2024年10月29日、欧州委員会は中国製電気自動車(EV)に対し、企業ごとに17.0%から35.3%という相殺関税を課す決定を下しました。関税は狙い通りに中国メーカーの勢いを止めたのでしょうか。答えは半分イエス、半分ノーです。BYDは2026年前半、欧州市場でテスラと肩を並べる規模まで台数を伸ばし、同時にハンガリーでの現地生産という「関税を払わない選択」に本格的に踏み出しています。関税という一つの政策が、価格・生産地・企業行動をどう動かしたのか、公式資料と業界統計で追います。
2023年秋、欧州委員会が自ら動いた——申立てなしの調査開始
今回の調査で特徴的なのは、通常の反補助金調査のように民間企業からの申立てを受けて始まったのではなく、欧州委員会が自らの判断(ex officio)で開始した点です。2023年秋に始まったこの調査は、中国のEVバリューチェーンが不当な補助を受けており、EU域内の生産者に経済的損害の脅威をもたらしているかどうかを検証するものでした。調査開始から約9カ月後の2024年7月に暫定関税という最初の結論が出ており、通常より速いペースで進められた調査だったことがうかがえます。
2024年7月4日——暫定関税、最大37.6%
欧州委員会は2024年7月4日、調査対象としてサンプリングした中国メーカー3社に対する暫定関税を公表しました。BYD17.4%、Geely19.9%、SAIC37.6%で、いずれもEUの標準関税10%に上乗せされる形です。この暫定関税は最長4カ月間有効とされ、その後8月20日には算定の見直しにより、BYD17.0%、Geely19.3%、SAIC36.3%(テスラは個別審査で9.0%)へとわずかに引き下げられています。暫定段階から数字が動いたこと自体が、算定根拠の精査が最後まで続いていたことを示しています。
2024年10月29日——確定関税、企業ごとに17.0%から35.3%へ
2024年10月4日、EU加盟国による理事会採決(賛成10・反対5・棄権12、ドイツとハンガリーは反対)を経て、欧州委員会は同年10月29日に確定関税を決定しました。官報掲載の翌日に発効し、期間は5年間です。確定税率はBYD17.0%、Geely18.8%、SAIC35.3%、調査に協力したその他の企業は加重平均の20.7%、非協力企業は最も高い35.3%が適用されます。いずれもEUの標準関税10%に別途上乗せされる仕組みで、暫定段階からの見直しを経て、最終的にはやや引き下げられた形で着地しました。
なぜテスラだけ7.8%と低いのか
上海生産のテスラ車には、個別審査の申請が認められたことで7.8%という最も低い税率が適用されています。欧州委員会の説明では、政策系金融機関からの融資への依存度が他社より低いことなどが個別審査の結果に反映されたとされています。中国で生産していても、補助金の構造が異なれば税率も変わる——この制度設計は、関税が「中国製である」こと自体にではなく、「不当な補助を受けているかどうか」に着目したものであることを示しています。単純に「中国製EVは一律関税」と理解すると、この制度の狙いを見誤ります。調査対象となったのはあくまで中国で生産されたBEV(バッテリー式電気自動車)であり、プラグインハイブリッド車や、欧州メーカーが中国で生産して逆輸入する車両は今回の確定関税の対象には含まれていません。この線引きを理解しておかないと、「中国製の車には一律で高関税がかかる」という誤った前提で調達戦略を組んでしまいます。
中国メーカーが選んだ回答——「関税を払うより、現地で作る」
確定関税が発効した後、中国メーカー各社が共通して選んだ対応が、欧州域内での現地生産です。中国からの輸入という形を取る限り関税は避けられませんが、欧州域内で生産すれば対象外になるためです。BYDの経営幹部は、欧州で生産すれば追加関税を軽減できるとした上で、ハンガリー工場を「欧州のための、欧州製」戦略の柱と位置づけています。関税は輸入を減らす効果を持つと同時に、投資を誘発する効果も持つ——この両面が、確定関税から1年半以上が経過した2026年前半の状況に表れています。
ハンガリー・セゲドという賭け——BYDの本命拠点
BYDは2023年後半、ハンガリー・セゲドに乗用車工場を建設すると発表し、当初は2025年末までの稼働開始を目指していました。しかし建設は当初計画から後ろ倒しになり、同社幹部が2026年6月に明らかにしたところでは、本格的な量産開始は2026年第4四半期を予定しています。計画からおよそ1年の遅れです。年産能力は稼働開始時15万台、将来的には30万台規模への拡大を計画しているとされ、稼働すればBYDにとって欧州初の乗用車生産拠点になります。ハンガリーは同社にとって、電気バスの生産拠点(2017年から稼働)やバッテリー組立工場もすでに置かれており、2025年には欧州本部もオランダからブダペストへ移転しました。セゲド工場は単発の投資ではなく、ハンガリーへの機能集約という一連の流れの一部です。
スペイン・トルコという保険——遅れる計画、止まる計画
BYDはトルコにも10億ドル規模の投資で工場を建設し、2026年中の生産開始を目指すと2024年に発表していましたが、同社幹部は2026年6月時点で「建設自体に着手しておらず、時期のめども立っていない」と明らかにしています。ハンガリーを最優先とする中で、トルコは事実上の凍結状態です。一方でChery(奇瑞汽車)は、スペインの自動車メーカーEbroとの合弁でバルセロナに生産拠点を設ける計画を複数回延期しながらも、2026年中の生産開始を目指すとしています。中国メーカーの欧州現地生産は「発表される計画」と「実際に稼働する時期」の間に、各社ともに1年前後のずれが生じているのが実態です。
数字で見る現在地——BYDが欧州でテスラに並んだ日
欧州自動車工業会(ACEA)が公表した2026年上半期(1〜6月)の新車登録統計によれば、BYDはEU・EFTA・英国域内で17万4,144台を登録し、市場シェアは前年同期の1.0%から2.4%へと拡大しました。同じ期間のテスラは17万351台・シェア2.4%で、BYDとテスラのシェアが並んだ形です。台数ではBYDがテスラをわずかに上回っています。BYD・SAIC・Chery・Leapmotor・Geelyグループという中国系上位5グループの合計登録台数は79万1,958台に達し、域内市場全体の約11%を占めるまでになりました。関税がある中でもこの伸びが起きている、という事実そのものが、現地生産への切り替えが進行中であることの裏づけです。
欧州勢の足元——独系3社が中国で失っているもの
視点を中国国内に転じると、状況はより厳しく映ります。フォルクスワーゲン・BMW・メルセデス・ベンツ・ポルシェの2026年4〜6月期の中国販売は、前年同期比でそれぞれ30%から41%減少しました。S&Pグローバル・モビリティのデータでは、ドイツ系ブランドの中国市場シェアは2019年の26%から2025年には16%まで低下しています。フォルクスワーゲンは長らく中国最大の自動車メーカーでしたが、2024年にBYDに、2025年にはGeelyにも追い抜かれ3位に後退しました。欧州の自動車メーカーは「自国市場では中国メーカーに関税で対抗し、中国市場では中国メーカーに直接負けている」という、二正面での構造変化に直面しています。
日本メーカー・部品サプライヤーへの含意——現地生産地図のどこに乗るか
日本の自動車メーカー・部品サプライヤーにとって重要なのは、関税の税率そのものより、中国メーカーの現地生産拠点がどこに、いつできるかという地図です。ハンガリー・セゲド周辺には、BYDに続く形で部材サプライヤーの集積が進む可能性が高く、既存の欧州拠点を持つ日本企業にとっては、取引先の新規開拓という機会にも、競合の生産コスト低下という脅威にもなり得ます。また、欧州委員会がプラグインハイブリッド車への関税適用拡大を検討しているとの報道もあり、対象範囲が今後広がるかどうかは、部品の需要構成にも影響します。中国メーカーの現地生産が計画通り進むか、さらに1年単位で遅れるかを継続的に追うことが、投資判断のタイミングを左右します。
読み解きのポイント ①確定関税は2024年10月29日発効、企業別17.0%〜35.3%(EU標準関税10%に上乗せ) ②テスラだけ7.8%と低いのは補助金構造の違いが理由 ③中国メーカーの回答は「現地生産」——BYDはハンガリーで2026年Q4量産開始予定 ④2026年上半期、BYDは欧州シェアでテスラと同水準の2.4%に ⑤独系3社は中国で30〜41%の減収に直面する二正面の変化
関税は貿易を止める道具であると同時に、投資を動かす道具でもあります。中国製EVをめぐるEUの措置は、輸入を制限する一方で現地生産という新しい投資を呼び込んでおり、規制と産業立地の両方が同時に動いている珍しい事例です。今後の焦点は、ハンガリー・スペイン・トルコの現地生産計画が実際にいつ稼働するかと、プラグインハイブリッドへの関税拡大があるかどうかの2点に絞られます。関税という一つの制度変更が、投資の場所・部品の調達先・競合の顔ぶれまで連鎖的に動かしている様子は、通商政策を「税率の数字」だけで見てしまうと見落としてしまう部分です。
よくある質問
Q. EUの中国製EV関税はいつから始まりましたか?
2024年7月4日に暫定関税、同年10月29日に確定関税が決定し、翌日発効しました。確定関税は5年間有効です。
Q. 関税率は一律ですか?
いいえ、企業ごとに異なります。BYD17.0%、Geely18.8%、SAIC35.3%、協力した他社は20.7%、非協力企業は35.3%で、いずれもEUの標準関税10%に上乗せされます。
Q. なぜテスラの税率は低いのですか?
個別審査が認められ、政策系金融機関への依存度の違いなどが評価された結果、7.8%という他社より低い税率になりました。
Q. 中国メーカーは関税にどう対応していますか?
欧州域内での現地生産に切り替える動きが中心です。BYDはハンガリーで2026年第4四半期の量産開始を予定し、スペインやトルコでも計画が進む一方、当初予定より遅れているケースが目立ちます。
主な出典
欧州委員会プレスリリース「EU imposes duties on unfairly subsidised electric vehicles from China」(2024年10月29日、ec.europa.eu)/Reuters「EU slaps tariffs on Chinese EVs」(2024年10月29日)/Cleary Gottlieb Foreign Investment and International Trade Watch(暫定関税の推移の解説)/IISS「The EU’s approach to tariffs on Chinese electric vehicles」(2024年10月)/ACEA「New car registrations: +5.7% in H1 2026」プレスリリース(2026年7月、acea.auto)/Reuters経由のBYD幹部(Stella Li氏)発言報道(2026年6月、MarketScreener・just-auto)/AP通信「Major German carmakers hit by steep China sales plunge」(2026年7月)。数値は各一次資料・業界団体統計に基づく。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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