2026年7月1日、米国通商代表部(USTR)は、USMCAを現行のまま更新しない、と公式に述べました。これは協定の即時終了ではありません。第34.7条の合同見直しで16年延長を確認しなかった結果、年次見直しに入った、という意味です。特恵関税のルールは、2026年8月時点でも現行条文のままです。本記事では、見直し条項の仕組み、自動車の原産地規則、メキシコ拠点が今取れる備えを整理します。
当コラムで注目する用語
- USMCA:米国・メキシコ・カナダ協定。2020年7月1日発効。NAFTAの後継。
- 合同見直し(joint review):発効から6年目(2026年7月1日)に義務付けられた、3か国委員会の点検。
- RVC:Regional Value Content。完成車などの北米域内付加価値比率。
- LVC:Labor Value Content。時給16ドル以上の北米工場から取る価値の比率。
- 年次見直し:6年目に延長を確認しなかった場合、残りの期間に毎年開く見直し(第34.7条4)。
- 脱退(withdrawal):第34.6条。書面通知の6か月後に効く。延長拒否とは別手続。
2026年7月1日、米国は「現行のまま延長しない」と宣言した
USTRのJamieson Greer代表は2026年7月1日付の声明で、USMCA自由貿易委員会が同日、オンラインで協定の運用を議論した、と書いています。米国は「現行の形では更新に同意しなかった(did not agree to renew the USMCA in its current form)」ため、「USMCAは更新されていない(is not renewed)」と述べました。
同じ声明は続けて、協定は「これらの問題が解決されるまで、または協定が終了するまで、引き続き効力を持つ」と明記しています。メキシコとの第3回二国間交渉を、7月20日の週に行う予定、とも書いています。
ここが転換点です。7月1日より前は「16年延長を確認するかどうか」が論点でした。7月1日以降は、延長は確認されず、現行特恵は残ったまま、年次の見直しと二国間交渉が並走する、という状態です。
見直し条項は第34.7条——16年期限と6年目の合同見直し
正文はUSTRが公開する第34章です。第34.7条1は、発効から16年で協定は終了する、ただし各当事国が新たな16年の継続を確認すれば延長できる、と書きます。発効は2020年7月1日なので、延長が一度も無い場合の期限は2036年7月1日です。
第34.7条2は、発効の6年目に委員会が「joint review」を開く、と義務付けています。第34.7条3は、その見直しの一部として、各国が政府の長を通じて書面で16年延長の意思を確認する、と書きます。3か国すべてが確認すれば、自動的に16年延びます。
確認が揃わなかった場合が第34.7条4です。委員会は残りの期間、毎年合同見直しを開きます。それでも、期限までの間に3か国の政府の長が書面で延長を確認すれば、その時点で16年延長できます。延長の扉は、7月1日に閉じたわけではありません。第34.7条5は、一度延長したあとも6年ごとに見直し、同じ手続で再延長できる、と書いています。
延長しなくても協定は今も効いている
「更新しない」と「脱退する」は条文が違います。脱退は第34.6条です。書面で他の当事国に通知し、効力は通知の6か月後。1か国が抜けても、残る当事国の間では協定は続きます。7月1日のUSTR声明は、この脱退通知ではありません。
したがって、2026年8月時点で企業がまず確認するのは、特恵の請求が今日もできるか、です。実務の一次は条文とUSTR声明です。特恵を止める国内措置が別に出ていないかを、通関の担当が見る、という順にしてください。USTRは2025年9月にも、合同見直しに向けたパブリックコメントを公告し、公聴会は同年12月3〜5日に開いています。7月1日は突然の終点ではなく、その手続の着地です。
年次見直しは、毎年同じ日付に自動終了する仕組みではありません。第34.7条4は「残りの期間、毎年会合する」と書いています。会合のたびに延長確認の機会があります。
自動車の原産地——域内75%と労働価値
調達先の選択に直結するのは、自動車の原産地規則です。USTRが2026年7月1日に議会へ出した自動車報告書は、乗用車と小型トラックのRVCを75%とし、NAFTA時代の62.5%から引き上げた、と書いています。段階実施は2023年7月1日に完了しています。
同報告書は、労働価値(LVC)も説明します。北米の工場で平均時給16ドル以上の支出が、乗用車で価値の少なくとも40%、小型トラックと大型トラックで少なくとも45%、必要です。鉄鋼とアルミニウムは、生産者の購入額の少なくとも70%を北米から、と書いています。
大型トラックのRVCは、2024年7月に64%、2027年7月1日に最終70%、という段階が残っています。規則が「交渉中だからもう75%ではない」と社内で噂になっても、2026年8月時点の適用条文は報告書が示す現行値です。
日本企業がメキシコで完成車や基幹部品を持つ場合、域内比率の計算対象は「北米3か国」です。米国分だけを厚くする義務は、現行条文にはありません。ここが、後述の報道ベースの提案と違います。報告書は、中核部品(エンジン、変速機、車体、車軸、サスペンション、ステアリング、電池)にも独自のRVCがある、と書いています。完成車のRVC75%という数字だけを見て、中核部品の証明書が欠けていると、通関で通りません。
交渉で出ている提案と、条文にない数字
見直しの場では、原産地をさらに締める案が報じられています。ICPA(国際コンプライアンス専門家協会)は、2026年7月26日時点で現行ROOに法的変更は確認できない、と整理しています。ロイターが2026年7月24日に伝えた「米国製50%」要求は、同協会も政府公表文では未確認として「提案」側に置いています。
本文でも同じ扱いにします。50%や「域内82%」は、交渉材料として監視する数字です。通関申告やサプライヤー契約の現行義務に、まだ置き換えないでください。
USTR声明が約束したメキシコとの第3回は、7月20日の週です。カナダは7月1日の委員会には参加しています。条文改正が発効するまでは、RVC 75%・LVC 40/45・鉄鋼アルミ70%が、調達マップの基準です。
メキシコ拠点で調達先を決める前にできる備え
備えは、工場を米国へ移すことより先に、計算と契約です。まず、現行のRVC/LVC/鉄鋼アルミの証明書が、どの部品までカバーしているかを1枚にします。次に、中国・ASEANからの投入が、域内比率のどの行を削っているかを見ます。
二重化は、同じ部品を「北米域内」と「域外」の2系統で見積もれる状態、が最小です。域外を全廃する必要はありません。年次見直しでRVCが上がったときに、切替に何週間かかるかだけ、先に書いておきます。
契約面では、特恵が使えなくなった場合の価格改定と、原産地証明の再提出期限を、既存の供給契約に足します。第34.6条の脱退(6か月)と、第34.7条の期限(延長なしなら2036年7月1日)は、条項を分けて書いてください。ご担当者様が法務に渡すときは、USTR 7月1日声明のURLを添付するだけで足ります。
日本企業のメキシコ拠点は、完成車だけでなく、ワイヤハーネスや樹脂部品の二次サプライヤーも含みます。二次が域外鋼材に依存していると、完成車側の70%購入要件に穴が開きます。一次だけでなく、鋼材・アルミの購入証明の提出先を確認してください。代替ステージング(ASR)で猶予を受けていた車種は、猶予終了後の比率に戻っているかを、型式ごとに見てください。
延長が戻る場合と、2036年まで年次見直しが続く場合
シナリオは2つです。第34.7条4の後半どおり、3か国の政府の長が書面で延長を確認すれば、その時点で16年延びます。USTR声明は「問題が解決されるまで」交渉を続ける、と書いています。延長が戻る条件は、条文上は「3通の書面」です。
確認が揃わない場合、委員会は2036年7月1日まで年次見直しを続けます。特恵は、その間も現行のまま、が7月1日時点の公式説明です。不確実なのは期限ではなく、見直しのたびに原産地や労働条項の改正案が出ることです。
企業の調達計画は、この2つを「今日の特恵は生きている/ルール変更は年次の論点」に分けます。工場立地の意思決定を、7月1日の声明だけで前倒ししない方が安全です。変更が条文と国内実施法に落ちてから、投資委員会に出す、という順にしてください。
契約と調達台帳に残す3つ
調達先を決める前に、書面は3行で足ります。
1. 適用中の原産地
乗用車・小型トラックならRVC 75%、LVC 40/45、鉄鋼アルミ70%。大型トラックのRVC段階(2027年7月1日に70%)も台帳に日付で残す。
2. 見直しカレンダー
年次合同見直しと、既知の二国間会合。延長確認の書面が出たら16年が戻る、という第34.7条4を注記する。
3. 特恵喪失時の逃げ
価格改定、代替サプライヤーの切替週数、脱退通知(第34.6条・6か月)が来た場合の別ルート。延長拒否そのものを終了と書かない。
この3行が、メキシコ子会社の購買と日本本社の原価の間で一致していれば、ニュースの見出しで発注が止まりにくくなります。英語契約の特恵条項に、同じ3行を対応させるのが次の作業です。日本語と英語でズレたら、英語側を正とします。
注意点——特恵の停止と脱退は別物
社内説明で「USMCAが終わった」と要約しないでください。USTR自身が、効力は残る、と書いています。終わったのは「現行条文のまま16年延長する」確認です。
報道の米国産50%は、監視対象です。通関の自己証明を、報道値に合わせて書き換えるのは早いです。改正が発効したら、証明書の様式とサプライヤー宣言を同時に更新します。
カナダ向けとメキシコ向けで、交渉の進み方が違います。7月1日声明が次の会合として書いたのはメキシコです。カナダ工場の投入を、メキシコ交渉の速報だけで動かさない方が安全です。
よくある質問
Q. 7月1日以降、特恵関税は使えませんか。USTR声明は協定が引き続き効力を持つ、と書いています。現行の原産地を満たせば、2026年8月時点では特恵を請求できます。
Q. 16年延長はもう無理ですか。第34.7条4は、期限までの間に3か国の政府の長が書面で確認すれば延長できる、と書いています。7月1日に扉は閉じていません。
Q. 調達先を決める前に、今日見る数字は何ですか。乗用車・小型トラックのRVC 75%、LVC 40/45、鉄鋼アルミ70%(USTR 2026年自動車報告書)です。報道の50%米国産は、まだ条文ではありません。
主な出典
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗(グループ代表)。
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