AIやIOTを導入した農業のデジタルトランスフォーメーションと聞くと、「ドローン」を使った農薬散布をイメージする方も多いでしょう。
人口減少、農業従事者の高齢化などの問題が深刻化している日本では、農家の減少にはどめをかけ、労力負担を軽減するために、IOTやAIを導入するしたスマート農業が注目されています。
ここでは、スマート農業導入のメリットや、国内外の取り組み事例をご紹介します。
スマート農業の市場規模
農林水産省は2019年度、スマート農業の普及を目指し全国69カ所で「スマート農業実証プロジェクト」を開始しました。
NAPAの推計によると、市場規模は、2019年の製品出荷と各種サービス提供の合計は70億円、2020年には144億円と倍増する見込みです。
2020年の予測は新型コロナウイルスの影響によって一時的に落ち込むかもしれませんが、2025年には665億円市場に育つと予測されます。
https://agri.mynavi.jp/agriplus/vol_02/chapter01_02/
インプレスグループでIT関連メディア事業を展開する株式会社インプレス(本社:東京都)のシンクタンク部門であるインプレス総合研究所が発表したレポート『ドローンビジネス調査報告書2020』
農林水産省が令和3年度の概算要求を発表しました。今年度当初比20%増加の2兆7734億円が計上されました。
増額分は、農林水産業の「スマート産業化」に関連する事業にも大きく割り振られているようです。
今年2月から、国内ではコロナウイルス感染拡大の影響が様々な産業で出ており、農業もその一つです。
海外からの外国人労働者の行き来が止まってしまったり、リモートワークの推進によって、スマート農業への転向を検討している農家も増えているようです。
スマート農業とは
スマート農業とは、ロボット、AI、IoT、ICT等の先端技術を活用し、省力化・精密化や高品質生産を実現する新たな農業のことです。
https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=553772508824601697
スマート農業にはどんな種類があって、具体的なメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。事例を上げながら解説します。
業務の見える化
ハウス内にセンサーを搭載した子機を設置し、ハウスの環境を自宅などの遠隔からでも管理・分析できるようなIoTの導入が進んでいます。温度や湿度、日射量、土壌内の温度や水分量、CO2ガス(炭酸ガス)などの環境情報をセンシングしてデータ化します。
収集した環境データは親機に集約され、モバイル網を通してクラウドにデータをアップロードされます。これにより農業従事者はいつでも、どこからでも、データが見える状態になるのです。
農業技術のスムーズな継承
深刻な後継者不足によって、「篤農家」と呼ばれる優れた農業生産者の技術が途絶えてしまうのではないかと心配されています。
しかし、この課題はスマート農業で解決に近づきます。
「熟練の農業技術をAIに学習させる」、「農作業の自動化作業に組み込む」などが可能となり、貴重な農業技術を後世に継承していくことが期待されています。
腐敗したみかんの選別
下記の画像は愛媛県のみかん農家がディープラーニングの技術を使って、腐敗したみかんを画像認識させている様子です。
贈答品にするような高級な柑橘は、わずか一個の腐敗でもブランドイメージを大きく損なうことになりかねず、抗菌機能のある果実袋や段ボールなどの開発に加えて、画像判別とAIを使った選果技術を確立しようとしています。
https://smartagri-jp.com/smartagri/258
キュウリの等級の選別
キュウリの選別は、長さと太さ、色つやや質感、凹凸や傷、などの9つの等級に分ける必要があり、農家にとってこの作業は非常に労力のかかるものです。
しかし、AI技術である。「テンサーフロー」を使い、その画像をディープラーニングによって選別機に半年かけます。機械に覚え込ませれば、キュウリを見て一瞬のうちにどの等級かを判断する仕組みが活用できます。
農作業そのものの業務改善
従来は毎日田畑の様子を見に行き、害虫がついていないかどうかチェックしたり、作物の色の具合を見ながら成長の度合いを判断していました。
しかし、農薬散布や追肥などが自動化されることで農作業に携わらなくてもよい時間が増えていきます。その代わり、経営判断や従業員の教育などに力を入れることが可能になるため、農業に携わる人々の働き方を大きく変えることが可能です。
最新のドローンは、自動飛行ドローンとAI分析を用いた農薬散布の技術です。
これにより、病害虫が発生する地点のみピンポイントで農薬を散布することができます。大豆での実験が行われており、慣行栽培で使用する農薬量に対して99%の削減が成功しています。
農作業の効率化と負荷の軽減、人材不足の解消
トラクターや田植え機などの導入によって農作業を劇的に効率化できることもスマート農業導入のメリットです。農作業の効率化で広範囲の作付けが可能になれば、農家1軒あたりの生産量を引き上げが可能になります。
従って、国内の食料自給率の向上にも貢献します。
下記は、人間が乗車しなくても、近距離監視下でタブレットひとつで作業をコントロールできるヤンマーのトラクターです。
ロボットトラクターによる農作業の自動化は農家の減少や高齢化、若者の就農率の低下などの日本の農業が抱える課題を解決する可能性を秘めてるでしょう。
少ない人数で多くの農作業が行える、精度を保つためのスキルも労力も必要ない農業が期待できます。
有人機と合わせと2つの作業をひとりで同時に行うことができたり、レーザーや超音波で人や障害物との距離を計測することが可能です。
体力を使う重労働減少すれば、高齢者でも農業に携わることが可能になります。従って、これまで体力的な問題で農業を断念していた人も参画できるチャンスがやってくるでしょう。
スマート農業ができた背景
スマート農業が求められている背景には、農業就業人口の減少と高齢化があります。
- 農業就業人口が、平成7年の414万人から平成27年には210万人と20年の間に半減。平成29年は、182万人とすでに200万人を割り込む状況が予測されている。
- 農業就業人口の減少と相まって、農業就業者の平均年齢も上昇。平成7年には59.1歳であったのが、平成28年には67.8歳へと年齢が上がっています。農業就業者の減少(離農者の増加)と高齢化の進展が問題となっています。
このような状況の中、農業の成長産業化に向けて、ロボット技術やAI、IoT等の先端技術を活用した「スマート農業」の実現し、生産性向上や労働力不足の解消を図ることが急務となっています。
そこで、2013年に農林水産省が「スマート農業の実現に向けた研究会」を立ち上げていったのです。
国の補助政策
国の補助政策にはどのようなものがあるのでしょうか。「技術開発支援」、「グローバル産地」の2つを取り上げます。
技術開発
グローバル産地
農林水産物・食品の輸出は、国内出荷と異なり、下記のような課題が顕著になっています。
- 輸出国によって様々な手続や、食品ならではの規制がある。言語や商習慣のリスクがある
- 輸出に意欲のある者が、海外のビジネスパートナーを見つけて連携・協力することが困難である
- 輸出に関心を持ったポテンシャルの高い産品の生産者は多いが、生産者・産地同士が連携できていない
これに対して、平成30年8月、農林水産省ではGFP(農林水産物・食品輸出プロジェクト)を立ち上がり、農林漁業者・食品製造業者等に対する輸出診断の実施、グローバル産地の形成支援を行うことになりました。
しかし、リスクを取って輸出に取り組む農林漁業者・食品製造業者等の数は限定的のようです。
世界中で急速に進むスマート農業
こうしたスマート農業の動きはもちろん海外でも起こっています。世界におけるスマート農業にはどのような成功事例があるのでしょうか。
最先端のスマート農業の成功事例はアメリカとオランダにあるようです。
アメリカ
世界一の農業大国であるアメリカ。
広大な農地を有するアメリカでは、スマート農業は、Agriculture(農業)+Technology(科学技術)の造語で、「AgTech」(アグテック)と呼ばれています。
アメリカのアグテックとして代表的なのは、ドローンです。
適切な範囲に適切な量の農薬を散布するだけでなく、農作物の生育状況や土壌の状態などの様々なデータを収集して、農地の状況を分析することに使われています。
ベンチャー企業のFamLogs社のサービスは、アメリカの農家の3分の1が活用するほど人気となっています。
衛星画像から収集した農作物の状態を蓄積したデータと照合して分析します。
土壌の状態に合わせた適切な作付量や肥料の分量を農家にアドバイスしています。
オランダ
オランダは自動制御技術を活用し、世界第2位の農業大国になりました。
オランダは日本の九州と同じ広さですが、農地面積は日本より小さく、約450万ヘクタールの日本に対してオランダのそれは約184万ヘクタールです。
土地は痩せており、日照時間も短く、農業に適した国土とは必ずしも言えません。
オランダが農業の国とイメージされることも、今まであまりなかったでしょう。
しかし、ICT技術を用いたスマート農業によって改革が起こります。国連食糧農業機関(FAO)の統計では、2013年のオランダの農産物の輸出額は909億ドルと、アメリカに次ぐ世界第2位となりました。
オランダでは、約8割以上の一般農家が自動制御システムを搭載したコンピューターを導入していると言われています。
アグリポートA7は、オランダの北ホランド州にあり、トマトやパプリカ、メロンなどを栽培しています。
このハウスのすぐ近くに、生産者、研究機関、商社、コンサルタント会社などが集まっており、センサーで吸い上げられたデータがそのオフィスへと送られ、24時間体制で適切な環境を保っています。
生産者は、1日の仕事の大半を別に設けられているオフィスで管理し、ハウスに行くことはほとんどありません。
従来の農業は肉体労働を主にしていましたが、ホワイトカラーな労働環境は人材を集めることにも功を奏しているようです。
ベトナム
ベトナムではスマート農業のような動きが、国を上げて推進しています。
ベトナムは、世界的に見ても農業の盛んな国で、米やコーヒーの生産・輸出に関しては、世界でトップクラスです。
その他では、タピオカの原料となるキャッサバや、サトウキビ、とうもろこしなど、様々な作物を多数生産しており、人口9千万人のうちの約半数もの人々が農業関連の仕事に従事しています。
このようにベトナムでは農業は国家を支える産業です。
ベトナムの農業農村開発大臣は、新しい生産方法や技術の導入をミッションに掲げ、農業のさらなる成長と強化を目指しています。
スマート農業の今後の課題
日本のスマート農業の動向についてご紹介してきましたが、実際に進める中で課題が発生しているのも事実で、「スマート農業の市場拡大への道のりは険しい」という声も多く出ています。
具体的には下記の3点が、課題になっているようです。
製品・サービスのコストが高いこと
スマート農業の製品・サービスが高価なため、購入・導入できる生産者が限定的である
就農者のICTリテラシー不足
スマート農業機器の特性上、ICTを活用する場面が多いが、特に高齢の就農者にとってICT機器の利用がハードルになっている
スマート農業を受け入れる日本農業の市場自体が縮小
就農者の減少、高齢化が加速しており、我が国の農業市場そのものが縮小傾向にある
最後に
日本ではスマート農業に向けた課題が浮き彫りになっていますが、上記で紹介したオランダを見てみると、オランダもスマート農業導入する前は、国内農業が苦戦に強いられていました。
1980年代、欧州連合(EU)の前身の欧州諸共同体(EC)に加盟していたオランダは、ECの貿易自由化によって、同じ加盟国のスペインやポルトガルなどから安い農作物が大量に輸入されてきたためです。
そこでオランダは、「国際競争力と付加価値のある作物を育てる」という目標を掲げ、スマート農業を取り入れ、今日では農業大国へと変貌を遂げたのです。
新型コロナウイルスの感染拡大、外国人労働者の農業従事者への人手不足など、日本の農業はさらに窮地に立たされています。
しかし、オランダのような他国の成功事例に学びながら農業を再興へと転換させてほしいと思います。
<参考>
https://agri.mynavi.jp/2020_05_12_118244/#toc-3
http://agrinasia.com/archives/1976
https://hojyokin-portal.jp/columns/r3-nourinsuisansyou-gaisanyoukyuu
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/gfp/attach/pdf/gfpglobal_saitaku-1.pdf
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/smart_agri_pro/smart_agri_pro.htm
http://www.naro.affrc.go.jp/project/research_activities/laboratory/naro/133299.html
https://agri.mynavi.jp/agriplus/vol_02/chapter01_02/
https://agri.mynavi.jp/agriplus/vol_02/column/
https://www.nomuraholdings.com/jp/company/group/napa/data/20171101.pdf
https://smartagri-jp.com/smartagri/87
https://www.optim.co.jp/newsdetail/20191118-pressrelease
https://yokare.net/sdgs/202052816/
https://agri.mynavi.jp/2018_01_26_17043/2/