租税条約とは、二つの国が「同じ所得に税金が二重に乗らないようにする範囲」と「脱税・租税回避への協力」を約束する条約です。海外子会社への配当や使用料、海外顧客からのロイヤルティで、源泉所得税が両方に残ることがあります。ご担当者様が「条約がある国だから自動で下がる」と社内に伝えると、届出の期限が後回しになります。本記事では、条約の中身、日本のネットワークの読み方、届出と居住者証明の手順をわかりやすく解説します。
当コラムで注目する用語
- 租税条約:二重課税の除去と、脱税・租税回避の防止を主たる内容とする二国間条約。
- 二重課税:同じ所得に、居住地国と源泉地国の両方が税を掛ける状態。
- 限度税率:配当・利子・使用料などについて、源泉地国が課してよい税率の上限(免税を含む)。
- 届出書:日本で源泉の軽減・免除を受けるために、支払者経由で税務署へ出す書類。
- 居住者証明書:日本の居住者であることを税務署が証明する書類。相手国での減免に使う。
- 特典条項:条約の軽減を受けられる居住者の条件。該当する条約では付表と居住者証明が要る。
租税条約とは何か
財務省は、租税条約を「課税関係の安定、二重課税の除去、脱税及び租税回避への対応を通じ、二国間の健全な投資・経済交流の促進に資する」と書いています。国際標準はOECDモデル租税条約です。日本も、概ねこれに沿った規定を採用しています。
迷いやすいのは、「条約を結んだ瞬間に、税金が半分になる契約」だと思い込むことです。モデルが置くのは、例えば次です。事業利得は、相手国にある支店等(恒久的施設)の活動で得た利得に限って源泉地国が課税できる。投資所得(配当、利子、使用料)は、源泉地国の税率に上限を置く。居住地国は、国外所得免除か外国税額控除で、残った二重課税を除く。当局同士の相互協議で、条約に合わない課税を減らす。
歴史では、OECDモデルが加盟国のひな型になり、日本も二国間条約を積み上げてきました。2017年6月7日には、多数国間のBEPS防止措置実施条約に署名し、2019年1月1日に発効しています。いま読む個別条約の条文は、この多数国間条約で上書きされている箇所があります。条文の原本と、財務省が置く統合条文の両方を見る理由が、ここにあります。
海外の支払で、なぜ重要か
日本の会社が海外子会社に使用料を払い、海外の会社が日本の親会社に配当を払う、という日常の資金移動に、源泉所得税が乗ります。国内法のままなら、非居住者等への使用料は原則20.42%です(国税庁タックスアンサーNo.2884)。条約があれば、相手国との限度税率まで下げられることがあります。下げられる、と実際に下がるは、別です。
財務省が示すネットワークは、2026年8月1日現在で「91条約等、157か国・地域適用」です。内訳は、租税条約78本・81か国・地域、情報交換協定11本・11か国・地域、税務行政執行共助条約(日本を除く締約128か国、適用拡張で146か国・地域。うち二国間条約が無い相手が64)、日台民間租税取決め1本です。157という数字は、共助条約で情報がつながる相手を含みます。租税条約そのものは81か国・地域です。
将来の着地も、署名と発効を分けて見ます。例えばキルギスとの新協定は2025年12月19日署名、2026年7月26日発効です。フィリピンとの新条約は2026年5月28日に東京で署名されましたが、2026年8月時点では未発効です。現行は1980年発効(2008年に一部改正が発効)の条約です。財務省が示す流れは、交渉開始、実質合意、署名、国会承認、公文の交換、公布、発効です。日本の国会は衆議院の外務委員会と参議院の外交防衛委員会で審査します。発効は公文交換の日から30日目、課税年度に基づく租税は発効年の翌年1月1日以後、とプレスは書いています。署名ニュースだけで源泉税率を変えない方が安全です。
条約があっても、届出が無いと国内税率のまま
国税庁No.2888は、源泉徴収の対象となる国内源泉所得の支払を受ける非居住者等が、日本で源泉される所得税と復興特別所得税について、租税条約に基づき軽減または免除を受けようとする場合には、届出書が必要、と書いています。支払日の前日までに、税務署長へ届出書等が届いていないときは、支払者は限度税率ではなく、国内法の税率で源泉徴収します。
条約の本文に限度税率が書いてあることと、支払実務でその税率を使ってよいことは、イコールではありません。源泉徴収義務者である日本の支払会社が、届出の有無を見て税率を選びます。契約書に「租税条約を適用する」と書いてあっても、届出が無ければ20.42%側で処理します。
届出が遅れた場合でも、あとから還付請求ができます。届出書と「租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書(様式11)」を、支払者経由で所轄税務署長へ出します。差額の還付であり、最初から限度税率で払ったことにはなりません。資金繰りでは、先に国内税率で止められたキャッシュが戻るまでの時間を見ます。
日本で源泉を払うときの届出
1. 所得の種類で様式を選ぶ
主な書式は、配当(様式1)、利子(様式2)、使用料(様式3)です。非居住者等が、支払者ごとに作成します。所得の種類が違う支払を、1枚にまとめません。特典条項がある条約で、その対象所得の軽減・免除を受けるときは、届出書に加えて「特典条項に関する付表(様式17)」と、相手国の居住者証明書が必要です。
2. 支払者経由で、支払日の前日までに出す
届出書は、最初にその所得の支払を受ける日の前日までに、支払者を経由して支払者の納税地の所轄税務署長へ出します。書面なら正副2部を支払者へ渡し、支払者が正本を税務署へ出します。一定の要件を満たせば、電磁的方法での提供と、支払者からe-Taxでの送信も認められています。JPEGでの送信は令和10年1月1日から、と国税庁は注記しています。
3. 居住者証明書の原本か写しを残す
特典条項がある場合、非居住者等は居住者証明書の原本を届出書に添付するか、支払者へ提示します。支払者が提示を受けたときは、確認した旨、確認者の氏名(所属)、確認日、証明書の作成年月日を届出書に書き、写しを提示日から5年間、国内の事務所等に保存します。証明書は、提示の日前1年以内に作成されたものに限ります。
海外で源泉を引かれるときの居住者証明
向きが逆のとき、つまり日本の居住者が相手国で減免を受けるときは、日本の税務署が発行する居住者証明書を相手国側へ出します。国税庁No.9210は、所轄税務署(管理運営部門)へ、居住者証明書(2部)と交付請求書を、郵送または来署で出す、と書いています。外国語の様式には和訳を付けます。代理人なら委任状が要ります。郵送時は封筒に「居住者証明請求在中」と書き、切手を貼った返信用封筒を同封します。
相手国が様式を定めているときは、原則その様式を使います。定めていないときは、国税庁の「租税条約等締結国用」を使います。発行には日数がかかることがあり、追加資料を求められることもあります。収入金額、相手国に恒久的施設が無いこと、有効期限など、税務署が確認できない事項が様式に入っていると、発行できないことがあります。先に所轄署へ相談します。
インドネシアへ出すFORM DGTで、証明期間に将来が含まれるときは宣誓書が要ります。イタリア向けで将来期間を含むときも、宣誓書と日伊用の証明書様式が別途あります。例えば使用料の減免を年度の途中から受けるとき、証明期間の書き方が相手国の様式に縛られます。納税証明書や源泉の納税証明願は、根拠が違う別手続です。
条約が無い・未発効の相手との実務
二国間の租税条約が無い相手へ、日本から使用料を払うときは、原則として国内法の20.42%で源泉します。届出で限度税率へ下げる道が、そもそもありません。共助条約で情報交換ができることと、配当・使用料の税率が下がることは別です。
財務省の租税条約等の一覧(2026年6月26日現在)に、カンボジア、ラオス、ミャンマーは載っていません。アルゼンチンは2019年6月27日に署名済みですが、発効日は未発効です。製造や資源の相手として見る国でも、限度税率が使えない相手があります。相手国側の国内法で源泉が掛かる場合、日本の居住者は外国税額控除で二重課税を減らす道が残ります(タックスアンサーNo.1240)。控除できるのは外国所得税で、限度額があります。条約が無いから取引できない、という読みではありません。
台湾は、日本台湾交流協会と台湾日本関係協会の民間租税取決めと、国内実施法令で、全体として租税条約に相当する枠組みです。財務省は注でそう説明しています。「条約一覧に国名が無い」と「取決めも無い」は、分けて確認します。条約等の締結国以外へ、付加価値税の還付などで居住証明が必要なときは、国税庁の「その他用」様式があります。
相互協議は、届出のあとに残る調整
届出が通り、源泉が限度税率になっても、相手国が「ここに支店がある」と認定すれば、事業利得の話に戻ります。財務省が置くモデルの整理では、事業利得は恒久的施設の活動に限って源泉地国が課税でき、条約に合わない課税は当局間の相互協議(仲裁を含む)で減らす、とあります。源泉の届出と、居住者・恒久的施設の認定は、別の争点です。
相互協議は、二国間の租税条約がある相手で使う手続です。情報交換協定や共助条約だけでつながっている相手に、同じ協議を期待できません。日本で更正を受けたあと、相手国で減額されないと、同じ所得に税金が二重に残ります。申立の期限は条約ごとに違うので、更正通知が来た月に、顧問と相手国側の期限を同じ表に置きます。
フィリピンの新条約は、財務省が「相互協議手続における仲裁手続」の導入を改正点の一つに挙げています。未発効のうちは、現行条約の手続が続きます。仲裁が入るのは発効後です。署名で手続が切り替わった、と読まない方がよいです。
注意点と、次に確認すること
特典条項がある条約(米国など)では、届出書だけでは足りません。付表と居住者証明が揃うまで、支払者は国内税率で源泉します。記載事項に異動があれば、原則として次の支払の前日までに出し直します。配当の元本数量の増減など、省略できる異動もあります。
次に確認するのは、相手が「租税条約78本・81か国・地域」に入るか、情報交換や共助だけか、民間取決めか、署名済み未発効か、です。日本で払う源泉なら、様式1〜3と、特典条項の有無、支払日の前日、です。海外で引かれる源泉なら、相手国の様式と、所轄署への居住者証明の日数、です。新条約の署名ニュースは、発効と適用開始の日付が付いてから税率表を差し替えます。
よくある質問
Q. 租税条約がある国への支払なら、源泉は最初から限度税率でよいですか?A. 支払日の前日までに届出書等が税務署長へ提出されていないと、国内法の税率で源泉します。届出が遅れた分は、様式11で還付を請求できます。
Q. 財務省の「157か国・地域」は、全部が租税条約ですか?A. 2026年8月1日現在のネットワーク全体です。租税条約は78本・81か国・地域です。残りは情報交換協定、共助条約、日台の民間取決めを含みます。
Q. 条約が無い国とは、取引を止めた方がよいですか?A. 日本側の源泉は国内税率、相手国で課された外国所得税は外国税額控除、が基本です。限度税率と相互協議が使えない、という意味で計画します。
主な出典
調査時点:2026年8月
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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