8月13日、中東の産油国UAE(アラブ首長国連邦)は、イスラエルとの国交正常化に合意したと発表されました。アメリカのトランプ大統領の仲介によって、UAEのムハンマド・アブダビ皇太子と、イスラエルのネタニヤフ首相の協議によって決定しました。
アメリカが「歴史的な外交の成果」と伝えたUAEとこの国交の正常化のニュースは、11月に大統領選挙を控えたトランプ大統領が「実績づくり」のために正常化を急いだという声もありますが、この両国家のビジネスの拡大が注目されています。UAEで実権を握るアブダビのムハンマド皇太子は、この和平問題を抜きにしてでも、ハイテク国家であるイスラエルとの連携をしたいと切望をしていたのです。
日本人にとっては「中東」と聞いただけで「戦争」「テロ」「治安が悪い」などの怖いイメージが先行するのではないでしょうか。経済成長の著しいイスラエルは、輸出は160%急騰させ国際貿易を拡大しています。
サイバーセキュリティ、自動車技術、AI、IOTなどのイノベーターとしても世界的なリーダーシップを固めています。
ここでは今回の両国家の国交正常化の背景や、すでにスタートしているビジネス連携、日本の中東への進出状況などについてご紹介します。
イスラエルとUAEの国交
イスラエルとアラブ諸国は長年犬猿の仲で、テロが絶えず、イスラエル人はパスポートにイスラエルの入国スタンプがあるだけでアラブ諸国では入国拒否される程でした。
アラブ諸国からみると、イスラエルが宿敵となったのは、1948年からです。
イスラエルが建国された際、当時住んでいたアラブ系のパレスチナ人をイスラエル人が追放したことが発端となりました。その後アラブとイスラエルは4度の中東戦争を繰り広げてきました。
https://www.businessinsider.jp/post-218417
一度、1993年、アメリカの仲裁による「オスロ合意」で和平交渉が始まりましたが、頓挫しました。
その後、UAEがイスラエルと公然と会談することは、控えられていましたが、2018年頃から、両国間では国交正常化に向けた動きが水面下で着々と進んでいたのです。
2000年代以降は、各地で過激派によるテロが発生しました。
しかし、その中でUAEはイスラエルのテロ対策などの保安体制を高く評価し始めました。両国はともにイランを安全保障上の脅威と見なす同じ立場。次第に対イラン戦略で歩み寄りの姿勢を見せるようになりました。
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO54050490V00C20A1NN1000/
国交正常化することになった要因
UAEがなぜ合意することになったのでしょうか。2020年に入り、UAEを取り巻く国内外の環境は、下記の要因によって窮地に立たされていました。
石油収入が減少
サウジとロシアの価格協議の破たんを契機とし、原油価格が急落。
2020年以降の激化する貿易摩擦の板挟みになった
UAEと中国とは、近年関係を深めています。2018年7月に中国の習近平国家主席による訪問や、2019年7月にムハンマド皇太子の訪中でその様子が明らかになっています。
貿易、通信、エネルギーなど幅広い分野の協力が推進されてきましたが、2020年に入ってからアメリカと中国の関係悪化が顕著になってくると、UAEは両国間で板挟みの状態になった
新型コロナウイルス危機によって観光産業へのダメージ
上記の状況を打開するため、UAEは7月5日、大規模な内閣改造を実施します。
対外政策として、脱石油依存の経済を目指し、ビジネス大国となりつつあるイスラエルとの関係強化を加速させるために今回の合意に至ったと見られています。
UAEがイスラエルに期待していることは「イスラエルの先端技術」と「安全保障」です。UAEにとってイスラエルで続々と生まれるITやAIなどの先端技術、治安能力は、今後のUAEの経済成長を助け、刺激してくれると考えました。
イスラエルとUAEのビジネス効果
イスラエルにとっても、金融の中心地であるUAEと良好なビジネスの関係を結ぶことで、中東のビジネスが拡大できるという大きなメリットがあります。
2020年8月頃から、国交正常化に合意したUAEとイスラエルが経済関係の構築に向けた動きを打ち出しており、その分野は人工知能(AI)に多く見られます。
イスラエルの技術に産油国UAEのマネーが向かう構図が明白になっており、経済効果は500億円超との推計もあります。9月の段階でニュースで取り上げられた事例を2つご紹介します。
イスラエル大手企業モービルアイとの連携
Mobileye(モービルアイ)は研究拠点をイスラエルに構え、単眼カメラを使って衝突事故防止・軽減を実現し、先進運転支援システムの発展に貢献するテクノロジーカンパニーです。
モービルアイは、米インテル傘下のイスラエル企業で、三菱自動車や英国マクラーレンなどの代理店も務める財閥企業です。この企業に対して、UAEのドバイの財閥アル・ハブトゥール・グループは、9月23日、提携すると発表し、ドバイでプロジェクトを開始します。
コロナウイルス対策に向けた医療連携
新型コロナウイルス対策を念頭とした医療分野においても具体的な連携が進んでいます。8月15日に新型コロナウイルス検査キットの開発協力、17日に感染対策への活用を視野に入れた再生医療分野の共同研究が発表されています。
世界の大手企業にとって魅力的なイスラエル企業
イスラエルへは、世界の名だたる企業が250以上進出しているようです。といわれています。
米国のIT関連企業を見てみると、IBM(1972年)、インテル(1974年)がR&D拠点を設置しました。
その後、シスコシステム、ヒューレッド・パッカード、マイクロソフトなどが続き、2000年以降は、GAFAやオラクルがM&Aなどにより、R&D拠点を開設しています。IT関連以外では、GE、ジョンソン&ジョンソン、ファイザーなどがR&D拠点としています。
https://ameblo.jp/23763794/image-11650566967-12726674243.html
イスラエルの魅力
ジェトロの「イスラエル関心企業パンフレット」において、イスラエルとビジネスをすでに行っている日本企業、または今後検討している日本企業 に対する調査があり、「イスラエルの魅力」を下記のような感想を述べています。
高い技術
- ヘルスケア技術、セキュリティー技術、自動運転など先進技術を保持する企業が多い。
- イスラエル軍で開発された高い技術を応用した製品
- IT、フィンテックに強い
- サイバーセキュリティー分野の発達が著しい
- サイバーセキュリティーの車への応用が急速に進んでいる
- 車関連のベンチャーは 500~600 社いると言われており、車に活かせる技術がイスラエルで数多く生まれている
人材派遣のヒューマンリソシアが2020年に調査した「世界のIT技術者給与ランキング」では、イスラエルが3位となっています。このことからITの成長や、プログラマーの存在感が大きいことが分かります。
AIに強い
AIの有名なアルゴリズムはイスラエルが発祥のものもあると言われています。今の機械学習がAIと呼ばれる10年以上前からグリッドコンピューティングとしての研究が盛んだったということです。
優秀な人材
- 能力の高い人材が多い
- 起業家精神旺盛な人材が多い
- 能力の高い人材の人件費が米国に比べて安い
研究開発拠点としての強み
- 世界的な企業の R&D 拠点がある
- イスラエルは日本との比較ではコストは低い
- スピード感もあり、研究開発拠点として強い
IT大国とも呼ばれるイスラエルの紹介動画(JETRO)もご覧ください
積極的にイスラエルに投資する中国
イスラエル政府と中国政府の関係は、2011年7月頃から良好な関係を築いています。イスラエルに貿易促進や経済協力に関する合意をして以来、何十億ドルもの投資を行っている中国。その投資額は2016年、前年比3倍に増加し、160億ドルに達しました。
主な内訳は、中国企業によるハイテク企業への投資で、今後この投資や買収件数は毎年20~30%増えると、イスラエルのベンチャー投資関係者の間で予測されてきました。
1つ事例をご紹介すると、2014年、イスラエルの食品業界で中国企業による最大規模の買収がなされました。
中国の消費者の間で食の安全への意識が高まっている中、中国の食品メーカー光明食品(中国で第2位)は25億ドルを払って、イスラエル最大の食品で、主力製品は牛乳、乳製品、食肉を取り扱うトヌーヴァの株式の56%を買取りました。
中東に進出している日本企業
2018年2月に発表されたジェトロによる調査において、中東諸国に進出している日本企業はアラブ首長国連邦が最も多く342件、イスラエルは72件となっています。
イスラエルに進出する日本企業
日本人にとっては意外かもしれませが、イスラエルは一般的な治安という面では夜間に街中を歩くこともでき、無差別テロによる犠牲者はほとんど見られないようです。
日本企業はイスラエルにどれくらい進出しているのでしょうか。2013 年と 2016 年のデータを比べると、日本企業のイスラエルへの投資額は11 億円から 222 億円と3年の間で約20倍になっており、進出している日系企業数は25 社から 57 社へと倍増し、2018年は72件です。
イスラエルに比較的に古くから進出している企業は、三井物産、三菱商事などの総合商社と、京セラ、ネミックラムダ(現TDKラムダ)、ロボットを製造している安川電機などがあります。
日本が出遅れた理由
アメリカの企業は早い段階からイスラエルに進出し、最近では、中国も進出をスピードアップしているとお伝えしました。このような他国の進出状況に比べると、日本は後れを取っているのも事実です。
日本銀行の国際収支統計によると、対イスラエルへの直接投資額は2016年の時点で222億円で、同年の中国の投資額は1兆7600億円。比較すると日本は中国の投資額の約80分の1になっています。
次に、なぜ日本企業がイスラエル進出に後れを取ったのか、理由を見てみましょう。
自社開発にこだわり過ぎたためビジネスチャンスを見逃した
一般的に、欧米の企業のビジネスの手法として、他社からテクノロジーを調達するコストが自社開発より安ければ、その会社を買収します。そして技術と人材を調達していきます。
しかし、日本の大企業は「製造国」のスタイルから脱却できず、今なお自前調達に固執する企業が多いようです。
これは対イスラエルに限ったことではありませが、日本企業が欧米企業ほど積極的に「他社のテクノロジーにうまく頼る」ことができれば、イスラエルという豊富なビジネスチャンスがある拠点に対して情報収集を行っていたでしょう。
産油国に対する「忖度」
1970年代~80年代、イスラエルのビジネスマンが日本企業に面会を求めても門前払いされるということがあったようです。これは、サウジアラビアなどの産油国が、イスラエルと取引をしないように日本に求めた歴史から来るものです。
日本の石油うの多くはアラブ諸国から輸入されており長年良好な関係を築いてきました。
そのため、アラブ諸国と取引がある日本企業の多くが配慮して、イスラエル企業との取引を避けていたようです。
治安に関する懸念
イスラエルが第2のシリコンバレーとして注目されている事実が、どれほど日本で報道されてきたでしょうか。
日本のメディアがイスラエルに関するニュースは、テロや局地紛争に関するニュースの比率が高く、このことが影響して日本人は今日でも先入観を抱いているでしょう。
イスラエルと聞くと自爆テロや戦争が頻発する「危険な国」を思い浮かべる人が多いはずです。
しかし、先述したように、実際のイスラエルはテロも少なく現地の治安は私達がイメージするほど危険ではありません。
最近の日本企業による投資
2020年9月22日
豊田通商は、イスラエルの自動車関連技術スタートアップのオーロラ・ラボスに投資。
2020年08月17日
三菱UFJ銀行と、イスラエルのフィンテックのスタートアップのLiquidity Capital M.C. Ltd.(リクィディティ・キャピタル)は、アジアを中心とするスタートアップ企業向けのファイナンス事業を開始するために、合弁契約を締結したことを発表。
2019年08月02日
小糸製作所とマジェンタ・ベンチャー・パートナーズは、6月25日、イスラエルのベンチャー企業BrightWay Vision(ブライトウェイ・ビジョン)へ計2,500万ドルを合資し、同社の株式38.46%を取得したと発表。
UAEに進出している日本企業
日本にとっても最大の原油供給国の一つで、経済面を中心にきわめて重要な関係を保っているUAEは、1971年に7つの首長国(アブダビ、ドバイ、シャルジャ、ラス・アル・ハイマ、アジュマン、ウム・アル・クワィン、フジャイラ、)により結成されました。面積は北海道ぐらいの広さです。
UAEの日系企業の進出
ジェトロの「2019年度 中東進出日系企業実態調査」によると、UAEにおいて日系企業数は直近6年間で、23.44%増加したことが報告されています。
2013年時点で273社あったUAEの日系企業数は、2018年には337社まで増加しました。これらのうちの3分の2は、製造業または小売/卸売業が占めており、下記に挙げられる大企業から中小企業まで様々です。
最後に
今回のUAEとイスラエルの国交正常化は多くの国が「ビジネスチャンスの拡大」という意味で注目しています。
イスラエルにこれほど世界的な大企業が投資しているということは日本ではなかなか知られていませんが、今後ITやAIを使った製品やサービスが台頭していく中、アメリカに匹敵するようなプレゼンスを示してくるかもしれません
<参考>
https://www3.nhk.or.jp/news/special/new-middle-east/uae-israel/
https://www.businessinsider.jp/post-218417
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E6%88%A6%E4%BA%89
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/434908.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/10/3ba483b7ae6b6c30.html
http://www.vec.or.jp/2016/03/28/israel03/
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000543.pdf
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000543.pdf
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/2454b5ea02196f99.html
https://www.sankeibiz.jp/business/news/181211/bsg1812111848005-n1.htm
https://ainow.ai/2019/04/19/167991/
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/09/d8244a42b869bf74.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/08/55b66233105e19e5.html
https://jidounten-lab.com/w_mobileye-autonomous-taxi-2020
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219486/121900050/?P=4&mds
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/08/37d6ea18a8a6e6cd.html
http://adoc.cts-co.net/joho/03/
https://israel-keizai.org/news/israel_high_tech_exits/
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/12/24a190d2974ee0b8.html