海外事業の予算は、本社がまとめて持つか、国内の事業部が自分の海外分として持つか、に分かれます。「海外事業本部」という名前があっても、損益の科目と人事権が別の部署に残っていることがあります。ご担当者様が現地の採用や値引きで止まるのは、だいたいこの持ち方です。本記事では二つの型の差と、2025〜2026年の組織変更例から見分け方をわかりやすく解説します。
当コラムで注目する用語
- 本社直轄:海外の損益を、国内事業部から切り離して本社(または海外専門の本部)が持つ型。
- 事業部管轄:国内の製品・顧客を担当する事業部が、自分の海外売上と費用も持つ型。
- P&L:損益計算書。誰の科目に海外の売上・費用が入るかが、予算の所在です。
- 人事権:現地社長や駐在の任命・評価を、どの部署が決めるかの権限。
- 赤字許容:立ち上げ期の損失を、何年・いくらまで認めるかの社内ルール。
- 海外事業本部:海外をまとめる組織名。実際の予算権限とは一致しないことがあります。
海外事業の予算はどこが持つか
ここで言う「予算を持つ」は、組織図の箱の名前より先に、海外の売上と費用がどの部署の損益計算書に載るかです。稟議の最終決裁者が誰か、現地社長の評価者が誰か、も同じ線上にあります。
日本企業の海外は、すでに大きな塊です。経済産業省の第54回海外事業活動基本調査(2024年7月調査、2023年度実績)では、現地法人は2万4,058社、売上高は374.0兆円でした。経常利益は17.4兆円で、前年度比11.3%減です。従業者は532万人で、前年度比4.6%減。製造業の海外生産比率(国内全法人ベース)は27.2%でした。売上は増えて利益と人数は減る、という年です。この塊の持ち主が本社なのか事業部なのかで、翌年の投資の出し方が変わります。
2026年の調査から、海外事業活動基本調査は経済産業省企業活動基本調査に統合されています。本社企業調査票と海外現地法人調査票のセットです。社内で「本社が持つか、現地が持つか」を説明するとき、公的統計の切り口もこの2票に乗ります。定義の細部は調査票の注記を見てください。
現場の感覚ともずれます。ジェトロが2025年11月20日に発表した2025年度調査(2025年8〜9月実施、有効回答7,485社)では、2025年に黒字を見込む企業は66.5%でした。一方、今後1〜2年で現地事業を「拡大」すると答えた企業は46.2%です。稼げる拠点でも、次の予算を誰が出すかが曖昧だと、拡大は止まります。
KPI・人事権・赤字許容の3点で見る
| 観点 | 本社直轄 | 事業部管轄 |
|---|---|---|
| KPI | 国・地域の損益、拠点数、現地化 | 製品・顧客の全世界損益 |
| 人事権 | 海外本部が現地社長・駐在を任命しやすい | 国内事業部が兼務・出向で送りやすい |
| 赤字許容 | 立ち上げを本社が期間付きで吸収 | 国内の利益と相殺され、早期に黒字を求められやすい |
| 向く局面 | 新規国、複数事業の横断、M&A後の統合 | 既存製品の輸出延長、同一顧客の海外工場 |
本社直轄の利点は、国内の四半期に引きずられにくいことです。新しい国の赤字を、国内事業部の達成率から外せるからです。欠点は、製品知識が本社に集まりにくく、現地が「何を売るか」で迷うことです。
事業部管轄の利点は、顧客と仕様が国内と同じ線で動くことです。欠点は、海外の値引きが国内の粗利を削ると見られ、値付けが遅れやすいことです。どちらが正しい、という話ではありません。自社の今の戦い方が、新規国なのか既存顧客の追随なのかで、向きが決まります。
名前だけ海外本部を置いて、P&Lは事業部に残す会社もあります。この中間型は、会議体は増えるのに決裁者が増えない、という状態になりやすいです。組織図より、科目の帰属を先に確認してください。
現地採用・値引き・撤退への影響
予算の所在は、机上の分類で終わりません。現地の採用、値引き、撤退の3点が、いちばん先に変わります。
現地採用では、給与テーブルと枠の決裁者が違います。本社直轄なら、国別の人件費枠を海外本部が持つことが多いです。事業部管轄なら、国内の人員計画の余りで枠が決まり、採用が遅れます。例えば競合が先に現地マネージャーを採ると、立ち上げは半年ずれます。
値引きは、誰の粗利を削るかの話です。事業部管轄では、海外のスポット値引きが国内製品の価格表を崩す、と見られやすいです。本社直轄では、国別のシェア目標のために期間限定の値引きを認めやすい一方、製品別の採算が見えにくくなります。決裁金額の上限を、円建てで先に書いておく必要があります。
撤退は、損失をどの科目で取るかで速度が変わります。事業部の年間利益に直撃すると、撤退提案は年度末まで持ち越されやすいです。本社直轄なら、国別の撤退条件を先に置ける余地があります。条件そのものを稟議に書く話は、別稿の事業計画の条件と同じ線です。
2025〜2026年の4社の組織変更
公開情報では、海外を「部」から「本部」へ上げる動きと、一度置いた海外本部を別の名前に組み替える動きが、同じ時期に並びます。予算の中身まで書いている開示は少ないので、ここでは組織の箱が動いた事実だけを拾います。
例えばフロイント産業は、2025年1月28日の取締役会で組織改正を決め、2025年3月1日付で海外事業本部を新設しました。2023年3月に置いた海外統括部を発展させる、と開示しています。独立していた中国事業開発部と、アジア主体の機械事業機能をアジア機械事業部に改称し、海外事業本部の傘下に置きました。海外子会社を含めた戦略の立案・管理を強める、という書き方です。
ニチレイは、2026年4月1日付で株式会社ニチレイロジグループ本社に海外事業本部を新設しました。海外事業推進部をその傘下へ移し、執行役員の海外事業本部長を置いています。低温物流の海外を、国内営業の延長ではなく、専用の本部で見る形です。
逆方向もあります。トーカロは2026年3月19日の取締役会で、2026年4月1日付で海外事業本部を廃止し、海外事業開発本部を新設すると開示しました。同じ「海外」でも、運営の箱から開発の箱へ名前を移しています。ブックオフグループホールディングスは、2026年4月21日の取締役会で、2026年6月1日付の吸収分割を決めました。国内運営会社が持っていた海外の経営管理・戦略立案・支援機能の一部を、株式会社ブックオフインターナショナルへ移す、という内容です。
ブックオフは、2026年5月期の決算説明で、ブックオフインターナショナルの設立と、同社100%出資の台湾現地法人の設立も示しています。国内運営会社から海外支援機能を切り出したあと、新規国の受け皿を専用会社側に置く、という順番です。
4社に共通するのは、海外の箱を動かした、という事実までです。損益科目が本社に移ったかどうかは、有報のセグメント注記を別途見る必要があります。組織名の変更だけで、予算の所在が変わったと断定しないでください。
有報と決裁者で型を見分ける3手順
自社がどちらに近いかは、組織図より先に、次の3手順で分かります。資料は有報、社内の損益科目表、稟議の決裁者一覧で足ります。
手順1 損益計算書の科目を追う
海外子会社の売上と営業利益が、どの報告セグメントに入っているかを見ます。セグメントが「海外」単独なら本社直轄に近いです。「製品A/製品B」だけなら、事業部管轄に近いです。両方ある会社は、地域と製品のどちらが経営会議の主表かを聞いてください。有報の「第5 経理の状況」のセグメント注記に、海外売上高の区分があるかも併記します。区分が「所在地別」だけだと、製品別の採算は別資料になります。
手順2 人事権と稟議のルートを書く
現地社長の任命と、一定額以上の投資稟議が、同じ部署を通るかを1枚にします。任命は海外本部、投資は国内事業部、という割れ方はよくあります。割れていると、現地は「人は来るが金は出ない」状態になります。
手順3 赤字の許容期間を聞く
新しい国の営業赤字を、何期まで本社が持つかを、財務か経営企画に確認します。期間が無い会社は、実質的に事業部管轄です。国内の達成率に海外の赤字が乗ると、翌期の採用枠から削られやすいからです。
3点が揃うと、自社診断は終わりです。本社直轄に寄せたいなら、科目と決裁者を先に移し、組織名は後で足します。名前だけ先に付けると、会議だけが増えます。
科目の付け替え日と決裁の空洞化
本社直轄へ移すときは、国内事業部の抵抗が先に出ます。海外売上が自分の達成率から外れるからです。移行期は、二重計上を避けるために、科目の付け替え日を会計期の初日に揃えるのが実務的です。期中の付け替えは、前年比較が壊れます。
事業部管轄へ戻すときは、現地の採用と値引きの決裁が遅れる前提で、上限金額を先に渡してください。戻した直後に決裁が本社へ再集中すると、現地社長の権限が空洞になります。
将来の拡張を書くときも、「海外本部を置けば伸びる」ではなく、「どの科目をいつ移すか」を先に書いてください。フロイントのように統括部から本部へ段階を踏む会社もあれば、トーカロのように本部の名前自体を組み替える会社もあります。段階の長さは、海外売上の比率と、製品の共通度で決まります。
よくある読み違え
1つ目は、海外事業本部があるから本社直轄だ、と読むことです。本部は調整役で、P&Lは事業部、という会社は少なくありません。科目を見てください。
2つ目は、黒字拠点なら自動で拡大予算が出る、と読むことです。ジェトロ調査では黒字見込み66.5%に対し、拡大意向は46.2%でした。予算の持ち主が慎重なら、黒字でも枠は増えません。
3つ目は、組織変更の適時開示だけで、権限が移ったと読むことです。開示は箱の移動までで、KPIの定義までは書いていないことが多いです。有報のセグメントと、社内の決裁権限表をセットで見てください。
4つ目は、本社直轄なら現地化が進む、と読むことです。人事権が本社に残ったまま、現地採用の枠だけ現地に渡すと、評価基準が日本のままになります。枠と評価者を揃える必要があります。
よくある質問
予算の所在は、法律で決まる話ではなく、社内の科目と決裁の話です。次の3点が、現場でよく出ます。
Q. 海外事業本部を置けば、予算は本社直轄になりますか。なりません。本部は調整の箱で、損益科目が事業部に残ることがあります。有報のセグメントと決裁者を見てください。
Q. 中小企業でも本社直轄と事業部管轄は関係しますか。関係します。事業部が1つでも、海外の赤字を国内の達成率に乗せるかどうかで、採用と値引きの速度が変わります。
Q. まず何を確認すればよいですか。海外子会社の損益がどのセグメントに入るか、現地社長の任命者、赤字の許容期間の3点です。組織図は3番目で足ります。
実務で先に決める3つ
海外の予算を動かす前に、決めるのは次の3つです。海外の売上と費用を、どの部署の科目に載せるか。現地社長の任命と投資稟議を、同じ部署が持つか。新しい国の赤字を、何期まで誰が持つか。
3つが揃うと、本社直轄か事業部管轄かの議論は短くなります。揃わないまま本部だけ置くと、会議体が増えて決裁は増えません。2025年から2026年にかけて、フロイント、ニチレイ、トーカロ、ブックオフは、海外の箱を公開情報上で動かしています。自社が箱を動かす前に、科目と人事権と赤字の許容を紙に書いてください。
経済産業省の調査が示す海外現地法人の売上規模と、ジェトロ調査が示す黒字と拡大の差は、同じ事実の裏表です。現地法人の売上は374.0兆円規模。黒字見込みは66.5%でも、拡大意向は46.2%です。規模はある。次の予算を出す人は、社内で決まっていないことがある。そこを先に決めると、現地の採用も値引きも撤退も、遅れにくくなります。
主な出典
PROVE通信では、海外事業と国内事業の判断に効く構造変化を、一次情報にあたって毎週お届けしています。プルーヴ通信の登録は無料です。個別のご相談はお問い合わせからどうぞ。
※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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