EUが自動車向け炭素繊維を原則禁止?背景と日本企業への影響

EUが自動車向け炭素繊維を新たに規制対象とする方針を検討していることが報じられました。炭素繊維は、日本企業が世界的に優位性を持つ分野であり、今回のEUの動きはそれらの企業に大きな影響を及ぼす可能性があります。 

ここで、「なぜ炭素繊維が規制されるのか?」「どのような影響があるのか?」と疑問を抱くビジネスパーソンも多いでしょう。本記事では、EUが規制を検討する背景、炭素繊維の特徴や市場規模、規制による日本企業への影響をわかりやすく解説します。 

EUが自動車向け炭素繊維の原則禁止を検討 

2025年4月、EUが自動車向け炭素繊維の原則禁止を検討していることが報道されました。具体的にEUが見直しを検討している規制は、自動車のリサイクルに関する「ELV指令」です。ELV指令とは、鉛や水銀、六価クロムなど、人体に有害な物質を自動車部品に使用することを禁止する規制です。
今回、この規制に炭素繊維を含めることが検討されています。 

しかし現在、炭素繊維は自動車の軽量化や強度向上に不可欠な素材です。産業界からも懸念の声が上がっています。そのため、規制案の撤回や見直しを求める動きもあり、最終的な判断は2025年末から2026年末になる予定です。 

炭素繊維とはどんな素材? 

炭素繊維とは、炭素を主成分とする非常に細くて軽い繊維です。その太さは人間の髪の毛の約10分の1です。しかしながら、その強度は鉄の10倍以上を誇ります。自動車分野では炭素繊維に熱硬化性樹脂を組み合わせ、様々な形状に加工して、ボディやインテリアなどに使用しています。その特徴は軽量で強度が高いだけでなく、複雑な形状にも成形できる点です。
こうした特徴から、炭素繊維は航空機やスポーツ用品、風力発電用ブレードなど、多くの分野で幅広く活用されています。 

EUが炭素繊維を「有害」と判断した理由とは? 

炭素は固体の状態であれば、一般的に有害性が低いとされています。例えば、炭やダイヤモンドも炭素を主成分とする固体であり、日常生活でも広く利用されています。また、二酸化炭素を凍らせたドライアイスも身近な存在です。 
こうした例から、「なぜ炭素繊維が有害とされるのか?」と疑問に感じる方も少なくないでしょう。そこでここでは、EUが炭素繊維を「有害」と判断した2つの理由について解説します。 

廃棄する際の悪影響 

EUが炭素繊維に対して問題視しているのは、廃棄時における人体への悪影響です。炭素繊維は非常に細く、かつ高い強度を持つため、破砕処理を行うと微細な繊維が粉塵となって飛散します。これを吸い込むことで、肺や胸膜に炎症を引き起こすリスクがあると指摘されています。 

リサイクルが困難 

炭素繊維は非常に耐久性が高いため、リサイクルが困難です。たとえ再利用できたとしても非常にコストがかかります。各メーカーもリサイクル技術の開発を進めてはいるものの、現時点ではまだ十分に普及していないのが現状です。そのため、炭素繊維を廃棄する際は、ほとんどが埋め立て処理となります。こうした廃棄処理の課題が、環境保護を重視するEUにおいて問題視されていると考えられます。 

炭素繊維の市場規模と日本のポジション 

Fortune Business Insightsの調査によると、2023年における炭素繊維の市場規模は26億5,000万米ドルでした。2032年には65億4,000万米ドルに達すると予測されており、今後の年平均成長率(CAGR)は11.1%です。 

この成長市場において、日本企業は圧倒的な存在感を示しています。東レ株式会社、三菱ケミカルグループ株式会社、帝人株式会社の3社で、世界シェアの50%以上を占めています。 
そのため、EUで炭素繊維の使用が規制されれば、日本の先端素材産業への影響は避けられません。 

参考:Fortune Business Insights「カーボンファイバーの市場規模」 

自動車に炭素繊維が採用される理由 

炭素繊維はその軽量性・高強度・設計自由度の高さから、自動車業界において重要な素材の一つです。特に、電気自動車(EV)をはじめとした次世代モビリティの進展とともに、その有用性はさらに注目を集めています。ここでは、自動車において炭素繊維が広く採用される主な理由を解説します。 

軽量化による燃費向上や航続距離の延伸 

炭素繊維は、金属材料に比べて非常に軽量です。例えば、鉄の約4分の1、アルミニウムの約3分の2の重さしかありません。このため、自動車のボディや骨格に炭素繊維を採用することで、大幅な軽量化を実現できます。 

車体の軽量化は、燃費向上や航続距離の延伸に直結します。 
特にEVでは、一度の充電でどれだけ長く走れるかが重要な課題です。ユーザーの利便性が向上し、充電インフラへの依存度が下がるためです。つまり、現代は車体の軽量化の重要性が増しており、その実現に最適な素材として炭素繊維が採用されています。 

衝突時の安全性向上 

炭素繊維は、高剛性と高強度に加え、優れた振動吸収性を備えた素材です。衝突の際には、衝撃エネルギーを効果的に吸収し、乗員の安全性を高める役割を果たします。 

さらに、炭素繊維は軽量であることから、車両の運動エネルギーも減らせます。運動エネルギーとは、物体の質量と速度の二乗に比例するエネルギーです。つまり、車体の質量が軽くなるほど、衝突時に発生するエネルギーも小さくなります。 

このように、炭素繊維は「衝撃を和らげる性質」と「エネルギーそのものを抑える効果」の両面から、自動車の安全性向上に貢献しています。 

設計自由度の高さ 

炭素繊維は、熱硬化性樹脂と組み合わせることで複雑な成形が可能です。これにより、従来の金属加工では困難な形状や独自のデザインも実現できます。そのため、自動車の機能性だけでなく、見た目の美しさも追求できる素材として、炭素繊維は広く採用されているのです。 

原則禁止がもたらす日本企業への影響 

EUが自動車向けの炭素繊維に対して規制した場合、日本企業への影響は避けられません。ここでは、想定される主な影響を3つの側面から解説します。 

炭素繊維メーカーへの打撃 

EUにおける2024年の乗用車販売台数は1,063万2,381台で、日本の457万5,705台(2024年度)の2倍以上にのぼります。この数字からもわかるように、EUは日本の炭素繊維メーカーにとって極めて重要な市場の一つです。 

そのため、もしEUで炭素繊維の使用が規制されれば、需要は大幅に減少する可能性があります。こうした需要減少は、売上の落ち込みにとどまらず、在庫の増加や価格競争の激化を招き、企業の収益を圧迫する恐れがあります。 

参考:JETRO「EUの2024年の乗用車新車登録台数、前年からやや増加も、EV不振に懸念強まる」 
参考:日刊自動車新聞電子版「2024年度の国内新車販売、3年連続前年超え 年度後半から回復もコロナ前に1割届かず」 

部品・成形加工業者への連鎖的影響 

炭素繊維の使用が規制されれば、その影響はメーカーにとどまらず、炭素繊維の成形や加工を担う企業にも連鎖的に波及します。特に、成形装置や金型などに多額の設備投資を行った企業にとって、需要の縮小は投資回収計画を直撃する深刻なリスクです。 

他国市場に波及するリスク 

EUが環境規制の一環として炭素繊維の使用を制限した場合、その動きが北米やアジア諸国にも波及し、同様の規制が導入される可能性があります。こうした規制の連鎖が広がれば、炭素繊維を用いた製品のグローバル市場が縮小し、日本企業にとっては輸出機会の減少や国際競争力の低下といった深刻な影響が考えられます。 

海外進出・海外展開の意思決定をサポート 

EUの自動車向け炭素繊維の原則禁止は、日本企業にも大きな影響を与える可能性があります。ただし、現時点ではまだ検討段階で、規制の実施が正式に決定されたわけではありません。撤回や見直しの動きも見られており、今後の動向を注視する必要があります。 

PROVEでは、こうした規制に関する調査や海外市場の実態把握を支援する各種サービスをご提供しています。EU規制の影響分析や、それに伴うビジネスリスクの評価、対応方針の立案にお悩みの企業様は、ぜひ一度PROVEまでご相談ください。確かなデータと専門的な知見をもとに、意思決定をサポートいたします。 

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