駐在員事務所と現地法人の違いは、看板の大きさではなく、契約・請求・雇用ができるかどうかです。日本企業が海外で最初に迷う三つの形態は、駐在員事務所(連絡・調査)、支店(本社の一部として営業)、現地法人(現地法の独立会社)です。例えばベトナムでは、ジェトロが「駐在員事務所は連絡・市場調査などで営業活動は認められない」と整理しています。本記事では、権能の差、税務上の恒久的施設(PE)リスク、事務所から法人への切替、見誤りやすい営業行為までを、2026年8月時点の一次情報でわかりやすく解説します。
当コラムで注目する用語
- 駐在員事務所:市場調査・連絡・広報など非営業が中心の拠点。売上請求は原則不可。
- 支店:本社と同一の法人格のまま置く営業拠点。債務は本社に直結しやすい。
- 現地法人:現地法で設立する独立会社。契約・請求・雇用の主体になりやすい。
- PE(恒久的施設):事業所得の課税権が生まれる「事業を行う一定の場所」等の概念。
- 準備的・補助的活動:情報収集など、原則としてPE除外の候補になる活動区分。
- 投資登録/企業登録:ベトナム等で現地法人を動かすときの公式登録の総称。
先に決めるのは契約と請求の名義
形態の名前より、次の四行を埋めることが大切です。
(1) 現地の顧客・仕入先との契約当事者は誰か。
(2) 請求書・領収書を誰の名義で出すか。
(3) 現地社員の雇用契約の当事者は誰か。
(4) トラブル時の責任が日本本社に直結するか。
駐在員事務所は、多くの国で(1)〜(3)を本格的に扱えません。支店は営業できる場面が多い一方、本社と法人格が一体です。現地法人は独立の当事者になりやすく、リスク切り分けの定石です。
まずは「今月、現地で売上を立てるか」をYes/Noで書くと、三択が二つに絞れます。
| 観点 | 駐在員事務所 | 支店 | 現地法人 |
|---|---|---|---|
| 法人格 | 独立しないことが多い | 本社と同一 | 現地で独立 |
| 契約・請求 | 原則不可/限定 | 可能な国が多い | 原則可能 |
| 本社責任 | 本社に直結しやすい | 本社に直結 | 出資額等に限定しやすい |
| 向く局面 | 調査・連絡の初期 | 特定プロジェクト等 | 本格販売・製造・雇用 |
駐在員事務所・支店・現地法人の違い
駐在員事務所は、親会社のための情報収集や連絡を目的にする拠点です。
インドではジェトロが、駐在員事務所(Liaison Office)について「営業活動や売買活動などの商業活動は直接・間接を問わず禁止」と説明しています。経費は国外本社からの送金で賄う、という建て付けが典型です。
支店は、親会社の一部として現地に置く営業拠点です。米国のジェトロ解説では、支店は法人格を持たないため、訴訟の当事者が日本法人になりやすい、と対比されています。
現地法人は、現地法に基づく独立会社です。販売・製造・サービスを継続するなら、多くの国でここが標準形になります。
ベトナムでの活動範囲
ベトナムは、三形態の差が公式資料で読みやすい国の一つです。
ジェトロ「外国企業の会社設立手続き」は、駐在員事務所の事業活動を「連絡」「事業協力活動の促進」「市場調査」「その他ベトナムの法律において認められる活動」とし、営業活動は認められない、と明記しています。
支店は定款に定める活動が可能で、設立条件も駐在員事務所より厳しく、外国商人が登録または設立日から最低5年間事業活動を行ったこと等が求められます(駐在員事務所は最低1年)。
細則として政令07/2016/ND-CPがあり、2026年時点では政令146/2025/ND-CPによる一部改正がジェトロページに注記されています。許可の有効期間は5年が基本、という整理も同系統の資料にあります。
ベトナムで「事務所のまま見積提出と請求」を始めると、形態の前提と活動が食い違います。
例えば、ハノイやホーチミンで代理店候補を回り、仕様と価格帯だけを聞くのは調査に寄りやすい行為です。一方、現地通貨建ての正式見積を事務所名義で出し、受注後に日本本社へ振り替える設計は、営業活動の疑義が強くなります。
行為を分けるチェックリストを日本語とベトナム語の対訳で持つと、現地スタッフとの認識ずれが減ります。
インドで法人へ移すときの実務
インドの駐在員事務所は、輸出入促進、親会社の代理(連絡)、技術・資本提携の促進、連絡調整などが認められ、商業活動は禁止です(ジェトロ投資ガイド)。
申請には、本国で直前3事業年度の利益計上や、純資産5万ドル以上などの要件が示されています。
ジェトロQ&Aは、駐在員事務所から現地法人または支店へ転換するとき「事務所を閉めることは容易ではない」ため、新拠点を立てても暫く併立させるケースが多い、と述べています。法人税も、支店は現地法人より割高になりやすい、という対比が同Q&Aにあります。
形態変更のコストは、登記・税務・銀行口座・雇用契約の付け替えが重なる「二重期間」として見積もるのが実務的です。日程を一枚のガントに載せると、営業開始希望日が現実に近づきます。
インド準備銀行のMaster Directionsが支店・駐在員事務所の活動枠を規定している点も、ジェトロが案内しています。社内の「インド拠点方針」メモに、RBIの枠と会社法上の法人設立を別行で書くと、営業部門と経理の会話が噛み合いやすくなります。
タイでの就労許可の制約
タイでも、駐在員事務所は非営業の連絡・調査拠点として使われてきました。
ジェトロの外国人就業規制ページは、駐在員事務所で働く外国人のワークパーミット人数に上限があること、業務内容によって2人または5人まで、といった整理を示しています。
現地法人は、外国人事業法や投資委員会(BOI)奨励の有無で資本金・業種の論点が変わります。営業活動(売上請求)自体は形態として可能、という対比が会計事務所等の実務解説でも共通します。
タイで「まず事務所」を選ぶなら、就労人数と活動範囲を同時に設計することが大切です。人数上限にぶつかると、調査どころか拠点維持が先に詰まります。
税務上の恒久的施設(PE)
恒久的施設(PE)は、外国法人の事業所得に現地の課税権が及ぶかの鍵です。
国税庁タックスアンサーNo.2883は、支店・事務所など事業を行う一定の場所、長期の建設現場、契約締結代理人などを挙げ、判定は形式より機能を重視する、と説明しています。
ジェトロのPE解説は、資産の保管のみ、広告・宣伝・情報提供・市場調査など準備的・補助的な活動のみの場所はPEにならない、という整理を示します(租税条約の定義が優先される点にも注意)。ここが駐在員事務所の税務上の論拠です。
一方、事務所の看板のまま契約交渉や注文取得の中核を担うと、準備的・補助的の枠を外れ、PEや現地法規違反の両方に触れます。2026年8月時点でも、形態選択は会社法と租税条約の二段で見る必要があります。
まずは、進出先国と日本の租税条約の条文(恒久的施設の定義)を一枚に抜き出し、社内の想定行為を横に並べることが大切です。条約と国内法で言葉が違うときは、適用関係を税理士に確認します。形態の登記名だけで安心しない、というのがPE判断の基本です。
事務所から法人へ変更するときのコスト
切替は「届出一枚」では終わりません。典型の作業は次のとおりです。
(1) 現地法人の設立登記と銀行口座。
(2) 賃貸・通信・車両などの契約名義変更。
(3) 従業員の雇用契約と社保の付け替え。
(4) 駐在員事務所の閉鎖または併立期間の申告。
(5) 顧客への契約当事者変更の通知。
インドのジェトロ解説が示すように、閉鎖が重い国では併立期間の家賃・監査・送金コストが乗ります。ベトナムでは駐在員事務所許可の有効期間管理と、法人側の投資登録・企業登録が別系統です。
所要期間は国と業種で幅がありますが、営業開始希望日の3〜6か月前から逆算する企業が多い、というのが現場の感覚です(個別案件は専門家の見積が必要です)。コスト表には、弁護士・会計・送金手数料に加え、「併立の月数×固定費」を必ず一行入れます。
よくある誤り(事務所のまま営業する)
いちばん多い見誤りは、「名刺と住所があれば見積と発注を受けてよい」と思い込むことです。
ベトナムでは営業活動が駐在員事務所に認められず、インドでは商業活動が直接・間接とも禁止です。具体例としては、現地顧客への正式見積の提示、注文書の受領、インボイス発行、在庫の保有と引渡し、現地採用営業のノルマ管理が該当しやすい行為です。
もう一つの見誤りは、「PEにならなければ会社法も大丈夫」と混同することです。税務上の準備的・補助的と、現地の駐在員事務所許可の活動範囲は別物です。監査・労働当局・取引先の与信調査は、許可証の文言を見ます。
まずは社内の「やってよい行為リスト」を許可証の文言で作り、営業会議の資料に貼ることが有効です。
指摘が起きやすいのは、年度末の監査や、大口顧客の取引先審査のタイミングです。そこで許可証と請求実績が食い違うと、是正に数か月かかることがあります。早い段階で形態を合わせる方が、結果として安くなるケースが多いです。
形態の選び方
選び方は、次の順がわかりやすいです。
第一に、向こう12か月で現地売上を立てるか。Yesなら現地法人(または法令上認められる支店)を軸にします。Noで調査と人材探索だけなら駐在員事務所が候補です。
第二に、訴訟・製造・知財のリスクを本社から切りたいか。Yesなら現地法人が優先です。
第三に、外資規制や免許業で100%現地法人が難しいか。そのときは合弁や代理店と組み合わせます(合弁の論点は別稿)。
第四に、撤退の容易さです。事務所は始めやすい反面、閉じ方と併立が重い国があります。
例えばベトナムで製造販売を計画するなら、最初から現地法人の登録範囲に製造・卸を入れ、事務所は使わない、という選択が増えています。
確認しておきたいこと
次の四半期までに、次の五点を確認してください。
(1) 進出先1か国を固定し、駐在員事務所/支店/現地法人の公式定義をジェトロまたは投資庁ページで印刷する。
(2) 契約・請求・雇用の当事者を表の三列で埋める。
(3) 予定している行為が「準備的・補助的」か「営業」かを法務に一言もらう。
(4) 形態変更する場合は併立期間と閉鎖手順を会計に見積もらせる。
(5) PEの判定は国税庁No.2883と、相手国の租税条約の定義をセットで確認する。
駐在員事務所と現地法人の違いは、語義の暗記ではなく、誰の名義で契約するかを先に決める作業です。
読み解きのポイント ①三形態=事務所/支店/法人 ②ベトナムは営業不可が明記、支店は設立5年要件 ③インドは商業活動禁止・転換時は併立が多い ④PEは機能判定・準備的補助的が除外候補 ⑤見誤り=事務所のまま見積・請求
拠点形態は、海外進出の最初の分岐です。契約と請求の名義を先に固定した資料だけが、次の設立スケジュールを通せます。
よくある質問
Q. 駐在員事務所と現地法人の一番の違いは何ですか?
現地で契約・請求・雇用の主体になれるかどうかです。事務所は多くの国で非営業に限られ、現地法人は独立の当事者になりやすいです。
Q. 支店はどんなときに選びますか?
本社の信用をそのまま使いたい特定プロジェクトなどで検討されます。ただし法人格が本社と一体のため、責任が本社に直結しやすい点に注意します。
Q. 事務所のまま見積を出しても大丈夫ですか?
国により禁止です。ベトナムやインドでは営業・商業活動が駐在員事務所に認められない、とジェトロが整理しています。行為前に許可範囲を確認してください。
Q. PEと会社形態は同じものですか?
違います。PEは税務の概念、駐在員事務所などは会社法・投資法上の拠点形態です。両方を別表で確認します。
主な出典
ジェトロ「外国企業の会社設立手続き・必要書類|ベトナム」(駐在員事務所=連絡・事業協力促進・市場調査等、営業活動不可/支店は定款活動・設立から最低5年等、政令07/2016/ND-CP・146/2025/ND-CP注記)/ジェトロ ベトナム拠点設立マニュアル(2022年3月・事務所と会社の活動差)/ジェトロ「駐在員事務所の現地法人化/支店化の選択とその留意点:インド」(併立が多い、法人税対比)/ジェトロ「外国企業の会社設立手続き|インド」(Liaison Officeの商業活動禁止、純資産・利益要件)/ジェトロ「外国人就業規制・在留許可|タイ」(駐在員事務所のワークパーミット人数整理)/ジェトロ「会社を設立する際の進出形態、支店と現地法人の相違、税制:米国」(支店と現地法人の訴訟当事者差、駐在員事務所の活動限定)/ジェトロ「恒久的施設(Permanent Establishment: PE)とは」/国税庁タックスアンサー No.2883 恒久的施設(PE)(令和元年分以後)/調査時点:2026年8月11日。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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