2025年2月1日、コンテナ海運の「同盟地図」は大きく塗り替わりました。Maersk(デンマーク)とMSC(スイス)が10年間続けた「2M」を解消し、Maerskは新たにHapag-Lloyd(ドイツ)と「ジェミニ協業」を始動。ONE・HMM・陽明海運は「Premier Alliance」を結成し、MSCは単独での大型ネットワーク運営に踏み出しました。同じ時期、CMA CGM・COSCO・Evergreen・OOCLの「Ocean Alliance」は2032年までの延長を決めています。それから1年半、2026年7月31日のSCFI(上海発コンテナ運賃指数)は3,205.97点まで動き、Drewry World Container Index(WCI)は7月9日に4,639ドルの2026年最高値を記録しました。運賃を動かしているのは船社の「気分」ではありません。同盟の再編、紅海回避が生んだ船腹需給、そして荷主が使える一次データ——この3つの構造を、発表元の資料に基づいて整理します。
2025年1月、「2M」が10年契約の満了で消えた
2Mは2015年、MaerskとMSCが「Vessel Sharing Agreement(船腹共同利用協定)」として発足させた枠組みです。契約は最低10年、解消には2年前の通知が必要という条件付きでした。2023年1月25日、両社は共同発表で「2025年1月をもって2Mを解消する」と表明。Maersk CEO・ヴィンセント・クラーク氏とMSC CEO・ソレン・トフト氏の共同声明によれば、理由は「両社の戦略が変わったこと」——Maerskは物流の統合プロバイダーへの転換を、MSCは自社単独でのネットワーク拡大を選んだという説明です。ここでまず整理しておきたいのは、「アライアンス」という言葉が示す実態です。「同盟」という語感から企業合併に近い恒久的な結びつきを想像しがちですが、実際には運航効率化のための期限付き契約(VSA)にすぎません。2Mの終了は「破綻」ではなく、契約書の条項が期日通りに執行された結果です。この前提を押さえないと、次に見る3つの新体制も「なぜ急に」と読めてしまいます。
2月1日、Maersk・Hapag-Lloydの「ジェミニ協業」が動かした340隻
2Mの解消と同時に、Hapag-Lloydはそれまで参加していた「THE Alliance」を離れ、Maerskと新たに「ジェミニ協業(Gemini Cooperation)」を結成しました。両社の発表によれば、運航開始は2025年2月1日、全船が新スケジュールに移行し終える完全稼働は2025年6月。規模は約340隻・57サービス(東西幹線29航路+地域内シャトル28航路)、輸送能力は約370万TEUに達します。両社が掲げた目標は「定時性90%超」——少数の拠点港(ハブ)に大型船を集中させ、そこから小型シャトル船で周辺港(スポーク)へ配送する「ハブ&スポーク」方式を採用した点が特徴です。ただし発表文には注記があります。「2024年10月に発表した通り、ジェミニのネットワークは喜望峰ルートを経由する」——船社側は当初から、紅海情勢が安全になるまで迂回を前提に設計図を描いていたということです。2026年2月には、両社はジェミニ内の一部サービス(インド・中東と地中海を結ぶIMXサービス)に限り、スエズ運河経由への切り替えを試験的に開始しています。
Premier Allianceが、なぜ競合MSCともスロットを組んだのか
Hapag-Lloydの離脱を受け、残ったONE(日本)・HMM(韓国)・陽明海運(台湾)の3社は、2024年9月9日、新たな枠組み「Premier Alliance」の結成を発表しました。ONE CEO・ジェレミー・ニクソン氏の発表文によれば、2025年2月から5年間の協業で、アジア-北米西岸/東岸、アジア-地中海、アジア-北欧、アジア-中東の主要東西航路を担います。注目すべきは、Premier Allianceが同時に、単独ネットワークを選んだMSCとの間で「アジア-欧州9サービスのスロット交換協力」を別途締結している点です。同盟から外れたはずのMSCと、なぜ手を組むのか——答えは船腹規模の非対称にあります。MSCは単独でも世界最大級の船隊を運航できる規模を持つ一方、ONE・HMM・陽明の3社合計でも、アジア-欧州のような長距離航路を高頻度・広範囲でカバーするには寄港地の分担が必要でした。「同盟」の内と外を分けているのは資本関係ではなく、便数と寄港地をどう分担すれば採算が取れるかという、航路ごとの経済合理性にすぎません。
Ocean Allianceが2032年まで延ばした「7大航路」の中身
4つ目の主要グループ「Ocean Alliance」(CMA CGM・COSCO・Evergreen・OOCL)は、2017年春の発足以来、体制の組み替え競争から一歩距離を置いています。2024年2月27日、上海で4社のCEOがMOUに調印し、当初2027年までだった協力期間を2032年3月31日まで延長。さらに条件が整えば2037年まで再延長できる選択肢も残しました。対象は7大東西航路(アジア-北欧、アジア-地中海、アジア-中東、アジア-北米西岸・東岸など)です。CMA CGM会長兼CEOのロドルフ・サアデ氏はMOU調印時、「顧客に安定的で信頼できるサプライチェーンを提供するという約束を強めるものだ」と説明しています。他の3陣営が同時期に体制を組み替えたのに対し、Ocean Allianceだけが7年以上先まで契約を固定した意味は小さくありません。荷主にとって「配船が読める」ことは、価格そのものより価値を持つ場面があります。契約更新のタイミングを2027年から前倒しで2032年へ決め直した背景には、他陣営の再編で生まれる競争環境の変化を見越し、早期に安定を宣言する狙いがあったと読めます。
7月31日、SCFIが週間で143.02ポイント動いた背景
スポット運賃を数字で追う際、最も速報性が高い指標がSCFI(上海出口集装箱運価指数)です。上海航運交易所が2009年から算出し、毎週金曜15時(北京時間)に公表する指数で、上海発の主要15航路について米ドル建ての運賃を単純平均しています。2026年7月31日発表分では、総合指数が3,205.97点となり、前週から143.02ポイント(+4.67%)上昇——3週連続の下落から一転しました。牽引したのは北米航路です。遠東-米西(40フィートコンテナ、FEU)は6,229ドルで前週比694ドル高(+12.53%)、遠東-米東(同)は9,054ドルで前週比1,014ドル高(+12.61%)となり、米東航路は9,000ドルの節目を超えました。一方、遠東-地中海(20フィートコンテナ、TEU)は4,189ドルで前週比162ドル安(-3.72%)と、航路ごとに方向性が分かれています。同じ「運賃上昇」という見出しでも、北米が押し上げ、地中海が押し下げるという内訳を見ないと、自社の航路にそのまま当てはめる判断はできません。
| 航路 | 運賃(2026年7月31日) | 前週比 |
|---|---|---|
| 遠東→米西(FEU) | 6,229ドル | +694ドル(+12.53%) |
| 遠東→米東(FEU) | 9,054ドル | +1,014ドル(+12.61%) |
| 遠東→地中海(TEU) | 4,189ドル | -162ドル(-3.72%) |
| SCFI総合指数 | 3,205.97点 | +143.02点(+4.67%) |
Drewry WCIが7月9日に4,639ドルへ——そこから3週続いた下落
SCFIが上海発の即時運賃なら、Drewry World Container Index(WCI)は主要8航路の40フィートコンテナ・スポット運賃を対象に、英Drewry社が週次(基本は木曜更新)で算出する指数です。2026年のWCI総合値は7月9日に4,639ドルまで上昇し、これは2024年9月以来の最高値でした。ところがそこから状況は反転します。7月16日は4,547ドル(前週比-2%、10週連続上昇後の初の下落)、7月23日は4,374ドル(前週比で3.8〜4%の下落)、7月30日は4,255ドル(前週比-3%)と、3週続けて下げました。Drewry自身の分析では、旺盛だったピークシーズン需要と関税を見越した前倒し出荷が一巡したこと、加えて新造船の竣工が続いたことが下落の理由です。7月30日時点の主要区間は、上海-ロサンゼルス5,739ドル(前週比-2%)、上海-ニューヨーク7,578ドル(前週比変わらず)、上海-ジェノバ5,630ドル(前週比-6%)、上海-ロッテルダム4,677ドル(前週比-3%)。Drewryはトランスパシフィックで週7本から8本、アジア-欧州で週4本から3本へブランクセイリング(欠便)の本数を調整し、船腹を絞ることで下落速度を抑えようとしていると説明しています。
「25〜50日」対「40〜65日」——紅海回避が延ばした輸送日数
運賃の背景にある構造要因が、紅海回避です。2023年11月19日、イエメンのフーシ派がバブ・エル・マンデブ海峡付近で船舶を拿捕したことを契機に、紅海での船舶攻撃が拡大しました。主要船社の多くが紅海経由を止め、アフリカ大陸南端を回る喜望峰ルートへ切り替えています。ジェトロが2026年5月13日付レポートで示したIMF「PortWatch」データによれば、スエズ運河の通航数は2023年まで月2,200〜2,300隻だったのに対し、2024年以降は月1,000〜1,300隻に減少。逆に喜望峰ルートの通航数は前年比8割増となりました。WTOの統計では、2023年まで紅海を通過する貨物は世界貿易の約15%に相当していたとされます。日本と欧州間のリードタイムでみると、紅海ルートが25〜50日であるのに対し、喜望峰ルートは40〜65日——およそ10〜15日の長期化です。この延び幅は「多少の遅れ」ではなく、発注から店頭・工場搬入までのリードタイム設計そのものを変える規模で、荷主側も2024年以降、喜望峰ルートを前提にした発注日程への移行、仕入れ先の分散、在庫の積み増しといった対応を進めてきました。
喜望峰迂回で船腹はなぜ「減った」ように見えるのか
輸送日数が延びると、なぜ船腹需給が締まるのか——ここは荷主にも誤解が多い部分です。海運アナリスト会社Xenetaのチーフアナリスト、ピーター・サンド氏は2026年3月時点の分析で、「喜望峰ルートを回る航海距離の増加は、世界のコンテナ船腹の約250万TEUを吸収している」と指摘しています。仕組みはこうです。同じ本数の週次サービスを維持するには、一往復の航海日数が延びた分だけ、ローテーションに投入する船の数を増やさなければなりません。つまり、世界のコンテナ船が1隻も新造されていなくても、喜望峰迂回だけで「使える船腹」は実質的に減ります。サンド氏は同時に、「大規模な紅海復帰が実現すれば、この船腹が市場に戻り、運賃が世界的に下落する可能性がある」とも述べています。裏を返せば、2026年3月以降の中東情勢悪化——ホルムズ海峡の事実上の封鎖を含む——は、紅海復帰の見通しをさらに遠ざけ、吸収された船腹が市場に戻るタイミングを不透明にしている、という構造です。
ONEの税引後利益は1年で92%減った——その中身
この構造は、日本の海運大手の決算にも表れています。日本郵船・商船三井・川崎汽船が定期コンテナ船事業を統合した「ONE(オーシャン ネットワーク エクスプレス)」の2026年3月期(26/3期)税引後利益は3億3,800万米ドルで、前期比92.0%の減益でした。日本格付研究所(JCR)が2026年5月14日付レポートでまとめた四半期別の推移をみると、第3四半期(2025年10〜12月)には8,800万ドルの赤字を計上し、第4四半期(2026年1〜3月)には運賃水準が一定程度戻って5,500万ドルの黒字に転換しています。海運大手3社合計の26/3期経常利益は4,960億円(前期比59.3%減)で、コロナ禍前と比べればなお高水準とはいえ、前期の運賃市況高騰の反動と新造船竣工増による下方圧力の大きさがうかがえます。27/3期についてONEは、税引後利益3億米ドル(前期比11.2%減)を計画。上半期は燃料費上昇分をサーチャージに反映し切れず5,000万ドルの赤字を見込む一方、下半期は3億5,000万ドルの黒字に転換すると想定しています。ここで前提とされているのが「中東情勢は夏頃までに正常化する」というシナリオです。JCRのレポートは、各社がホルムズ海峡の混乱は第2四半期に正常化する一方、紅海の航行制約は通期で続くと想定している、とも指摘しており、正常化が計画より遅れれば、下半期の増益シナリオそのものが崩れるリスクを抱えています。
2026年3月期(26/3期)ONE業績の内訳
3億3,800万ドル 税引後利益(前期比92.0%減)|-8,800万ドル 第3四半期の損益|+5,500万ドル 第4四半期の損益|4,960億円 海運大手3社合計の経常利益(前期比59.3%減)
荷主が交渉に持ち込むべき一次データは、どれか
ここまでの数字を、実際の運賃交渉でどう使うか。使えるデータには階層があります。もっとも速報性が高いのはSCFI(上海航運交易所、毎週金曜)で、スポット市場の「今」を映しますが契約運賃は反映しません。Drewry WCI(週次・木曜更新)は主要8航路の実勢を対外的にベンチマーク化した指数で、契約更新時の相場観として広く引用されます。北米航路のみであれば、上海航運交易所が別途発表するCCFI(中国出口集装箱運価指数)が、スポットと契約運賃の両方を反映する分、実勢に近いとされます。日本企業にとって特に実務的なのは、公益財団法人・日本海事センターが月末頃に公表する「主要コンテナ航路の荷動き動向」です。北米航路の荷動き量はPIERS、欧州・アジア域内はCTS(Container Trade Statistics)、日中航路は財務省「貿易統計」をもとにしたトンベース推計、運賃はDrewry「Container Freight Rate Insight」とCCFIを日本海事センターが編集し直したもので、無料で閲覧できます。年次では国土交通省海事局の「海事レポート」が、日本発着の荷動きを長期で振り返る際の基礎資料になります。交渉の場では、単一の指数を「相場」として持ち込むのではなく、SCFI・WCIで市場の方向感を示し、CCFIまたは日本海事センターのデータで契約ベースの実勢を補強する——この2段階の組み立てが、船社側の説明とかみ合いやすくなります。
交渉前チェック ①直近4週のSCFI・WCIが上昇局面か下落局面かを確認したか ②自社航路がSCFI・WCIの対象航路と一致するか(一致しない場合は日本海事センターの区間データで補完) ③ブランクセイリング(欠便)予定の有無——船社が能動的に船腹を絞っているかどうか ④契約更新時期が、船社が想定する中東情勢の「正常化想定」時期(2026年夏)の前か後か
主な出典
Maersk「Maersk to launch its new ocean network」(2025年1月31日)/Hapag-Lloyd「Gemini Cooperation launches operations」(2025年1月31日)・「Hapag-Lloyd and Maersk to transit Red Sea with one Gemini service」(2026年2月)/Maersk・MSC共同発表「Maersk and MSC to discontinue 2M alliance in 2025」(2023年1月25日)/ONE「ONE, HMM and Yang Ming Confirm the Alliance Partnership」(2024年9月9日)/CMA CGMグループ「CMA CGM, COSCO SHIPPING, Evergreen and OOCL extend OCEAN Alliance until 2032」(2024年2月27日)/上海航運交易所SCFIデータ(経済観察網・経済日報、2026年7月31日発表分)/Drewry「World Container Index」(drewry.co.uk、2026年7月9日・16日・23日・30日更新分)/ジェトロ「紅海およびスエズ運河に関する物流動向」(2026年5月13日)/SWZ Maritime「Iran conflict clouds return of Red Sea shipping」(Xenetaチーフアナリスト ピーター・サンド氏コメント、2026年3月4日)/日本格付研究所(JCR)「海運大手各社の26/3期決算の注目点」(2026年5月14日)/公益財団法人日本海事センター「よくあるご質問」(データ出典・編集方法の説明)。数値・市況は2026年7月31日時点のもので、以後の運賃変動・中東情勢の推移により変動する可能性があります。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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