
米国の関税政策をめぐる各国との交渉は一段落し、その内容が固まりつつあります。日本も当初の24%から15%へと引き下げた案で合意しました。日本企業の間では、米国への輸出拡大のチャンスと捉える動きがある一方で、関税引き上げへの不安も広がっています。そこで本記事では、2025年9月時点における米国関税の現状、米国経済への影響、今後の見通しについて解説します。
米国関税のコストは誰が負担しているのか
米国は、自国産業の保護や貿易赤字の削減を目的として、各国からの輸入品に対する関税を引き上げています。通常、関税は輸入企業が支払い、そのコストは商品やサービスの価格に転嫁され、最終的には消費者が支払うのが一般的です。
しかし、トランプ米大統領は関税を理由とした値上げに否定的な見解を示しており、実際に誰がコストを負担しているのかが分かりにくくなっています。日本企業の担当者の中には、輸出企業が負担しているのではないかと懸念する方もいらっしゃるでしょう。
そこで、まずは米国関税のコストを誰が負担しているのかについて解説します。
米国企業が87%を負担
株式会社日本総合研究所の「米国経済展望」の調査によると、関税コストの87%は米国企業が負担しており、海外企業が負担しているのは13%です。
つまり、米国の消費者はほとんど負担していません。米国のコア財消費者物価指数の推移を見ると、指数は横ばいで関税コストが小売価格に十分転嫁されていないことが分かります。

出典:株式会社日本総合研究所「米国経済展望」
これらを総合すると、米国の関税政策によるコストは主に米国企業が負担しており、価格転嫁はほとんど進んでいないと言えます。
なぜ価格転嫁できないのか
先に紹介したように、関税は最終的に消費者が負担するのが一般的です。しかし、米国の現状は価格転嫁が進んでおらず、企業が負担しています。なぜ価格転嫁ができないのかについては、以下のような原因が考えられます。
・顧客離れを恐れてできない
企業が関税のコストを価格転嫁すると、値上げをしていない競合他社に顧客が流れる可能性があります。特に競争の激しい市場では、売上減少のリスクを避けるため、価格転嫁に慎重にならざるを得ません。
・大幅な価格転嫁の先駆け的な存在になりたくない
米国は10%を基本関税とした上で、貿易赤字などを理由に追加関税を上乗せして課税しています。このコストをそのまま価格転嫁すると、商品価格が10%以上値上がりする可能性があります。しかし、大幅な値上げはブランドイメージを損ないかねません。このような背景から、多くの企業は価格転嫁の先駆けになることを避け、値上げに踏み切れていない状況にあります。
・消費者が耐えられない可能性がある
米国ではコロナ禍以降、物価の上昇傾向が続いており、消費者の購買力は圧迫されています。こうした状況下でさらに商品価格を引き上げると、消費者が耐えられず、買い控えなどのリスクがあります。このようなリスクを考慮しているため、多くの企業は価格転嫁に踏み切れないのです。
関税の負担による米国企業への影響
米国の関税政策により、輸入品のコストが増加した結果、米国企業の税引き後利益は低下傾向にあります。このような米国企業の負担は、すでに以下のような形で現れています。
・設備投資の縮小
・採用活動の減少
ここでは、関税の負担が米国企業にどのような影響を与えているのかについて詳しく解説します。
設備投資の縮小
関税によるコストの増加は、米国企業の設備投資意欲を低下させています。以下のグラフは、米国の設備投資の見通しを示したものです。

出典:株式会社日本総合研究所「米国経済展望」
2025年の米国企業の設備投資は一時的に拡大したものの、減少傾向にあることが分かります。このような設備投資の縮小は、長期的に見ると生産能力の減少や技術革新の機会損失といったリスクがあります。
採用活動の減少
関税政策によるコストの増加や今後の方針の不透明さは、企業の採用活動にも影響を及ぼしています。米国の雇用者数の推移は以下のとおりです。

出典:Bloomberg「米雇用統計、4カ月連続で低調な伸び続く見通し-利下げ観測後押しへ」
米国企業の多くは、将来の収益の見通しが不透明な状況から人材確保に慎重になっており、その結果、雇用者数の減少が見られます。このような採用活動の減少は、消費者の購買力に影響を与える可能性があります。
指標が示す米国経済の現状
米国の主要な経済指標をもとに、2025年9月時点の米国経済の現状について解説します。
実質GDPの成長は鈍化
米国の2025年第1四半期の実質GDP成長率は0.3%減となり、2022年第1四半期以来、約3年ぶりのマイナス成長を記録しました。主な要因は、企業の投資活動の縮小や消費の伸び悩みです。この実質GDPの鈍化を受け、米国の景気後退の懸念が広がっています。ただし、第2四半期の実質GDP成長率は3.8%増で回復傾向も見られており、今後の動向に注目が集まっています。
個人消費・住宅投資は低調
米国の個人消費はGDPの約7割を占めており、景気動向を判断する上で重要な指標の一つです。しかし、コロナ禍以降の物価高騰により消費者の購買力は弱まり、支出が伸びにくい状況が続いています。
同様に、米国経済を把握する上で欠かせない住宅投資も低迷しています。住宅ローン金利の高止まりや住宅価格の上昇によって、多くの世帯が購入を断念しているためです。住宅の取得が難しくなった結果、賃貸住宅の需要増で家賃が上昇し、消費者の購買力をさらに圧迫しています。
こうした個人消費と住宅市場の低迷は、米国経済の先行きを不透明にする大きな要因となっています。
輸入は拡大・輸出は横ばい
米国の輸入は、2025年第1四半期に関税導入前の駆け込み需要が発生し、前期比で38.0%増加しました。しかし、その反動で第2四半期は30.3%減と大幅に落ち込んでいます。第3四半期と第4四半期は、関税の影響から低迷が予想されるものの、通年では増加する見込みです。一方で、輸出は大きな変化が見られず、横ばいで推移しています。
今後は2026年以降に関税の影響が一巡し、輸入が拡大に向かうと見込まれています。
米国の関税政策をめぐる今後のシナリオ

米国の関税政策は、米国企業がコストを負担することで成り立っています。しかし、この状況が長く続くことは考えにくいでしょう。また、海外企業にとっても、米国の展望は事業に直結する重要なテーマです。そこで、ここからは今後のシナリオについて考察します。
米国企業による関税の負担は限界を迎える
現在、関税コストの87%は米国企業が負担しています。しかし、このような状況が長く続くかは疑問です。実際に、税引き後利益の低下や設備投資の縮小、採用活動の減少といった悪影響がすでに現れ始めています。こうした状況から、米国企業がこれまでのように負担を引き受ける構造は限界に近づいていると言えるでしょう。
次第に関税は価格転嫁される
米国企業が関税コストを負担できなくなると、価格転嫁が進むと考えられます。その結果、家電や衣料品、食品などの様々な分野で値上がりする可能性があります。問題は、消費者がその増加分をどこまで負担できるかです。すでに高騰している物価がさらに上がれば、買い控えなどの影響が広がり、経済に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。
輸出企業は取引条件の見直しのリスクが高まる
価格転嫁をしても消費者が負担できなければ、考えられるのは輸出企業に負担を求めることです。具体的には、米国企業から輸出企業に対して、次のような取引条件の見直しのリスクが高まります。
・価格の引き下げ要請
・支払い条件の変更
・取引の縮小
このような条件の見直しは、輸出企業の採算性や資金繰りに直接影響を与えるため、十分な注意が必要です。
米国の輸入拡大と価格条件の変動リスクに備えよう
米国市場では現在、米国企業が関税のコストを負担しています。しかし、将来的には価格転嫁が進む可能性が高く、消費者の負担も大きくなるでしょう。また、消費者だけでなく、輸出企業に対しても負担を求めることが考えられます。このような背景から、輸出企業は米国の輸入拡大のチャンスを生かす一方で、取引条件の見直しのリスクに備えておくことが重要です。