日本の電池・自動車・材料企業が最初に決めるべきは、「チリ産リチウムを誰から、どの契約形態で取るか」です。価格予想や資源埋蔵量の議論はその後です。チリは国家リチウム戦略のもと、国営Codelcoが戦略塩湖で過半を握る枠組みを進めています。2025年12月27日には、CodelcoとSQMがアタカマ塩湖のリチウム事業合弁NovaAndino Litioを正式設立した、とCodelco公式が発表しました。合弁は2060年までを見据え、国家が過半を持つ公民連携です。実務は、この統治構造から逆算して決める必要があります。統治構造を無視したまま価格だけを議論すると、契約更新の場面で必ず行き詰まります。相手方と統治構造を先に押さえていない企業ほど、更新期になってから対応に追われることになります。
当コラムで注目する用語
- Codelco:チリの国営銅山会社。国家リチウム戦略のもと、戦略塩湖での主導権を強めている。
- SQM:チリのリチウム大手企業。Codelcoとの合弁NovaAndino Litioでアタカマ塩湖事業を担う。
- NovaAndino Litio:2025年12月にCodelcoとSQMの子会社合併で発足した、アタカマ塩湖のリチウム事業合弁会社。
- Corfo:チリ経済開発公社。リチウム鉱区の管理やコミュニティ協議の枠組みを担う政府機関。
最初に決めること——オフテイクか、出資か、代替国か
実務の出発点は、調達部門の三択です。第一は、既存トレーダー/SQM系チャネル経由の長期オフテイクを更新する。第二は、合弁や下流加工への間接出資・共同投資で枠を取る。第三は、チリ依存を下げ、豪州硬岩やアルゼンチン・アフリカ案件へ比率を移す。中堅は第一が現実的で、第二は商社・OEM(相手先ブランド製造)連合、第三は品質・物流・認証の再設計が要る組み合わせです。どれを選ぶかは、価格観より先に「カウンターパーティが誰になるか」で決まります。NovaAndino成立後、アタカマの供給窓口は公私合弁の統治下に入りました。契約書の相手方名義、更新条項、不可抗力、コミュニティ関連の停止リスクの書き方も変わります。相手方が変わったのに旧契約のまま延長すれば、2027年以降の更新で行き詰まりかねません。社内システムの相手方マスタも早めの更新が必要です。ここが古いままだと与信や保険の情報もずれ、発注後になって内部監査で差し戻される原因になりかねません。
必要な事実①——国家リチウム戦略は「民間開放」ではない
次に必要な事実は、政策の方向です。チリ政府の国家リチウム戦略は、戦略的な塩湖で国家(Codelco/ENAMI等)が主導し、民間をプロセス全体に巻き込む設計だと公式に説明されています。民間資本を排除するのではなく、国家が過半や主導権を持つ形で拡大する、というのが骨格です。日本企業が「自由化が進むから投資しやすい」と読むと誤りです。逆に、「国有化だから撤退」という見方も粗すぎます。実務は、国家過半の合弁にどう接続するかを設計することです。投資委員会の資料には、資源量の次に統治構造の図を置いてください。この図がなければ、リスクの議論は地政学の一般論で終わってしまい、次の四半期の発注数量には結びつきません。それを決めるのは、あくまで相手方と契約条項です。この二つが固まって初めて、価格の幅にも意味が生まれます。
必要な事実②——NovaAndino Litioはいつ、何を決めたのか
Codelco公式(2025-12-27)によると、Minera Tarar(Codelco系)とSQM Salarの合併でNovaAndino Litio SpAが発足しました。アタカマ塩湖の探査・開発・生産・商業化を2060年まで担う、とされています。Partnership Agreementは2024年5月31日署名で、チリ内外の多数機関の審査と、Corfo主導の先住民協議を経た、と説明があります。取締役会はCodelco側3名・SQM側3名。SQMはMaricunga塩湖の鉱業権をCodelcoへ移譲し、国家の戦略位置を強めた、とも発表されています。財務市場委員会(CMF)へ重要事実として通知済みです。日本の調達が追うべきは「生産が止まるか」ではなく、「誰が取締役会と販売方針を握るか」です。販売方針が変われば、既存顧客の優先順位も変わりかねません。その影響は、スポット価格よりも先に割当と納期に表れます。これらが崩れれば電池ラインの計画にも四半期単位でずれが生じ、結果として顧客OEMへの説明が後手に回ります。
必要な事実③——運営は2030年までSQM、2031年からCodelco
2024年5月のPartnership Agreement整理では、合弁の株式はCodelcoが50%+1株(過半)、運営は発効から2030年末までSQMが統括、2031年1月から2060年末までCodelcoが統括、とされています。ここから見えるのは、いま締結する5〜7年契約がSQM運営期をまたぎ、更新時にはCodelco運営期に入る可能性があるという点です。担当者が「今の窓口が続く」前提で交渉すると、2031年以降の条件変更に弱くなります。契約には、運営主体変更時の通知、価格フォーミュラの再協議、最低引取の扱いを入れておく必要があります。人事異動で窓口が変わっても、条項さえ残っていれば組織は耐えられますが、条項がなければ毎回の関係構築からやり直すことになります。これはコストというより時間の損失であり、代替認証のリードタイムと重なれば致命的な遅れにつながります。
必要な事実④——アタカマ以外の塩湖は別案件として扱う
国家戦略は、アタカマ以外の塩湖でもCEOL(リチウム特別操業契約)や入札・協議を進める枠組みを示しています。ただしアタカマのNovaAndinoと、他塩湖の新規案件は段階もリスクも違います。日本企業が「チリ=一つの調達先」と束ねると、許可・コミュニティ・技術(ブライン回収率・淡水)の差を見失います。実務としてやるべきは、SKU(品目単位、炭酸リチウム/水酸化リチウム)ごとに、アタカマ依存度と代替案件の進捗を別表にすることです。代替調達が未成熟なら、アタカマ契約の期間を延ばし数量を増やす。代替が進むなら、依存度を計画的に下げる。この二つを一つの表にまとめると、経営には分かりやすくても調達の現場には向きません。判断が早く見える代わりに、現場の例外処理がかえって増えるからです。
日本企業が取るべき選択肢——買う/混ぜる/下流に触る
選択肢を改めて三つに整理します。A:既存オフテイクの更新+相手方名義のNovaAndino対応。B:商社・電池メーカー連合で長期枠+品質スペックの共同監査。C:水酸化リチウム等の下流加工や、他国案件とのポートフォリオ。中堅の現実解はAとBのハイブリッドです。Cは資本と技術の負担が大きい一方、IRA(米国のインフレ抑制法による税優遇)適格や顧客OEMの要求で必要になる場面もあります。重要なのは、Aだけを様子見と呼び続けないことです。様子見で動かせるのは価格くらいで、相手方法人の変更や2031年の運営移管は、その間にも進んでいきます。2026年の契約改定ウィンドウを逃すと、次は市況と在庫に押された交渉になり、四点チェックリストのうち半分しか反映できません。抜け落ちた論点は、次の更新でまた同じ形で戻ってきます。これは組織の学習ではなく、準備不足の再演にすぎません。
契約に書くべき四点——名義・運営移管・コミュニティ・スペック
契約チームに渡すべきチェックリストは四点です。(1) 供給者名義がSQM単体かNovaAndinoか、承継条項があるか。(2) 2031年の運営移管時に価格・数量・品質の再協議条項があるか。(3) 先住民協議・環境許可に起因する供給制限の扱い(通知期限・代替供給・不可抗力の定義)。(4) 炭酸/水酸化のスペック、不純物、包装、船積み港の変更手続き。この四点が空欄の契約は、資源契約ではなく「関係者の善意」に依存しているにすぎません。善意は人事異動で消えますが、四点が書かれていない契約にはそれを補う条項が残りません。法務に「チリ案件だから特別」と丸投げするより、調達側が先に四点のドラフトを書くほうが早く、現場の用語で書いたドラフトは抜けが少ない分だけ、更新交渉も短く済みます。
価格と需給を見る順番——市況の前に統治リスク
リチウム価格は上下します。しかしチリ案件の固有リスクは、市況より統治と許認可の側に出やすくなります。Codelcoは合弁完了が2025年12月期の業績に重要な正の影響を与える、と公式に述べています。国家側の財務インセンティブは、供給継続と価値最大化の両方に働きます。一方、コミュニティと環境の制約は、回収率向上や新技術投資とセットで語られます。日本の購買がLME(ロンドン金属取引所)やスポット価格だけを見ると、契約停止リスクを過小評価しかねません。見るべき順番は、統治構造→契約条項→代替供給→その上での価格フォーミュラです。この順番を逆にすると、価格は安くても実際には届かない契約を選ぶことになり、決算の在庫評価より先に、顧客への供給責任のほうが壊れます。
ここを外すと議論が空転する——「国営化=すぐ供給が止まる」ではない
NovaAndinoは供給停止宣言ではありません。Codelco公式は、現行Corfo契約の継続と、2031年以降の契約も含め事業継続を強調しています。誤解の二つ目は、「SQMがなくなる」です。2030年まではSQMが統括し、その後も株主として残ります。三つ目は、「チリ以外にすぐ移せる」です。品質・物流・顧客認証の移管には年単位が要ります。正しい対応は、国営化への懸念でも現状維持でもなく、名義・運営・代替の三点を更新することです。この三点を更新した契約だけが、2026年の調達計画に載ります。反映されない契約は、数量が計画上あっても実行段階では予備費の扱いになり、それを前提に顧客へ約束すれば、あとから買い戻せない形で信用を失います。
この先90日でやること——実務を動かす手順
90日の手順は次です。(1) 既存チリ調達契約の相手方・期限・再協議条項を棚卸しする。(2) NovaAndino向けの名義変更・承継の要否を相手に照会する。(3) 2031年運営移管を想定した再協議条項のドラフトを法務と作る。(4) 豪州・アルゼンチン等の代替オフテイク候補を数量とスペックで比較する。(5) 経営会議には「価格シナリオ」ではなく「統治・契約・代替」の一枚を先に出す。この順番を守れば市況ニュースに振り回されにくくなり、守らなければ価格が急変するたびに同じ議論を繰り返すことになります。チリのリチウムは資源の話であると同時に契約統治の話であり、統治の部分が埋まって初めて、資源の話は投資判断として意味を持ちます。資源量だけを一枚目に置くやり方は、もう見直す時期です。
読み解きのポイント ①決めるのはオフテイク/出資/代替の三択 ②NovaAndinoは2025-12-27にCodelco公式で発足 ③過半はCodelco、運営は2030までSQM→2031からCodelco ④契約は名義・移管・コミュニティ・スペックの四点 ⑤価格の前に統治リスクを見る
チリのリチウム調達は、埋蔵量論から入ると迷います。日本企業が先に決めるべきは、誰からどう取るかです。国家過半の合弁が動いたいま、実務の起点は契約の相手方と2031年の運営移管です。そこが埋まれば、価格交渉も代替調達も具体になります。起点が空のままの価格議論は、まだ市場コメントの域を出ません。会議資料の一枚目に置くべきは市場コメントではなく、相手方・移管・代替の三点です。
よくある質問
Q. NovaAndino Litioとは何ですか?
CodelcoとSQMの子会社合併で発足した、アタカマ塩湖のリチウム事業合弁です(Codelco公式・2025-12-27)。
Q. 誰が経営を主導しますか?
株式はCodelcoが過半。運営は2030年末までSQM、2031年からCodelcoが統括する整理です。
Q. 供給は止まるのですか?
公式発表は事業継続と契約の連続性を強調しています。停止前提ではなく、統治変更前提で契約を更新すべきです。
Q. 日本企業は何から着手すべきですか?
既存契約の相手方・期限の棚卸しと、名義承継・2031年再協議条項の確認からです。
主な出典
Codelco公式「Codelco and SQM form NovaAndino Litio…」(2025-12-27)/Codelco–SQM Partnership Agreement発表(2024-05-31)/acuerdocodelcosqm.cl(運営期間・枠組み)/Chile政府 National Lithium Strategy(gob.cl)/Corfo関連の先住民協議説明(合弁発表内)。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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