新型コロナウイルスにより中国の成長率は1992年以来初めて落ち込み、数十年かけて注力してきた「中国製造2025」の計画は岐路を迎えています。
中国製造2025は米国では戦略的な脅威として認識されているが、日本にとって中国への市場開拓・販路開拓においてメリットがありました。
この記事では、コロナウイルスによって危機にさらされた中国製造2025のプロジェクトが与える日本への影響や、今後の中国製造における課題についてお話します。
中国製造2025の日本への影響
コロナ以前(ビフォアコロナ)
日本にとって中国製造が勢力を増してきたことによる懸念は、将来強力な競争相手となる可能性です。
しかし実際見てみるとどうでしょう。ビジネスチャンスの側面を活用して数々の日本の製造企業が恩恵を受けています。
例えば、中国企業との提携を進めた三菱電機や富士通。中国企業と提携することで日本企業の中国進出への足掛かりを得ました。
「中国製造2025」において半導体産業はの最重点産業であることから、著しく成長を遂げています。
2025年までに中国内での自給率7割を目標とし、台湾から大量の技術者を引き抜くなどの戦略を立てました。
下記の図のように「中国製造2025」を目指してきた中国はAI、IoT、5G時代に突入する世界のリーダー的存在になりつつあります。
例えば象徴的な出来事として、中国半導体大手企業の清華紫光集団が中国メーカーとして初の3次元NAND型フラッシュメモリーの量産に乗り出したことなどが挙げられます。
コロナ後(アフターコロナ)
中国製造2025の計画において、海外技術を基に巨大工場の建設を進めていた武漢は主要な拠点であったということをご存知の方も多いと思います。
ここは自動車産業の一大集積地で、中国での自動車生産への部品供給や中国からの自動車部品の輸入などが活発に行われていました。
そのため2020年1月のコロナウイルス感染拡大後、約3300億円の自動車部品を中国から輸入している日本の自動車業界が2020年4月時点で下記のような影響が出ているとニュースで報道されました。
- 自国内乗用車メーカー8社が発表した2月の生産販売実績では、世界における生産台数がスバルとダイハツ工業を除く6社が前年実績を下回る
- 中国の工場の稼働停止のためトヨタ自動車、ホンダ、マツダ、日産自動車、三菱自動車の5社が2桁減となる
国内向け自動車部品の総出荷額はおよそ15兆円と言われています。
その中で、中国へのその比率は2%強と決して多くはありません。
「輸入部品」に頼っているシートベルト関連やドア開閉関連、変速機の構成部品、燃料ホース、ブレーキペダルなどについては中国は全体の約1/3占めています。
部品と言え度その数は3万点と言われています。
構成部品一つ欠けても車が生産できないことを考えると、グローバルに構築されたサプライチェーンの弱点を今回のこの出来事によって突かれたのではないでしょうか。
「中国製造2025」とは?
中国製造「2025」について皆さんすでにご存じと思いますが、2025年までに世界トップレベルの製造大国になるという計画です。
一旦ここで少しおさらいをしてみましょう。
※中国情報化部のHPより
上記の図は「国の現状に立脚し3ステップで製造強国になる」という戦略目標です。
- 第一段階:2025年までに製造強国の仲間入りを果たす
- 第二段階:2035年までに製造強国の中位レベルに到達する。
- 第三段階:建国100周年の2049年までに製造強国の先頭グループに入る
この目標では9大戦略目標の展開と10大重点産業分野を明示されてています。
次にそれぞれを見てみましょう。
9大戦略目標の展開
- 国家の製造業イノベーション能力の向上
- 情報化と産業化のさらなる融合
- 産業の基礎能力の強化
- 品質・ブランド力の強化
- グリーン製造の全面的推進
- 重点分野における飛躍的発展の実現
- 製造業の構造調整のさらなる推進
- サービス型製造と生産者向けサービス業の発展促進
- 製造業の国際化発展レベルの向上
10大重点産業分野
ハイエンド設備、新材料、バイオ医療などの戦略的分野に各種の社会資源を集積させることで、強い産業を作ることを目標としています。
- 次世代情報通信分野
- 先端デジタル制御工作機械とロボット
- 航空・宇宙設備
- 海洋建設機械・ハイテク船舶
- 先進軌道交通整備
- 省エネ・新エネルギー自動車
- 電力設備
- 農業用機械設備
- 新材料
- バイオ医療・高性能医療器械
「爆買い」現象から見る中国製造2025成り立ちの背景
次に、なぜ「中国製造2025」政策ができたのか、その背景についてご説明します。
中国の製造は高品質の工作機械は日本や欧米からの輸入で成り立ち、「機械を作るための機械」を作れないと揶揄されていました。
その理由として、中国企業に高い技術を持つ人材が不足しており、また金属加工などの高い技術を持つ人材育成をできていなかったからです。
実はこの「機械を作れない」ということが日本に来た中国人観光客の「爆買い」の背景とつながります。
同じ中国製であるにもかかわらずなぜ日本で買うのか。
それは、品質基準・出荷基準が、中国国内向けと日本向けで大きく異なっており、プロセスを改善できる人材の有無の差にあったからです。
高品質・高度な製品が作れるようになって初めて「製造強国」になることができるため、製造量が大きいだけの状態であれば、製造大国になることはできません。
中国は製造業の生産量(付加価値ベース)では世界一でしたが、国民1人当たりで見るとその他の新興国とそれほど変わらないレベルでした。
これまで下請けや組み立てにおいて中国は製造量拡大には成功したものの、ゼロから生み出す基礎技術や知的財産については遅れを取っていたのです。
その後中国の製造業はコストの面で途上国からの追い上げに直面し、先進国と途上国の挟み撃ちにあっているという危機感を中国政府は持ち始めます。
中国製造2025の課題
人口減
中国は、14億の人口と街に溢れる人々の多さからは見落としがちなのですが、人口減に悩まされている国です。
2012年以降、毎年生産年齢人口が、360万人のペースで減っています。
2019年1月の中国国家統計局の定例記者会見では、2018年の全就業者数が7億7,586万人と2017年の7億7,640万人から54万人の減少だったことが発表されました。
「中国製造2025」の本質的な課題は、イノベーションやそれを支える技術力のある人材の不足にありますが、人口減の課題がそのまま「中国製造2025の課題に直結しているのです。
日中貿易摩擦
日中の貿易摩擦も「中国製造2025」を阻んでいる大きな要因です。
日本もかつてアメリカとの貿易摩擦を経験しました。
1980 年代半ば~90 年代半ば、GDPがアメリカの60~71 %にまで迫った時、日米貿易摩擦が最も激化していました。
世界の覇権国であるアメリカは第 2 位の国がアメリカの国内総生産(GDP)の 60 %を超えると脅威を感じ、これをつぶしにかかると言われているように、中国も日本と同じシナリオを経験したのです。
2014 年に中国のGDP はアメリカの60 %を超え、 2020 年代の後半にはアメリカを追い抜く趨勢のなか、トランプ政権による「中国製造2025」の撤回が求められました。
中国の通信機器メーカー中興通訊はアメリカ司法省により「イランに不正輸出した」と指摘されたました。
このことを皮切りに、2018 年 4 月アメリカ司法省の圧力はアメリカ企業が中興通訊と取引することを禁止しました。
その結果、中興通訊はスマートフォンの生産ができなくなり、この措置は同社および中国政府や中国製造2025に強い圧力を与えました。
すでにコロナウイルスの影響により大打撃を受ける中国ですが、新型コロナウイルスで加速する米中間の対立は資本市場や先端技術分野でさらに激化している。2020年5月15日のトランプ大統領による関税措置はますます厳しいものとなり、米中の貿易摩擦は「冷戦に突入した」と言われています。
コロナに立ち向かう中国と製造現場
中国製造現場におけるコロナ対応策はどのようなものが取られているのでしょうか。メーカー各社は生産活動の正常化に向けて力を入れ、中国発のIT・通信技術を活用する感染拡大の防止が注目されています。(2020年4月時点)
アプリの活用
操業再開の際は企業がアプリで申請します。当局の現場検査・承認を受けた後に業務開始するのが一般的な流れとなっているようです。
市外から戻った従業員の感染リスク対応
地方政府は従業員の7~14日間の自宅待機(外出禁止)、健康証明の発行義務をルール化しています。
QRコードによる移動管理
現在中国各地ではQRコードで市民の健康管理や感染防止を推進しているようです。
杭州市、浙江省、上海市、江蘇省は2月11日からアリペイが開発した「健康コード」システムを導入し、市民の移動管理をしています。
市民がアプリを通じて、個人情報や健康状態などを入力・申請すると下記の3つのいづれかに分類されます。
- 緑(通行許可者)
- 黄(7日間隔離対象者)
- 赤(14日間隔離対象者)
ルール化
日系自動車・部品メーカーが進出している広州では、体調不良者の隔離部屋の設置、マスク、消毒液、体温計の確保などが操業再開の基本条件となっています。
変化を迫られる中国
経営者は感染者が出ていないことを誓約し、従業員の健康状況、滞在履歴など、出勤予定者全員の情報を市政府に提出が義務づけられているということですが、このようなルール下においても、5月12日に新たな感染例が報告されました。
4月8日に封鎖解除をした武漢から再度発生したということは、武漢とパイプのある日本の製造業も引き続き影響を受けるでしょう。
日本の製造業は武漢以外にも他の数多くの生産拠点を設置して設備・材料・部品などを納入しており、中国から製品・部材を調達している。
日本の製造企業部品供給拠点としての中国は転換期を迎えています。
この問題に対して各社はコスト効率を追求しつつもリスクを分散するという難しい判断に迫られているでしょう。
そして中国や中国製造業だけでなく、世界全体がポストコロナに向け大きく変化していかなければならないでしょう。