インドは、スマホの「組み立て大国」になることには成功しつつあります。では、なぜ政府は同じ制度の単純延長ではなく、新しいMobile Phone Manufacturing Scheme(MPMS)へ切り替えたのか。大規模電子製造向けの生産連動インセンティブ(PLI-LSEM)は2026年3月31日に終了し、内閣は2026年7月、5年間・予算規模6,250億ルピーのMPMSを承認した、と電子IT相の会見と政府系報道で報じられています。問いは「台数を増やすか」ではなく、「部材・設計・ブランドのどこまでを国内に残すか」です。日本企業が取る分岐も、そこに合わせて変わります。成功の延長線上で制度を変える、という読み方が必要です。読み方が変われば、提案書の見出しも変わります。
何が成功したのか——「作れない国」から「作れる国」への転換
最初の問いは、何が十分に達成されたのかです。電子IT相の会見整理では、前制度下のスマホ生産は約11.62兆ルピー、輸出は約6.43兆ルピー、投資は約2,060億ルピー規模に達し、目標を大幅に上回った、と説明されています。DD Newsなど政府系報道も、PLI-LSEMがモバイル製造のハブ化に寄与し、2026年3月31日に終了した、と伝えています。下院への答弁では、モバイル製造エコシステムへの投資が約9,600億ルピー規模に催化した、との説明もあります(時点・定義の差に注意)。成功の中身は、輸入代替と輸出の両輪です。国内需要の大半を現地生産で賄い、スマホが主要輸出品に育った、というストーリーです。ここで止めると、次の政策が見えません。成功の定義が「台数と輸出額」だったからこそ、次の定義が「付加価値」に移ります。見出しの輸出額だけを追う投資委員会は、この転換を見逃します。
なぜ延長ではなく、制度を作り直したのか
次の問いは、なぜ同じPLIをそのまま延ばさなかったかです。政府系報道は、MPMSを「前制度の後継」としつつ、国内調達・設計・R&D・インドブランド育成にインセンティブを厚くする設計だと説明します。電子IT相は、国内調達とインドブランドの設計・R&Dに基づく支給だと会見で述べたと報じられています。組み立ての成功は、必ずしも設計主導権や部材国産化の成功ではありません。価値の厚い部品や設計が域外に残れば、輸出額が大きくても所得の取りこぼしが続きます。制度を作り直す理由は、失敗の是正というより、成功の定義を更新するためです。日本企業が旧制度の延長前提で投資計画を書いていると、評価指標がずれます。申請の条件が「出荷」から「調達と設計」へ寄る、という読みが必要です。指標がずれたままのIRRは、承認されても実行で詰まります。
MPMSは何を買う制度なのか——台数か、深さか
制度の中身への問いは、何に対してお金を払うかです。政府系報道の整理では、適格売上に対しおおむね2.25〜5%の生産連動インセンティブ、主要部材・サブアセンブリの国内調達で最大約1.5%の追加、製品設計・R&D・インドブランド育成で追加約3%、という層構造が示されています(官報・ガイドラインの確定版が出たあとに数値を再照合する必要がある)。予算規模は6,250億ルピー、実施はFY2026-27〜2030-31の5年、累計生産目標は約39兆ルピー、輸出目標は約15兆ルピー、直接雇用約6万人、とされています。数字の大きさより重要なのは、支給の軸が「深さ」に寄っている点です。台数だけ追う企業と、部材・設計を積む企業で、受け取る金額が分かれます。日本の部材・装置メーカーにとっては、EMSへの供給が「顧客のインセンティブ条件」になる、という意味でもあります。顧客の加点表に自社が載らないと、価格交渉の材料が減ります。
組み立ての成功は、なぜ十分ではないのか
現場への問いは、なぜ組み立てだけでは物足りないかです。スマホの輸出が増えても、ディスプレイ、カメラモジュール、バッテリー、高機能基板、設計IPが国外依存のままだと、為替・地政学・顧客要求の変化に弱い。産業界からは、国内付加価値が数年で大きく伸びた、という説明も出ていますが、水準自体はまだ伸ばす余地が大きい、というのが政策側の含意です。中国が長い時間をかけて積み上げた部材層を、インドは短い期間で追う設計です。ここに日本企業が入る余地があります。完成機の組み立て請負だけでなく、部材・検査・装置・設計支援が、MPMSの加点対象になり得るからです。問いは「インドで組み立てるか」ではなく、「どの工程の付加価値をインド側の条件に合わせるか」です。工程名が出ない提案書は、まだ市場参入の宣言に過ぎません。
半導体政策との関係——スマホだけでは完結しない
もう一つの問いは、なぜスマホ単体の話で終わらないかです。同じ時期の内閣決定として、India Semiconductor Missionの第2弾(Semicon 2.0)に約1兆2,750億ルピー規模を配分する、との報道が続いています。電子IT相は、設計、装置・材料、ファブ、先進パッケージ、研究開発、人材の六本柱で進める、と説明した、と報じられています。スマホの深い国産化は、半導体と部材の生態系がないと天井に当たります。逆に、半導体投資だけが進んでも、最終需要のスマホ輸出が弱ければ回収が遅い。二つの政策は別予算でも、現場では同じサプライチェーンの話です。日本企業がインド案件を評価するときは、MPMS単体のIRRではなく、Semicon側の拠点・顧客との距離もセットで見る必要があります。距離を見ないIRRは、後から物流と認証で崩れます。
日本企業にとっての問いは何か——完成機か、部材か、設計支援か
日本側の問いは、どこで稼ぐかです。完成機ブランドでインド市場を取るプレイヤーは限られます。一方、部材・装置・検査・EMS向けエンジニアリングでは、日系の強みが残ります。Syrma SGSと加賀電子の合弁のように、日系需要向けの電子製造拠点をインドに置く動きも報じられています。分岐は三つです。第一は、インドEMS・ODMへの部材供給を増やし、顧客の国内調達比率を上げる。第二は、設計・検証・量産立上げの支援を indigenisation の加点に接続する。第三は、完成機ではなくサブアセンブリの現地生産に出資する。中堅は第一と第二が現実的です。第三は資本と認証の負担が大きい。どの分岐でも、旧PLIの「出荷インセンティブ」感覚のままでは、顧客が重視する指標とずれます。指標がずれた提案は、相手の申請チームに届きません。
誰が得をして、誰が置いていかれるのか
分配への問いです。前制度で伸びたのは、グローバルブランドの契約製造と、それを支える大規模EMSでした。MPMSは、国内調達とインドブランドの設計に追加のインセンティブを置く、と説明されています。すると、単なる組み立て請負だけでは加点が薄く、部材を国内に引き込む企業や、自前ブランドの設計投資ができる企業が相対的に有利になります。海外ブランドの工場でも、インド側の設計拠点や部材調達を厚くすれば条件に乗れる可能性があります。置いていかれるのは、輸入キット組み立てのまま規模だけ追うモデルです。日本企業がインド側パートナーを選ぶときも、「今の出荷量」だけでなく、「国内調達と設計のロードマップ」を見る必要があります。ロードマップがない相手は、制度の加点を取れません。加点を取れない相手との長期契約は、後から条件改定の交渉コストが増えます。交渉コストは、最初の取引先選定でかなり決まります。
タイムラインの問い——いま動かないと何が遅れるか
時間の問いです。PLI-LSEMは2026年3月31日で終了し、MPMSはFY2026-27から動き出す前提です。閣議承認後、行政通知・ガイドラインまで「十数日〜二十日」との説明が会見でありました。つまり2026年夏は、旧制度の実績棚卸しと、新制度の条件適合の設計が重なる時期です。投資委員会が「通知待ち」だけだと、用地・人材・部材認定のリードタイムに負けます。特に国内調達比率を上げるには、代替サプライヤの監査と試作が先に必要です。通知の文面を待ってから探すのでは遅い。日本企業は、顧客の想定調達リストに自社品目が入っているかを、今四半期のうちに確認すべきです。入っていなければ、設計変更の提案から始める必要があります。提案の順番を間違えると、季節の立ち上げに間に合いません。
若手が誤解しやすい一点——「インドはもう組み立てだけで勝者」ではない
誤解への問いです。輸出額の見出しだけを見ると、インドはすでにスマホ製造の勝者に見えます。しかし政策が作り直された事実自体が、「組み立て成功=産業政策の完了」ではないことを示しています。二つ目の誤解は、「インセンティブがあるから必ず稼げる」です。支給は適格売上と条件達成に紐づき、申請・監査・調達証明のコストが乗ります。三つ目は、「日系は完成機で勝負するしかない」です。実際の接点は部材と工程支援の方が広い。正しく問うなら、勝者か敗者かではなく、どの工程の勝者になるかです。工程名で語れない議論は、制度の表面しか見ていません。表面だけの議論は、営業資料にも投資委員会資料にも使えません。使える資料には、工程名と条件名が並びます。
この先の分岐——量の成功を、付加価値の成功に変えられるか
最後の問いは、インド側と日本側が同じです。量の成功を、部材・設計・ブランドの成功に変換できるか。MPMSとSemicon 2.0は、その変換装置として設計されています。日本企業が今やるべきは、(1) 自社品目が国内調達の加点対象になり得るかを顧客と突合する、(2) 旧PLI実績の数字と、新制度の条件差分を一枚にまとめる、(3) 完成機/部材/設計支援のどれでIRRを取るかを決める、(4) ガイドライン公示後すぐ動けるよう、監査と試作の順番を先に決める——の四点です。問いを「インドは伸びるか」で止めると、投資判断になりません。「どの工程の伸びに乗るか」まで落とすと、次の契約改定が見えます。契約改定が見えない議論は、まだ政策ウォッチです。
読み解きのポイント ①PLI-LSEMは2026-03-31終了 ②内閣がMPMS(予算約6,250億ルピー・5年)を承認 ③支給軸は生産に加え国内調達・設計・ブランド ④累計生産目標約39兆ルピー/輸出約15兆ルピー(政府説明) ⑤日本の接点は完成機より部材・工程支援が広い
インドのスマホ政策は、組み立ての成功確認から、付加価値の取りに入る段階です。日本企業が追うべきは輸出額の見出しではなく、調達条件と設計条件です。問いを工程まで落とせば、次の四半期の提案内容も決まります。工程まで落とさない議論は、まだニュースの要約です。要約の次に必要なのは、品目別の条件適合表です。表がない提案は、社内でも顧客でも止まります。
よくある質問
Q. 旧PLIはいつ終わりましたか?
大規模電子製造向けPLI-LSEMは2026年3月31日に終了した、と政府系報道で説明されています。
Q. MPMSは何が新しいのですか?
生産連動に加え、国内部材調達や設計・R&D・インドブランド育成への加点を厚くする設計だと説明されています。
Q. 日本企業はどこで関われますか?
完成機ブランド以外に、部材供給、検査・装置、設計・量産立上げ支援、サブアセンブリ投資が接点になります。
Q. 数字は確定ですか?
閣議承認と大臣会見の報道ベースです。詳細は官報・ガイドラインの確定版で再確認してください。
主な出典
電子IT相(Ashwini Vaishnaw)内閣後会見の各社報道整理/DD News「Cabinet-approved mobile phone manufacturing scheme…」/Economic Times・NDTV Profit(MPMS予算・インセンティブ率・目標)/Lok Sabha答弁報道(PLI-LSEMの投資催化額)/加賀電子×Syrma SGS合弁の各社報道。詳細条件はMeitYガイドライン確定版で再確認。
PROVE通信では、海外事業と国内事業の判断に効く構造変化を、一次情報にあたって毎週お届けしています。プルーヴ通信の登録は無料です。個別のご相談はお問い合わせからどうぞ。
※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
「グローバルYOU」メールマガジン
海外進出・海外戦略の最新動向、国別レポート、実務で使えるチェックリストを月1回お届けします。登録はメールアドレスのみ・30秒で完了。
- 国別の最新規制・市場動向
- 進出・撤退の実例
- 限定の実務テンプレート
