府は政令272/2026/ND-CPを施行し、2025〜2030年の洋上風力事業について、入札や海域使用権の競売を経ずに、投資方針承認(IPA)を首相が投資家承認とあわせて出せる仕組みを整えました。海域計画そのものが先に固まらないと投資家は動けない、という現場の指摘に対する応答です。
2026年6月1日、サムスンが送電網経由でDPPAを結んだ日
直接電力購入契約(DPPA)は、2024年7月3日の政令80/2024/ND-CPで初めて法制化されたパイロット制度です。2024年11月30日に改正電気事業法(法律61/2024/QH15)が国会を通過し、これを土台に2025年3月3日、政令57/2025/ND-CPが政令80を置き換える形で本格施行されました。
制度には「専用線モデル」(発電事業者と需要家を専用の送電線で直結)と「系統接続モデル」(国家送電網とベトナム卸電力市場〈VWEM〉を経由し、差額決済契約で価格を実質固定)の2つがあります。系統接続モデルは、太陽光・風力・バイオマスで設備容量10MW以上、かつVWEMへの直接参加が条件です。
本格施行から1年3カ月後の2026年6月1日、系統接続モデルとして初めての取引が始まりました。タイニン省のTTC Duc Hue2太陽光発電所(設計容量49MWp/41.4MWac、5月19日に商業運転開始)と、サムスン電子ベトナム・タイグエン(SEVT)が、国家送電網経由のDPPAで合意したと国家電力系統・市場運営機関(NSMO)が発表しています。SEVTは年間約70ギガワット時の太陽光電力を得る見込みで、CO2排出量を年間約4万6,000トン削減できるとしています。サムスンはバクニン省のSEVとホーチミン市のSEHCでも自家消費用の屋上太陽光を先行導入しており、DPPAでの電力補完を検討していると報じられています。
レゴが選んだのは、専用線という別のDPPA
系統接続モデルに先行して動いていたのが専用線モデルです。2025年9月17日、レゴ・マニュファクチャリング・ベトナムはVSIP(ベトナム・シンガポール工業団地)との間で、ベトナム国内でも早期のDPPA契約を結びました。同年4月9日に開所したホーチミン市(旧ビンズオン省)の新工場(投資額10億ドル、レゴにとって世界6拠点目・アジア2拠点目)に、VSIPの大規模太陽光と産業用蓄電池(BESS)を組み合わせた電力を供給する仕組みで、2026年初頭の稼働を予定しています。
この契約により、工場はCO2排出量を年間約1万5,000トン削減できる見通しです。工場にはすでに屋根置き太陽光パネル1万2,400枚が設置されており、今回のDPPAと合わせると、稼働後最初の5年間で工場の電力需要の約75%をまかなう計算になっています。
2つのDPPAモデルの違い
| モデル | 接続方法 | 対象規模の目安 | 価格の決め方 |
|---|---|---|---|
| 専用線モデル | 発電事業者と需要家を専用線で直結 | 大口需要家は月平均使用量20万kWh以上が目安 | 相対交渉。2026年6月の政令243号改正で上限価格の規制も撤廃 |
| 系統接続モデル | 国家送電網+卸電力市場(VWEM)経由 | 発電側10MW以上・需要側22kV以上で受電 | スポット市場価格+差額決済契約(CfD)で実質固定 |
なぜDPPAは制度ができてから2年、「使える契約」になりきらないのか
制度ができてから2年が経っても、DPPAが広く普及したとは言えない状態です。理由は単一ではありません。まず、系統利用に伴う託送料金や差額決済コストの算定方法が、2026年に入っても細部まで公表されていません。価格の総額が見通せない状態では、企業は社内の投資承認を取りにくくなります。
次に、標準契約書のひな形が存在しないため、発電事業者と需要家の交渉のたびに条件をゼロから作る必要があります。契約期間の希望にも食い違いがあり、発電事業者は資金調達のために20年前後の長期契約を求める一方、需要家側は5〜10年の短期契約を好む傾向があるとされています。DPPAの総コストが、EVNの標準的な小売料金より必ず安くなるとも限りません。送電網利用料や差額決済費用を積み上げると、業界団体の調査では、DPPA導入後のコストが現行の小売料金を下回ると見込む企業は少数派だったと報告されています。国際的な脱炭素認証への対応が必要な外資系企業ほど熱量が高く、国内市場中心の企業ほど関心が低いという傾向も出ています。
政府は2026年1月、ベカメックスVSIPの提案を受けて専用線モデルの価格上限を撤廃する方針を示し、同年6月26日には政令243/2026/ND-CPで正式に撤廃するとともに、データセンターやEV充電事業者、工業団地内の電力小売事業者もDPPAの対象に加えました。制度の対象は広がっていますが、価格の透明性という核心の課題は残っています。
送電網投資は年7億ドルから年36億ドルへ――遅れの正体
洋上風力の後ろ倒しにも共通するのが、送電網整備の遅れです。太陽光・風力の導入が2017〜2022年でほぼゼロから20GW超まで急増した一方、送電網の増強はこれに追いついてきませんでした。中部を中心に、発電所は完成しているのに送電線が満杯で電力を送れない出力制限が繰り返し発生しています。
2024年8月に開通した500kVクアンチャック〜フォーノイ間の送電線(通称「回路3号線」)は、この状況を変えた具体例です。EVNと国家電力系統・市場運営機関(NSMO)の報告によれば、中部を中心とする風力・太陽光の出力制限率は、2020〜2022年のピーク時10〜20%から、2024年末には2%未満まで下がりました。送電網さえ整えば、既存の再エネ設備でも出力制限は大きく減らせることを示した事例です。
ただし、これは一部区間の話です。ベトナム国家送電公社(EVNNPT)の送電網投資額は、過去5年平均で年7億ドル程度でした。改定版PDP8が2026〜2030年に必要とする送電網投資額は、ジェトロの試算(5年間で181億ドル)を単純に年平均すると約36億ドルで、5倍前後への増額が必要という計算になります。EVNの財務体質だけでは資金を確保しきれない規模で、政府は2026年、送電事業への民間参入(PPPモデル)の解禁を優先政策の一つに位置づけています。
173件・130億ドル――FIT遡及減額が投資家に問うもの
送電網とは別の投資リスクとして、既存の再エネ事業者の間で警戒されているのが、固定価格買取制度(FIT)の遡及見直しです。2023年の政府調査で、173件・約12GW分の太陽光・風力事業が、商業運転開始時点で建設完了検査証明(CCA)を取得していなかったと指摘されました。EVNは2025年1月から、該当事業者への支払いを一部保留・見直ししています。
2026年4月中旬、EVNは解決案を投資家に提示しました。CCA取得前の発電分について、当初のFIT料率(FIT1は1kWhあたり2,086ドン、FIT2は1,644ドン)ではなく、それより43%(FIT1比)・28%(FIT2比)低い暫定料率1,184.9ドンを遡及適用し、すでに支払った差額は分割で返還させる案です。対象事業には、シンガポールのSPグループやセムコープなど外資系投資家も含まれ、投資額の合計は約130億ドルに上るとされています。2026年8月時点で、政府としての最終決定は公表されていません。
投資家への影響 国内・外資を問わず、既存のFIT契約に基づく資金計画を持つ事業者は、遡及減額と返還請求の両方が実現した場合のキャッシュフローへの影響を確認する必要があります。DPPAへの切り替えを検討する事業者にとっても、EVNとの既存契約の扱いが固まらないうちは、新規契約の価格交渉の前提が置きにくい状態です。
JERA・東京ガス・丸紅――日本企業がすでに置いている足場
改定版PDP8が動かした投資の中に、日本企業の足場もすでに複数あります。
LNGでは、東京ガスと丸紅が2022年11月、ベトナム最大のIPP事業者ペトロベトナムパワー(PVP)と現地機械メーカーのコラビとの合弁会社クアンニンLNGパワー(QNLP)を設立し、クアンニン省カムファのLNG受入基地・ガス火力発電所(150万kW)の事業性評価を進めています。当初は2027年後半の商業運転開始を目指していましたが、用地引き渡しの遅れで着工に至っておらず、2028〜2029年へ後ろ倒しになっています。JERA(東京電力と中部電力の合弁)は2025年7月21日、タインホア省のギソンLNG事業(1,500MW)への投資検討をタインホア省人民委員会に正式に申し入れました。同事業は2024年7月と2025年4月の入札で応札者が現れず、事業者選定が止まっていた案件です。
丸紅は2024年6月、洋上風力の基礎製造を手がける斗山ビナ(クアンガイ省)と、ベトナムでの洋上風力開発協力に関する覚書を締結しました。2025年7月14日には丸紅CEOがファム・ミン・チン首相と会談し、O Mon II火力・クアンニンLNG・風力・太陽光での投資拡大方針を伝えています。丸紅はこれまでに、ギソン2火力(1,200MW)を含む11の火力発電所をベトナムで建設した実績を持っています。
ファイナンス面では、日本政府が主導する「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の枠組みで、2025年3月に日越官民チームが第一弾15件・総額約200億ドルの協力事業に合意しました。国際協力銀行(JBIC)は2026年4月20日、ベトナム最大の国営銀行ベトナム投資開発銀行(BIDV)との間で総額2億ドル(うちJBIC分1億2,000万ドル)のクレジットラインを設定し、送電網整備とエネルギートランジション、そして進出日本企業のグリーン電力調達を資金面から支援する体制を整えています。
参入の前に確認すべき3つの条件
ここまでの整理から、日本企業が動く前に確認すべき点は3つに絞られます。
第一に、自社が関わる電源・送電網プロジェクトが、改定版PDP8の実行計画(決定1509/QD-BCT)に個別事業として明記されているかどうかです。計画に載っていない事業は、原則として送電網に接続できません。
第二に、DPPAで電力を調達する場合は、専用線モデルと系統接続モデルのどちらが自社の事業所の電圧・使用量条件に合うかを先に確認することです。2026年6月の政令243号改正で対象は広がりましたが、託送料金の算定方法は施行細目が固まっていない段階です。
第三に、既存の再エネ事業者と提携・出資する場合は、FIT遡及減額問題の対象事業に該当していないかを個別に確認することです。173件という数字は業界全体の一部ですが、対象に含まれていれば、想定していたキャッシュフローが変わります。
参入前の確認チェック □ 対象事業が決定1509/QD-BCTの実行計画に載っているか □ DPPAは専用線・系統接続のどちらが自社条件に合うか □ 提携先の既存事業がFIT遡及見直し(173件)の対象に入っていないか □ AZEC・JBICなど日本の公的金融支援の対象になり得るか
よくある質問
Q. 改定版PDP8で、洋上風力の目標は結局増えたのですか、減ったのですか。
2030年の下限は旧目標と同じ6,000MWですが、上限は1万7,032MWまで拡大されました。ただし2030年までの系統接続が難しい案件は2035年まで期間が延びており、単純な増加とは言い切れません。
Q. DPPAを使えば、EVNを介さずに自由に電力を売買できますか。
専用線モデルなら発電事業者と需要家が直接価格交渉できますが、系統接続モデルはEVNの送配電網とVWEM市場を経由するため、託送料金や差額決済の仕組みが介在します。完全な自由取引ではありません。
Q. 送電網の遅れは、もう解消したのですか。
500kV回線3号線が開通した中部の一部区間では出力制限が大幅に減りましたが、全国の送電網投資は必要額の2割前後の規模にとどまっており、解消したとは言えません。
Q. 173件のFIT遡及見直し問題は、日本企業にも関係しますか。
直接の対象として報じられているのは外資系を含む個別事業者ですが、今後同様の事業に出資・提携する場合は、対象に含まれていないかを個別に確認する必要があります。
主な出典
調査時点:2026年8月。数値は原資料の単位(MW・USD・VND)を確認のうえ日本語表記に換算し、加工過程は_factcheck_ledger.mdに記載。173件のFIT遡及見直しは2026年8月時点で政府の最終決定が未公表であるため、本文は「提案」「協議中」の表現に統一しています。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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